173.みんな一緒に
ドワーフの住む大陸にある火山にいた溶岩竜。その牙から削り出した長剣である竜牙剣が……痛んだ。
その痛み具合を確認する前に、俺は目いっぱい力を込めた足で天竜を蹴り飛ばしていた。
「ぬぉお!? 私を足蹴にするか!」
「それがどうした! これからその首が胴体から離れるって言うのに!」
本来は俺の蹴りぐらいじゃ飛んでいくようなことのないように見える天竜。要は、遊ばれているのだ。どうせ自分を滅ぼすことはできやしないと。そのことを怒るつもりもない。その油断を……最終的に上手く使えばいいのだ。叫びながらもちらりと視線を手の中の剣にやる。
竜の骨は肉体が滅んでもなお、ある種ずっと生きている。その中を魔力が通る度、強化され、硬く、強くなる。言ってしまえば骨自信が魔法を補助する道具同然なのだ。だから多少痛んでもすぐに魔力を注いでやれば勝手に直るのだ。今もまた、竜牙剣は痛んでいた部分を何もなかったかのように輝かせ、その力を改めて発揮している。
駆け寄り、振り抜き、突き出し、そして切り裂く。天竜は強い……気を抜けばすぐにでも致命的な間合いに踏み込まれそうだ。
天竜がそれを出来ていないのは、合間合間に飛び交う無数の魔法。両手に属性の違う魔法を展開し、イアが俺の動きの隙間を支援してくれているのだ。
「小娘が、うっとおしい!」
『はんっ! 子供のすることぐらい、大目に見ることね!』
そんなイアを狙おうと天竜が動くのを見れば、俺はその横を突くようにして追いすがり、斬りかかる。
相手は呼吸をしているわけではないようだが、こうして目の前にいて、生きているというのなら……読めばいい。
もちろん、確実ではない。だが、師匠は言っていた。相手が自分の意志で体を動かす限り、そこには始まりがあり終わりへ向けてどうしてもつながるのだと。
要は、人形が動くのでなければ多少は先読みが効くということだ。今もまた、俺は天竜が踏み込むとほぼ同時に移動し、イアに向けて飛び出した魔力弾を切り払った。
感じる気配から、ミィとルリア、それにカーラは順調で異形たちはその数を減らし始めている。少しでも数が減ればそれは即ち、次の相手の討伐の速さが上がってくるということ。それが繰り返されれば、自然と殲滅速度は跳ね上がる。
みんながこちらに合流してくるのもすぐの事だろう。それがわかったのか、天竜の顔がゆがんだ気がした。
「仕方あるまい。手間ばかりかけても……な」
「させるかっ! うぉ!?」
途端、風のような物が天竜から吹き荒れる。実際には風ではなく、空から地面に落ちていくかのように、下がっていくのが自然……そんな力。じりじりと下がる自分の体を前に向けているので精いっぱいだった。
横にいたイアはかなり大きく後ろに下がってしまっている。
(いったいこれは……はっ!)
強制的に開かれた間合い。そして天竜を見ると……黒い渦を手にしていた。ここからでもわかる。あれはまずい物だと。
咄嗟にみんなとの間に立ち、竜牙剣に力を籠め始めた。それだけでは足りず、勇者としての青い光も俺の体、そして剣に集中する。
「星の夜空に消え去るがいい……」
「やらせる……かっ!」
天竜の手から放たれた闇。それはまさに夜空を1つの玉に集約したような恐ろしい力を秘めていた。そのままでは何もかもが消え去りそうなそれに、俺は竜牙剣を込めた力ごとたたきつけ……そいて俺は大きく吹き飛んだ。
『お兄様!』
「ははははははは!……んん? しぶといな」
「ごらんのとおり……さ」
悲痛なイアの叫び。それをすぐそばに聞きながら俺は全身の痛みを我慢していた。あの闇は、こちらを吹き飛ばすだけじゃない……何かを食べている。その証拠に、妙な脱力感も全身を襲っている。
そして……竜牙剣はもろにその影響を受けた。消滅してはいないけれど、今魔力を込めるにしてもそれを受け止めることは出来なさそうだった。
イア、そして少し離れた場所にいたミィ達もぼろぼろだ。だいぶ相殺したはずだけど、それでもこれだ。もし直撃していたら、確かにすべて消え去っていたことだろう。天竜の呼び出した異形たちもまとめて吹き飛んでいるのが救いと言えるだろうか。
俺は覚悟を決めた。出来ることなら、これ無しで戦いたかった……なぜなら、本人から聞いた話……初代勇者はこの聖剣を持っていなかったという事実。元々は別の名剣を手にしていたのだというのだ。魔王との戦いの後、聖剣には出会い……使われずにそれは人間側の都合のいい話の種となった。
つまりは……聖剣は魔王を斬っていないのだ。
アーケイオンからの話にも無かった聖剣。その力はこの時点で未知数となってしまった。読めない力は戦力として数えたくないが、今はそうもいっていられないようだ。
よろめく体を叱るように気合を入れ、俺は右手で聖剣の柄をつかみ取る。
途端、剣から伝わるのは歓喜……ではなく、怯えだった。圧倒的な力は感じる。しかし……どこか大人しかった。
「ん? ふふふ……そうか、あの光はお前か……無様な姿だな」
「一体何を言っている? 行くぞ!」
天竜の笑い声が向かう先は俺ではなく、聖剣。気のせいか、聖剣が震えた気がした。俺はそれでも唯一相手に通じそうな武器を手に、斬りかかる。
やはり聖剣は武器としては規格外だ。先ほどよりも確実に相手の生み出している力の刃とぶつかり、それを削っていく。一見有利であるのに、なぜだか天竜には余裕があり、聖剣にはその余裕がないように感じた。
そのことに不安を覚えた俺は、思わず間合いを取り、剣をまじまじと見つめてしまう。
「剣が実力を発揮してないように感じて不思議であろう? それがとある神の分身だということは知っていよう」
「それが、どうしたというんだ?」
笑みを浮かべて言葉を紡ぐ天竜。奴の一言一言に、聖剣がその光を明滅させていく。まるで、黙っていろと言わんばかりだった。
俺はそれを不思議に思いながらも、他に奴に通じる武器もないわけで、聖剣を構えるしかない。
「かつての戦いのとき……私は神々とその仲間たちに敗れた。だがな、その前に私に敗北した唯一の神、それがその剣の本体よ。無様に敗北したそいつはな、剣にならないと自分を維持できないぐらい……力を失ったのよ。ふふ、どうやら力そのものは戻ったようだが、出てきたくはないようだな」
聖剣の光が、弱弱しい物になっていく。天竜の言葉が図星だったらしい。あのいたずらが好きそうで、正義とは何か、物語とは何か、なんてことを気にしていそうな神様が?
いつしかミィ達も俺の後ろに佇んでいる……状況に困惑しているのだ。
俺だって驚いている。使った回数はそう多くないけれど、いつだって圧倒的な勝利を呼び込んでくれる聖剣。俺が振るう度に、その活躍の場があることに喜び、もっともっとと催促する聖剣。
今思えば、それは敗北の悲しみを慰め、乗り越えたいがための階段だったのだろうか。
「その剣が唯一の希望だというのなら、無様なことだ。心が折れた敗北者に何が出来るというのだ。
何が正義だ、何が弱者の希望となりたいだ。それで自身が力を失っては……何もしない方がましという物だ」
「それは違うよ!」
だんだんと熱くなっていく天竜の語り。聖剣と、その宿った神様の事を完全に否定し始めた時、ミィの声が響き渡った。力強く、覚悟のこもった声だった。
振り返れば、ぼろぼろな姿でミィは怒った顔をしていた。いつだったかこんな顔を見たことがある。あれはそう……少年少女冒険団として活動していた頃、自分には何もできないから留守番が一番いい、なんて言っていた子がいた時だったか。
「確かに、何かをやって失敗することだってあるよ。ミィだって失敗は怖い。だけど……だけど! だからって何もしないんじゃ何も変わらない! 自分自身のやりたいことのためには、動かなきゃだめだよ!」
叫んで、ミィの体からは魔王の力である赤い光が大きく噴き出した。ミィの感情に呼応するように、その光は大きくなっていく。見れば、ルリアが必死な顔をして地面を流れる魔力の道に触れ、その流れを引き寄せていた。
「ほう……だが、勝てねば意味はあるまい」
『だったら勝つまでよ。心があきらめ、負けを認めない限り……何度だって戦ってやるわ』
ミィの赤が朝焼けの透き通るような赤だとしたら、こちらは夕方。闇に近く、濃い赤。
イアの体からはゆらゆらとその赤が噴き出し、ミィのそれと混ざり合っていく。色だけではなく、それは熱さをも感じたように思えた。
「自分たち1人1人は弱いの……だけど、だからってあきらめるのは……もっと嫌!」
小さなルリアの叫び。宙に浮く魔導書エルファンリドルと、手にした杖が魔力の海に浮くかのように浮遊し、ルリアの導きに従って周囲の魔力を練り上げていく。それが俺たちを包んでいった。
その間、なぜか天竜は動かない。興味深そうにこちらを見るだけだ。
馬鹿にしている……そう思った。と同時に、俺は聖剣を握る手に力を込めた。勇者の力を全開にした握りこみだ。さすがの聖剣も光の明滅で苦情のように訴えてきた。
『ガウ!』
立ち昇る魔力の柱。その間に立ったカーラは天竜を睨みつけながら、その流れに身を任せていた。普通の竜であればとっくに限界になりそうな魔力の渦がカーラの体を通り、その中に消えていく。すべて、食べているのだ。
それはまるで天竜の力のようで、瞳に宿る光も鋭さを増した気がした。
「面白い、面白いぞ! あるいは、届くかもしれんな……私に。その無様な剣を除いてな!」
瞬間、俺は大きく踏み込んで聖剣を振るっていた。鈍い音を立てて、聖剣の腹が天竜の顔に叩き込まれた。
十分な衝撃があったのか、大きく後退する天竜。訳が分からないという顔で自分の頬を抑えている。
「叩いた? 切らずに? 貴様、何のつもりだ!」
「悪いな。ちょっとこいつを叩くいいのがなくてさ」
俺は聖剣を指さしながらそう言って笑った。こんな場所にはちょっと似合わない、大きな笑いだ。
笑いながら俺は聖剣を顔の前に持ってきて、その腹部分の顔をうつす鏡のような場所を睨みつけた。
「おい、男神だが女神かは知らないけどさ……勝とう。あんな人を馬鹿にした野郎を……許すわけにはいかないだろう? 弱者を守る正義を貫きたいんだろう? 物語は……逆転勝ちが必要なんだろう?」
一見すると、今の俺は武器に語り掛ける変な奴だ。事実、すぐには聖剣は反応しなかった。
だけど……聖剣は、聖剣に宿る神様は本物だった。あふれ出す青い光。あるいはそれは、やけくそな爆発だったのかもしれない。
「ははっ! よし……仕切り直しだ!」
「立ち上がるか……よかろう。もう一度、今度はその気持ちも無くなるほどに叩き潰してやろう!」
聖剣から光が立ち上る。俺の持つ勇者の力を糧に世界の果てまで届けと言わんばかりに……輝き始めた。
天竜もまた、その姿をより屈強な物へと変え、手にした杖のような物も武骨な両刃の剣となった。体とその剣を、闇のような黒が包み込んでいく。
「かつての戦いを、やりなおそう」
「再現さ。お前が負けるという終わりのな」
そして、光と闇がぶつかり合った。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます