175.明日へ向かって飛べ!
この話を含めて8話ほどのシーン別でエピローグになります。
後1週間、よろしくお付き合いください。
「あーあ、忙しいなぁ……」
「皆がアリスを求めてるのです。良い事ではないですか」
汚れてしまった靴を変えて、新しい依頼場所へと向かおうとするボクから漏れ出た気持ち。寝る暇もない、とは言わないけれど毎日毎日、最近はボクはあちこちに出かけている。それもベルネット司祭にとっては成長する糧だというけれど、たまにはボクだって遊びたいんだよね。
でも、それは口にしない。口にしたら、優しいながらも厳しい司祭のことだ……じゃあ今日は倍こなさないといけませんね、なんて涼しい顔をして言うに決まってるんだ。
強くなりたいというボクの気持ち、みんなの笑顔のために頑張りたいという気持ち、年相応に遊んでいたいという気持ち、みんな分かった上で、ぎりぎりのところを攻めてくるんだよね……まったく。
「だからって大きなスライムの討伐を3回も入れないでよっ! ベタベタして気持ち悪いんだよ!?」
「そうですか……では、他の皆にやってもらって誰かのお葬式に参加しますか?」
「うっ……」
本当は、ボクだってわかってる。わざわざボクのところに来たってことは、みんなじゃどうしようもない厄介な魔物だってことぐらいは……たまには愚痴りたいんだよ、うん。
それに、ボクだけに頼り切りになってもらってもね、それはそれで問題だと思うんだ。
「そんなのは嫌だけど、手伝ってもらうのは良いよね?」
「それはもちろん。我々の未来は我々の手でつかんでこそ、アリス……貴女はそれを口にする権利があります」
ちらりと司祭の視線が向くのは、ボクが腰に下げたままの小剣。あの日、数えるのも馬鹿らしいぐらいのトカゲ野郎を師匠たちと一緒に切り裂き、滅ぼした今も相棒に他ならない剣だ。
気のせいか、前よりもボクの物!って感じが強いんだよね。剣の先まで意識を感じられるような……不思議な感覚。
どっちにしても、ボクはあの日……最後まで戦い続けた。他の皆が疲れ、交代していく中で最後まで相手を倒し続けたんだ。
それは別に誰かに言われたからじゃない、ボクがそうしたかったから。助けたい相手に、人間も獣人も……魔族だってなかった。
好き嫌いは確かにあるかもしれないけれど、何々だからダメ、というのはよくないことをボクは知ってしまったのだから。
「んー、やめとく。一緒には戦ってもらうけど、無理強いはしないよ。それにさ、一人の方が報酬がいっぱいだからね! みんながお肉が食べられる!」
そうだ、それが大事だ。冬の寒さの中、木の皮や木の実を求めて危ない森に立ち入るようなことをしなくてもすむ生活。そんな些細なことのためにボクは今も戦える。顔も薄れてきてしまった、死んでしまった彼らのためにも。
「ははは。勇者アリス、聖騎士筆頭の貴女が言えば誰でも寄付ぐらいしてくれるでしょうに」
「もう、やめてよ……一番強いのが偉くなるべきだ、なんてさ」
司祭の言葉に急に恥ずかしくなってしまうボク。何がと言えば、最近は勇者じゃなく聖騎士と呼ばれることも増えてきたんだよね。
残念なことに、アルフィア王国、そして教主様は神様の教えを正しく受け止めていなかった。その事実はそれぞれの頭を入れ替えるような形となったんだ。そうなると出てくる問題が、偉い人に誰がなるか、だったんだけど……ベルネット司祭は老い先短い身だから助言役が良いとかいってすぐに若い人を推薦したんだよね。
そうなってくると、何かが無いと印象が薄いよねとなって気が付いたらボクが先頭にたって聖剣を掲げていた。
もう二度とやりたくない。いっぱいの人の前で、あんな偉そうに演説するなんてさ。孤児のボクがだよ?
歩き方だって散々練習させられたし、なんで踊る練習もしないといけないのさ。結局、見様見真似の剣舞でごまかしたけどさ……うん。
「私は気に入りましたよ。アリスの言葉……きっとみんなの胸にも響いたことでしょう。
人は一人では生きていけない。それはなぜか? 人は自分がどんな顔をしているかを誰かがいないと知ることができない。同時に人は知る。相手の顔がゆがんだとき、それは自分が悪いことをした時だと。互いに見ることの出来る顔が、ずっと笑顔である世界に私はしたい……でしたか」
「うわわわ。恥ずかしい!」
ほんと、なんであんな言葉が出てきたんだろうね? そんな勉強をした覚えもないのに、みんなの前にたって頭が真っ白になったと思ったら出てきたんだよね。ま、でもいっか!
「よし、じゃあ行ってきます!」
「ええ、気を付けて」
これ以上この場所にいたら褒め殺しで動けなくなりそうだと思ったボクは教会を飛び出した。
アルフィア王国の王都のど真ん中にある大きな大きな教会、その中にあるボク専用の祈りの場所から飛び出して、そのまま敷地内を行き交うみんなに挨拶をしながら、ちょっとはしたないかもしれないけど木の枝の上をどんどんと飛んでそのまま壁もひとっ跳び!
……と思ったら、飛び降りる先に誰かがいた。
「わわっ、どいてええー!」
「ええ!?」
相手もボクの言葉に驚いてその場に立ち止まってしまい……見事にボクはぶつかってしまった。そのままごろごろと転がる。ボクは痛くないけど、相手はどうだろうか?
慌てて体を起こそうとして、ボクはそれが出来ないことに気が付いた。だって……だって!
「イテテテ……一体キミは……あ」
「ど、どこ触ってるのさ!」
そう、飛び降りた先にいた子、多分冒険者になりたてな男の子がボクに抱き付くようにして、その手でボクを抱きしめていたんだ。
その右手が……その、ないとは言いたくないけどささやかな胸を掴んでいた。
「ごめん! 急だったから!」
「もう、いいよ……こっちこそぶつかってごめん。でも、どうしてここに? こっちには依頼が集まる場所はないよね?」
そうなのだ。冒険者向けの話が集まるのはもっと騒がしい、酒場のあるほうだ。決してここのような静かな場所はそれには向かない……祈りに来る人か、ボクとかに特別用事がある人ぐらい。あ、そうなると……?
「それはその……」
「もしかして、勇者に御用?」
ボクがそういうと、男の子は驚いた顔で見つめ返してきた。ボクがいうのもなんだけどわかりやすいなあ……これで冒険者が出来るのかな?
どうやらボクが件の勇者だとは気が付いてないみたいだけど……ね。
「う、うん。俺の村のそばにさ、とんでもないスライムが出たんだ。でっかくて、何でも食べちゃって」
(んん? もしかして……)
気になって村の名前を聞いたら大当たり。今から向かおうとしている村の名前だったんだ。偶然って怖いね。
でも、そうとなれば話は早い。彼の要件はなんとか退治してほしいということだろうからね!
「まっかせて! ちゃちゃっといってパパッと帰ってこよう!」
「え? でも勇者様じゃないとだめだろうってじっちゃんが……」
彼の言葉は途中で止まってしまう。だってそれはそうだろうね、彼の目の前で……ボクは光って見せたんだ。希望の……青い光に。
ボクの戦いはまだまだ続くと思う。時には怒って、時には泣いて。あるいは時には喜んで……そこに困った人がいる限り。そこに悩んだ人がいる限り! 勇者アリスは止まらない!
「さあ、行くよ。歩いてたら日が暮れちゃう!」
「ちょっと待ってよ。うわああ!」
戸惑う男の子を今度はボクから抱きしめるようにして、ぎゅんって飛び上がった。このまま街を抜け、目的地へ向かおう。
この先の人生、何があるかわからないし、きっと大変なことだっていっぱいある。
けれど、ボクには立ち止まってる暇も、ゆっくり歩いている暇も無いんだ!
世界が勇者を求める限り、ボクは飛ぶ。明日へ向かって!
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます