172.大地の同胞たち
場面が変わります
エルフにとって、大地を流れる魔力とその流れの基点となる位置にいる神樹は色々な意味で特別な物だ。
魔力の流れから世界を読み、神樹の輝きから未来に思いを飛ばす……それがエルフの理想の生き方の1つ。
知識を求め、世界に旅立ち、そして知識を持ち帰る。森に引きこもってるという他の種族からの偏見は知識を覚える時にずっと終わるまで籠っているからだろうなと最長老である私、サルファンは考えていた。
やや不名誉な話ではあるが、逆に言えばこもって知識を求めるための場所を確保できているともいえる。
安全で、安心できる場所を。
「でるからにはここは渡さんよ。唸れ、エルドリア!」
よりにもよって、神樹で祈りを捧げているときに襲われるとは思わなかった。魔力の流れをせき止めるかのように急に空から舞い降りた黒い光。彼らの正体はなんとなくわかる。伝承に伝わる、天からの異形……地上に住まうすべての者の敵だ。まさか本当にいたとは……。
災厄と共に、地上を焼き、多くの同胞を消し飛ばしたという悪魔たち。
そんな竜のような頭部を持った相手を、私は容赦なく迎えた。手にした新しい魔導書であるエルドリアが黄色く輝き、その力を解放する。森が、大地が、怒りのこもった槍となって無数に現れ、相手を貫く。
悲鳴も上げず、血も流さずに倒れ、躯となる異形たち。その遺体から漏れ出るのは魔力ではなく、もっと違う何か……。
「サルファン様」
「みなには浄化をお願いする。これは、倒すよりもその後の方が厄介そうだ」
恐らくは付近の強者を狙う性質を持っていると思われる異形がどんどんと私の方に近寄ってくる。
その手には嫌な物を感じる刃。だが……この場所で出てきたのが不幸と言える。この場所は、私たちの場所だ。そうそう負けやしない。
「それに、ここで負けるようではあの子に申し訳が立たないからな」
恐らくは私以上の相手と今、この瞬間戦いに身を投じているであろう同胞の娘を思い、私は足先から頭の先まで、一気に魔力を巡らせ、異形を睨む。
我々の聖域に土足で踏み込んだのだ。覚悟はできているのだろうな?
神樹への影響を避けるため、徐々に私は戦いの場所をずらし始めた。まるで私という光に誘われる羽虫であるかのように異形たちは私へと集まり、その躯を森にさらしていく。
終わりの見えない戦いに、少々ため息の1つでもつきたくなったころ……心強い援軍が到着した。
『ギャウウ!』
無数、と言えるほどにいつの間にか増えていた異形を掃除でもするかのように薙ぎ払う体の持ち主は……土竜。騒動の気配を感じたのか、それともたまたま遊びに来ていたのか。
ラディに教わったチャネリングで意識をつなげると、後者であるようだった。何度かの交流の末、こちら側の神樹が私たちにとって大切であることを知ってくれた土竜はたまにこうしてやってきては魔物どもを一掃し、そのまま帰るということをしてくれるようになっていた。
神樹を背に、私はやつらを引き付けるべく長い戦いをする覚悟を決めた。ここで私たちが頑張るほど、きっとどこかの誰かが有利になる、そんな予感があったのだ。
「ははっ、今日はちょっと食べるには向かないぞ? よろしく頼む!」
私は魔力の流れる先、世界を流れる魔力の川の行き先にあの子がいることをなぜか確信を持っていた。そこに届けと言わんばかりに私は戦い続る。
「親方ぁ! なんですかあいつら!」
「知るか! とりあえずぶん殴っておけ!」
僕達の隠れた部屋の外で、大人たちの声がする。必死で、慌てた声だった。それはきっと、ここに来る前にちらっと見えたよくわからない人たちのせいなんだと思う。
お姉ちゃんたちみたいな獣人でも魔族でもエルフでもない、ましてや人間でもない変な姿。
トカゲを大きくして立たせました、みたいな姿に僕は硬直し、そのままお母さんたちにこの部屋に押し込まれたんだ。
だんだんと喧騒が遠ざかり、戦いが街の外側に移ったことを感じた。その分、僕達の部屋で音が目立つように感じた。具体的には、すすり泣く声とかだ。
