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180.楽をするのも楽じゃない



「空が……青いな」


 息も絶え絶え、汗や泥だらけになった体を草原に投げだして、俺は呟いた。それがどこかに溶けていくような気がするほど、空は高くどこまでも青かった。

 顔だけを横に向けて、その空の青さにも負けないぐらいに青く光っている聖剣、そしてそれを握ったままの人の影を見る。


 言葉も喋れず、身振り手振りだけの姿だけど言いたいことはわかる。すっきりした、思い残すことはないと。

 聖剣に宿った、いや……聖剣が分身でもあり本体でもある神様の願いが叶ったようだった。


「あっちにいったら他の神様たちによろしくな。ありがとうって言っておいてくれ」


 体を起こし、軽い調子でそんなことを言うと、任せろとばかりに聖剣だけが青く瞬いた。

 天竜との戦いを終え、聖剣を振るう機会というのはめっきり減ってしまった。元々切り札扱いにしていた俺にとっては、聖剣を抜くような相手というのは限られる。高位竜も今はどうしてか、随分と大人しく自分の住処からあまり出てこない。


 となれば、聖剣は暇になり、仕舞いっぱなしだ。それは平和ということでもあるけれど、やはり物語を望む聖剣の神様にとっては退屈だったらしい。苦手だった天竜のことも克服し、聖剣が無くてもいい世界であれば空に戻ろうと思うとのことだった。

 聖剣そのものは残しておくので、後の世に必要な時にはきっと祈りが届き、力は蘇るだろうとだけ伝えてきた。

 言葉ではなく、頭に響く意識のような物ではあったが……。


 聖剣を眠らせるのにふさわしい場所を探してあちこちに飛び回り、ついに見つけたのは海の中に浮かぶ大きな島。人間も魔族も住んでおらず、独特の魔物達だけが住む世の中から隔絶された場所だった。

 俺はそんな島の中央にある魔力の通り道である山の頂上に聖剣を突き刺すことにした。

 後は各地に聖剣の眠る土地であり、世界に難ありし時には……等と話を作ってもらえばいい。

 どうせ誰かが見つけても、その資格がないと力を発揮しないだろうしな。


 ふわりと、聖剣から何かが抜けていくのを感じながら、俺は先ほどまでの戦いを振り返っていた。

 この地上から空に戻るという神様は、最後に俺との試合を臨んだ。恨みつらみとかではなく、単純に強さを味わいたかったとのことだった。

 謎の表情もない人型が出てきた時には随分と驚いた物だ。俺は力を取り戻した竜牙剣を手に、神さまと斬り合った。

 大体2日ぐらいかな? 最後には神様が音を上げたから勝ったと言っていいだろう。

 すっきりした様子で剣の中に消え、そして聖剣からもどこかに飛んでいった神様。


「ありがとう……いつも神様がいたからあきらめずに済んだよ」


 本心からのつぶやきが漏れる。どんな強敵でも、その意味では余裕を崩さずに済んだのは聖剣の力があってこそだった。

 勇者としての力は健在だが、いざという時に頼りになる物があるのと無いのとではやはり違う。

 これからはそれなしで生きなければいけない。幸いにも、そこまでの危険はなさそうではあるが……。


 俺の持つ聖剣からは空に帰ったが、レイフィルドの小さな勇者……アリスだったかな? 彼女の手の中にはまだ神さまの分身の分身、もう子供みたいなのは宿ったままらしい。なんでも考えも違うから別の存在になったんだとか。今度会いに行って訓練してあげるのもいいかもしれないな。強くなって楽をしたいっていってたが……楽をするためにも楽じゃない訓練をしないといけないというのを教えないとな。


「さってと。何かお土産を持って帰らないとな」


 家で待つミィが寂しがってしまう。ついてくるか?って聞いたし、一緒に来る気満々だったのだがミィは断った。自分もやっておきたいことがあるかって言ってたな。寂しいような、嬉しいような。

 ミィとは兄妹とは違う関係になってもう数年は経っている。人間の年齢で言うと多少早いようだけど、獣人の血を引いているミィは年の割に成長が少し早い。最近ではぐぐっと大人っぽくなって、服装にも気を使わせないといけないぐらいだ。というよりも、俺が我慢しなくてはいけなくなる。


「お、これは美味そうだ。さすがに知らない動物の肉はなぁ……」


 適当に島を散策しながら、目についた果物などを影袋に仕舞いこんでは進む。途中、獣か魔物かわからない相手に襲われるときもあったけど拳1つで吹き飛ばして終わりだ。あまり場所を荒らすわけにもいかないから、早めに終わらせようか。

 ある程度回収したところで俺は海岸に出ると、風の上位神ウィンディールに祈りを捧げ、舞い上がった。


 こうして空を飛ぶと、カーラの背に乗っていた時のことを思い出す。この前様子を見に行ったら、若い感じの竜といい感じだった。気配を2つ感じて遠くからゆっくり近づいた俺の気配をカーラは感じ取ったらしく、遠くからだというのにチャネリングの魔法に答え、今いいとこなの!なんて感じの意識を伝えてきた。

 俺は苦笑を浮かべて退散するほかなかった。そんな日のことを思い出しながら、俺がまず向かったのは魔王廟と、監視と墓守を続ける魔族達の建物だった。





「何者っ! っと、ラディ殿でしたか」


「殿はよしてくれ。かゆくなってくる。それより、瘴気の方は問題はなさそうか?」


 初代魔王とその部下たちが眠る魔王廟。盗掘者たちも一緒に眠っているがご愛嬌という物だ。

 以前は禍々しいほどの瘴気と、異形の植物たちが作り出していた光景も様変わりしているというが油断も出来ない。


「ええ、時々沼の底から出てきますがそのぐらいなら私達でも浄化できます」


「何かあったら無理せず一度退避をするように徹底を。場所は取り返せばいいが、命は……戻らない」


 俺の言葉に深く頷いてくれるのは、彼らが北の地で一緒に戦っていた魔族であり、獣人であったりするからだった。

 立候補者の中から選抜したが、やはりあの戦いを潜り抜けた兵士たちは大きく成長していたようで、ほとんどが彼らだけとなり、そこからさらに絞り込んだ精鋭なのだ。

 周辺の魔物も他の場所と比べて強力であり、定期的な間引きも任務に含まれているとなれば危険を潜り抜けた先にあるのは猛者としての強さに他ならない。


「ラディ殿……失礼、ラディさんは少し変わられましたか? 以前より、とがった感じは無くなりましたが……逆に隙が無くなった気がします」


「ははは。この姿でいられるようになったからかな?」


 言いながら、俺は羽根も生えておらず、色も青白くない自分の体を見る。そう、今の俺は魔族ではなく人間の姿のままだ。それでも彼らは俺を拒否しない。確かにまだ双方の陣営に偏見や、拒否感といったものは残っているが段々とそれも減っている。もちろん、生きている同士なので今後も衝突やなんらかの争いはあるだろうけれど、存在そのものを悪だと言いあうような関係はもう終わったのだ。


「っと、そうだった。これはお土産だ。俺は大丈夫だったが皆はどうかわからないからな、気を付けて食べてくれ」


「そんなのをお土産に渡すのは貴方ぐらいですよ……もう」


 俺は人間と魔族、そして獣人とが笑いあうという何年も前からすると信じられない光景の一員となりながらその場を再び飛び去る。

 近くに飛ぶワイバーンの気配を感じながら、そちらに適当に魔法を撃ちこんで追い払いながら空を舞う。


 そして見えてきた懐かしい光景を眼下に収め、そのまま降りていく。

 帰ることの出来る家、そして待っているであろう家族。そのことを想うと自然と心が温かくなる。

 色々とあったが、俺が勝ち取った……いや、俺達が勝ち取った平和だ。


 ただいまと、大きな声をあげて俺はミィの待つ家へと入っていくのだった。




ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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