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177.ルールと倫理は違う物



「それは日付が違う。こっちが正しい」


「あ、ああ……」


 こんな戸惑いの言葉が自分の口から出るのはいつ以来であろうか? 少なくとも、普段はこんな声を出すことは無いし、出してはいけない立場に私はいる。

 エルフの里を預かり、必要に応じて代表として行動する必要のある最長老という立場に。


「信じられない。管理がずさんにもほどがある。これじゃ赤字が見えない。最終的に黒字ならいいってわけじゃないと思う……よ」


「言葉も無いな」


 書類の山に埋もれるようにして、悪態のような言葉でこちらを責めてくる少女、ルリアは随分と大きくなったと感じる。

 無論、エルフという種族の特性故か体がすごく大きくなったという訳ではなく、存在がということだ。

 それだけ、あの戦いとそこで得られたものが大きな物だったのだろう。少女だった彼女を成長させるほどの。


「止まってないで確認と署名。じゃないと進まないの」


「そうだな、そうしよう」


 里帰りに来た、とやってきた彼女を仕事に引き込んだのは自分だ。やれることはちゃんとやらねばなるまい。それが例え、仕事に埋もれる私を見るや、無言で手伝い始めたのは彼女だったとしてもだ。

 大人はそう言ったものに対する責任という物がある、少なくとも私はそう思う。


「……? 何か問題が?」


「いや、問題ない。なさすぎるぐらいだ。不正とまでは言わなくてもこれらを見落としていた担当者たちをしかりつけねば」


 若干の怒りを込めてつぶやいた私に向け、ルリアは可愛らしくその首を左右に振った。真実を見抜く瞳を持った彼女にしては珍しい話ではないだろうかと思った。嘘はよくない、ともエルフらしく言っているようだからな。


「ただ叱ってもだめ。それが巡り巡って、どんな不利益を本人だけじゃなく家族も含めてどこまでの人が被るかをちゃんと説明しないと本当が見えてこない」


「なるほど……道理だな」


 つぶやきながらも、彼女の手は止まらず、同時にそれに対応する自分の手も止まらない。自分1人で、体調を崩した担当者の代わりに処理していた数日は一体何だったのか? そう思うほどには速度が違いすぎた。


「ルリア、どこでこんな能力を?」


「ダンドランにはまだいわゆる文官が少ない。だから手伝ってるの」


 そういうことか、とひどく納得した自分がいた。あの日の戦いから既に何年もたったが、まだまだ魔物の脅威はあちこちにある。むしろなくなるということはないだろう。平和は平和であるが、その分違う戦いが人々には待っている。ましてやダンドランは主だった勢力の1つが実は丸ごと問題を抱えていたということもあり、色々と難航していると聞いている。

 ダンドランは広く、そして厄介な土地も複数存在している……そんな場所での統治は、魔族や獣人という種族としての強さが無くてはならないだろう。逆に言うと、力に偏りがちなのだな。

 魔物と違って、ただ倒せばいいという訳でもない……それが政治という物だ。


「来月にでも、ダンドランにエルフの人材を紹介した方が良い……かも」


「それはエルフもダンドランの統治に絡め、ということかな?」


 こくん、と小さく頷くルリア……彼女は自分のいったことの意味を正しく理解……しているのであろうな。その上でそれを推奨しているのだ。元々、ダンドランは魔族だけの土地ではなく、獣人も共存している。そこにエルフが入り、重要な役目である文官の立ち位置を確保したら? それはもう、エルフもダンドランの一員という日も遠くないことになる。


「イアちゃんが言ってた。一度懐に入り込んだ相手を放り出せる人はなかなかいないって」


「うまいことを言う……検討しよう」


 私の答えに満足したのか、ルリアは書類作業に戻っていく。小さな体が書類や家具に埋もれていきそうだ。

 まったく、元の担当者も自分が研究したいことがあるから仕事をおざなりにするなど、許せん。彼女の言うように、どういった結果を産むのかしっかりとわからせなければ。


「最長老、報酬に欲しいものがあるの」


「なんだ、言ってみるがいい」


 そうしてルリアが求めてきたものは、意外といえば意外な物だった。今の彼女には必要がないような、どうしてそのことを知っているのかと思うような代物だ……とはいえ、断る理由もないが。


 仕事が終わり、報酬であるそれの権利も私から受け取った彼女は実家である家へと喜び帰っていくのだった。


「相手が気になるな……まさかな」


 頭に浮かんだ想像、彼女の兄として世界を守り抜いた男のことを想い、首を振る。

 その時の想像が実は大当たりだったことを知ったのは、全てが終わった後だった。






(やった、これでにーにに言える)


 私は一人、浮かれた足取りで歩いていたの。向かう先は、じーじのいるお家。一人は寂しいかなって思ってたけど……じーじはご近所さんと仲良しみたい。今も、お向かいさんとおしゃべりをしていた。

 そこに小走りで駆け寄って、じーじに抱き付いたの。お日様と、森の匂い。いつものじーじだ。


「おお、ルリア。用事は終わったのかい。まったく、サルファンめ……。せっかくルリアが来たのに仕事をさせるとは許せん!」


「まぁまぁ……ルリアちゃんが優秀だということですよ。ねえ、ルリアちゃん」


 何度かであったことのあるお向かいさんに頷いて、私はじーじの膝の上に乗る。にーにと同じ、安心できる場所。じーじは嬉しそうにするからいる間は大体こうするの。


「ルリアはこれからどうするんだい。しばらくはいるんだろう?」


「うん。だけどちょっと神樹様に挨拶をしてくるの」


 ご飯の後に行ってくる予定、と伝えるとじーじはご近所さんも一緒に食べようと言い出してちょっと賑やかなご飯になったの。にーにやミィちゃん達とはちょっと違う、別の楽しさがある食事だったの。

 しっかりとご飯を食べて、大満足なお腹をちょっとはしたなくさすりながら、私はじーじに行ってきますと言って街を飛び出した。





「どいて」


 森を行く私を、獣のような魔物のような相手が襲ってくるの。だけど私が杖や魔導書を使うまでもない相手だから、適当にあしらってその場を立ち去る。風の魔法で飛ぶように進む私の視線の先には神樹様。

 その根元にたどり着いて、準備をしているうちに日は傾いてくる。一人でも危なくないようにと、私は空に飛びあがって神樹様の枝の1つに飛び上がったの。そして夜。


「満月……十分」


 まるで森の中にいるかのような、神樹様の枝から地上に降りてくる月明かり。私はその中に照らされながら何も入ってない瓶を取り出して、エルフの秘術である呪文を口にする。それは祈り……エルフに伝わる、ちょっとしたおまじない。秘術なのにおまじない、なんて変だけど戦いのためじゃないからそういう呼び方がちょうどいいのかも。


 気が付くと瓶の中には、不思議な色の液体がたまっていく。そうしてしばらくしていっぱいになったところで蓋をする。

 この液体が自分の目的で、最長老に採取の許可をもらった。この液体はエルフの子供にしか意味がない薬となるの。

 本当は、大人の苦労を味わうための儀式のときに使うんだって言ってたけど……。


「一時的に大人になるお薬……確保なの」


 そっとそれを仕舞い込んで、私はその夜を過ごした。この薬を使うのは、にーにが私に頷いてくれた時だけ。首を横に振られたら、そっと封印するの。そう考えると、不安ばかりが押し寄せてくる。


 にーにはにーにだ。だけど……もっとそばにいたい。私のその気持ちに、ミィちゃんもイアちゃんも気が付いていたの。

 ダメとは言わなかったのが不思議だった。どうしてかを聞いたとき、2人が笑って言ったの。自分達だって同じだから、と。


 言われてみればそうだった。2人とも、にーにの妹だけど妹じゃない……そんな立場なの。でも、にーにが困っちゃうならやめておこうと思うの。だから使うのは返事をもらってから。




 と、ただぶつかるのではゴブリンと一緒なの。エルフはエルフらしく、頭を使って周囲から色々と固めていくの。成長の遅い体も、これを使えば解決なの。にーにが少なくとも、駄目とは言わないように……待っててね、にーに。私の気持ち……本当だから。


 夢うつつで私がそう考えていると、漂う光のいくつかが、応援してくれるように瞬いた気がしたの。


 そんな、女の戦いの前日譚。


ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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