「うう、兄ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だから」
同じ部屋に押し込まれ、震える年下の知り合いを弟であるかのように抱きしめて、僕は同じように震えた。
急に火山と街の間に出てきた黒いあいつらは……火竜や溶岩竜とは違うような気がした。敵で、分かり合えない……そんな気がしたんだ。
父さんたちはいつも、獲物を狩る時、何かを殺さなくちゃいけないときは相手に敬意と、感謝を持てって言っている。
その体を食べ、あるいは素材として利用するのだからその命に感謝をしないといけないよと。
だから殺すだけが目的となってしまう戦争はよくない物だと。
あの変な奴らは、戦争ではないけれど、戦争になる相手だと思った。
耳に届く誰かが暴れる音。悲鳴はほとんど聞こえないから、きっと父さんたちが協力して何とかしてるんだと思う。
足手まといになる僕達はここにいるほうがいい、いいんだ。
「あれ、ドンタがいない」
避難していた1人からそんな声が飛び出たのはその時だ。僕は慌てて室内を見渡すけど、確かにドンタがいない。視線の先に、開きかけた裏側の扉が見えた。まさか……外に出た? 家族を探して?
窓からちらりと見えた街中は、何もいない。すごく静かで、ひどく不気味だった。
「どどど、どうするの!?」
「どうもできないよ! 僕達じゃ戦えない……」
そう、僕達は特別力が強いわけでも、魔法を使えるわけでもない。ここで飛び出したところで下手をしたら出てすぐに変な奴がいたら一発だ。1人だけじゃなく2人3人と犠牲者が出たら大人はきっと悲しむ。ここに隠れてるのが正しいんだ……だから……だから。
「兄ちゃん……」
「ああああ、もう! お前たちはここにいろよ、いいな!」
よりにもよって、僕が抱きしめていた子のさらに弟がドンタなんだ。僕の弟じゃないけれど、街の誰かの弟はそれはもう、街全体で弟だ。だったら……見捨てられるわけないじゃないか!
(あんちゃん……ちょっとだけ力を貸してよ)
僕は街を救った強い強いあんちゃんたちのことを思い、父ちゃんに手渡された白蛇様の像を握りしめた。
そしてそのまま僕の扱える大きさの鉄剣を手に飛び出し……10歩行くか行かないかというところで少し後悔した。
「ドンタ!」
すぐそこの物陰で、ドンタが変な奴らに追い詰められていた。殺すつもりがないのか、なんだかいたぶるようにされている。
かっとなった僕が飛び出し、襲い掛かるのと相手が振り向くのはほぼ同時だった。
「うわあああああ!!!」
武器を振るう時はためらわず、全ての力を込めて攻撃する。相手の命を絶つ、その覚悟があってこそようやく武器は武器の意味を持つ。いつだったか戦士をしてるあんちゃんが言ってた。
僕の、我ながらへっぽこな攻撃は運よく相手に……刺さった。けれど、それだけだ。
瞬間、僕は死を悟る。こいつは誘ってたんだ。ドンタを助けようとするやつを狙って……。
胸元に吸い込まれるように迫る相手の持つ刃を僕は茫然と見守るほかなく……それは僕に届く直前に何かに遮られた。
『大地の子よ……無茶はするものではないぞ』
「白蛇様……?」
もやっとした白い姿。安心と、それ以上に力を感じるその姿は……まさに白蛇様だった。
その細腕が振るわれると、それだけで変な奴らは吹き飛んでいく。圧倒的、だった。
『起こされた時の力が残っていたからのう……少しぐらいはここに干渉できる。さあ、子供達よ。立ち上がれ!』
周囲からやってくる変な奴らと、それを追って来た大人たち。大人たちは白蛇様の姿に驚いているけれど、すぐに気を取り直して変な奴らに襲い掛かった。僕もまた、ドンタをかばうようにして立って鉄剣をしっかり握りしめた。
「戦士に必要なのは、それが必要な時にためらわない……覚悟」
あんちゃんたちに教わった言葉を胸に、僕はその日……戦士となった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます