179.見つめる先に
残り四話。書き上げそのものは終わりました。
あの人は、ずっと私にその大きな体を見せていた。小さかった私にとって、視界にはいつもあの人がいて、いつだって私を見てくれて、そして……いつも私の見つめる先にいた。
物心ついたときには、時々いなくなるあの人のことを想って、自分でもわからないぐらい泣いた。きっと村のおじいちゃんたちにも迷惑をかけてたんだと思う。その時の私には、わからなかったんだよね。あの人が、どういう思いで外に出かけ、どういうことをして帰ってくるのか。
そして、誰のために戦っているのか。
「ふふ……お兄ちゃん……ぐっすり寝てる」
私、ミィが起きてしまったのはまだ朝日も昇らない頃。星と月明かりだけが空にある、深夜帯だったの。
なんでかな、起きちゃったんだよね。寒いってわけじゃないんだけど……そう、なんとなくだ。
不思議と眠気がどこかに行ってしまっていて、私はそっとお兄ちゃんの腕の中から抜け出して外に出た。
さすがの深夜でも、お兄ちゃんは前ならばどこに行くんだ?なんて一度目を覚ますことも多かった。それは戦いの中にいることが多かったせいもあるし、このダンドランに来てからも心から休まる日っていうのがあまり多くなかったからかもしれない。
逆に言えば今、お兄ちゃんはぐっすり寝ていられるぐらいの世の中にはなったってことかな。
「色々あったもんねえ……」
そのままだと肌寒いかもしれない夜空を、私はちょちょいって祈りを捧げてほんのり温かい魔力の服を着て屋根の上に飛び乗った。
こんな時まで魔法の祈りに神様は答えてくれる。神様って寝ないのかな?
獣人や魔族のみんなとで作った家の屋根は所々草によってふかふかしてる。カーラちゃんが飛び乗っても大丈夫なように、って言ってたかな。
そこは今、ミィが寝転がっても痛くないぐらいの柔らかさで受け止めてくれた。
こうして寝転がってると、覚えていないはずなのにずっと小さかったころにもこうしていたように思えてくるから不思議だよね。
ミィとお兄ちゃんが出会った日、ミィは赤ちゃんが寝転がるような籠の中から鳴きながらお兄ちゃんを掴もうとしていたんだって。前に、ミィの名前の意味を聞いたときにはひどい!って思ったけど、今はそれでよかったかなって思ってる。
だって、お兄ちゃんがくれた物がずっと自分に残るってことだもんね。
「ラディ……お兄ちゃん」
小さく私は呟いた。普段は名前を付けず、お兄ちゃんとだけ呼んでいた。理由は最初、自分でもわからなかった。けれど、最近ようやくわかって来たんだと思う……お兄ちゃんをお兄ちゃん以外の目で見たくなかったんだと。
自分とお兄ちゃんは種族が違う。そのことを考え始めたのはいつ頃だったかな……よく覚えてないけど、そんなに遅くは無かったと思う。そりゃそうだよね、だってお兄ちゃんにはしっぽとかないんだもん。
村の人達はだからといって態度を変えることはなかったから、ミィ達は優しい人たちに囲まれていたと思う。
この前、探し当てて再会した時にもおばちゃんたちもみんな元気だった。お爺ちゃんの中にはちょっと寝たきりになっちゃった人もいたけど……みんな喜んでくれた。
お兄ちゃんやイアちゃんのこと、ルリアちゃんやカーラちゃんのこともいっぱいお話した。
みんな、驚いたり笑ったり、そして……魔王さんたちのことになるとちょっと悲しい顔もしてくれた。
避難した先でも、魔物さんは出てきたんだって。だけどそんな時に村の人達を守ったのは人間の兵士さんじゃなく、たまたま近くに隠れていた魔族さんや獣人さんだったみたい。
そのまま放っておけば、ダンドランに脱出する予定だったのに、出てきて助けてくれたんだって。
「お父さんとお母さんも、仲良くしてるかな」
私はそのお話を聞きながら、お母さんに抱き付いてる女の子を見て……ちょっと泣いてしまった。誰かが悪いわけじゃないのに、どうしても気持ちが出てきちゃったの。だけどみんなはそんな私を抱きしめ、慰めてくれたの。ミィにはみんなが家族だよって。
それにお兄ちゃんがいるじゃないかって言葉には泣きながら頷いて……ちゃんと恋人さん?になったことも報告した。
最初はみんな驚いた顔をしたけど、おばさんたちには「やったね、気持ちが実ったんだ」って喜んでもらえた。
そう……私、ミィはずっとお兄ちゃんの事を見てきた。まだ自分では歩けないぐらいの時から、大きな大きな背中を、優しい瞳を、力強い腕も。眩しいほどの力も、全部。
ミィにはそれに返せるものが無いなって思ったのもいつだっただろうか。だから私は、妹になった。気持ちをこっそりと仕舞って、お兄ちゃんを大好きで、お兄ちゃんが笑顔になれる妹に。
名前を付けずにお兄ちゃんって呼ばないと、兄ではなく、大事な男の人として見てしまうだろう自分のことを無意識にわかっていたんだと思う。
だけど……。
「にゃはは……なかなか無くせないよね」
空に瞬く星を見つめながら、自分のその時の気持ちに自然と苦笑が浮かんでしまうのがわかったの。
子供……今も十分大人かと言われると迷うところだけど、その時のミィは本当に子供だった。だってそうでしょう? 本当に大好きなら、そんな気持ち……隠しきれるはずも無く、我慢できるはずも無いんだもん。
それは時折の発情期でも出てしまった……あれは今考えても恥ずかしいなあ……うん。
イアちゃんに相談したら、逆にその時期だからしょうがないでしょって甘えればいいのよなんていってたっけ。
「イアちゃん……」
イアちゃんは今、この場所にいない。なんでも、まだ封印されたままとかになってる自分の姉妹たちを見つけに行くんだって。ついていこうとしたお兄ちゃんやミィを、イアちゃんは断った。これは家族としてのイアじゃなく、魔王の予備としてのイアのけじめだからと。
お兄ちゃんのありったけの魔力をどこかに仕舞い込んで、イアちゃんはかつての魔王さんのように魔族さんと獣人さんの部下を引き連れて旅立った。1年もしないうちに戻るとは言っていたんだよね。場所はわかってるし、しつけたワイバーンさんに乗っていくからって言ってたかな。
カーラちゃんはお婿さんを探すって言って山の方に。ルリアちゃんも一度里帰りだって言って戻っていった。
だから、今お兄ちゃんとは二人きり。フロルの街から東、要は私たちがダンドランに渡って最初の村であるライネルにやってきていた。
静かで、たまの魔物以外は平和な場所。最初は人間の住む大陸に戻ることも考えたけど、まださすがに魔族さんや獣人さんへの風当たりは強いということでこっちにいるの。
「二人っきり……嬉しいけど、寂しいな」
つぶやいて、その言葉が思った以上に自分の中に染み入ってくるのを私は感じていた。それだけ、みんな一緒が当たり前になっていたんだなって。
気が付けば、思ったよりも時間が立っていた。魔法のおかげで全然寒くないからか、寝転がっていた私はそのままウトウトと……。
「ミィ! 起きろ!」
「ふぁ……お兄ちゃん?」
揺れる体に目を覚まし、顔を上げるとそこにはお兄ちゃん。真剣な顔をして、こちらを見つめている。
こうしてても格好いいな……って、あれ?
がばっと体を起こすと、ミィがいたのは屋根の上。あのまま寝ちゃったみたいだった。
「朝起きたらいないし、探したぞ」
「ごめんなさい」
素直に謝っておくしかない。だって、お兄ちゃんの顔は心配したって言う表情と、安心の表情が混ざったすごいことになってるんだもん。
だから私は、ため息をついて脱力したお兄ちゃんにそのまま抱き付いた。
「おっと、どうした、ミィ?」
思えば、お兄ちゃんだけずっと私の名前を呼んでいた。そう考えるとちょっとずるいよね。
私はずっと我慢してたのに、隠そうとしてたのに……ね。
「ううん。何でもないよ、ラディお兄ちゃん」
「ミィ?」
戸惑うお兄ちゃんにそっと口づけ。そのまま体を離してぴょんって飛び降りた。だって顔を見たくないもん。
見たらきっと、にへらって表情が崩れちゃう。
(お父さん、お母さん、みんな……ミィはね、お兄ちゃんたちと幸せに生きるよ)
追いかけてくるお兄ちゃんから逃げながら、ミィは顔も覚えていない家族に願いを送った。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます