171.光、交わる時
サブタイに悩む日々
少し後ろに下がった天竜の周りに沸き立つ影、影、影。いずれも瞬きの間にどんどんと増え、いつしか真っ黒な影から、竜人というべき姿に変わっていく。
まとめて吹き飛ばせばいいのだろうけど、数が数だ。面倒なことこの上ない。
『大きなことを言っておいて、数に頼らないと何もできないわけ?』
「そうでもない。まずは知りたいのだよ。その価値があるかを」
人を小ばかにしたつぶやきが、無数の影の向こう側にいる天竜から届く。目の前に現れた奴らは、ミィやルリアが相手にし始めている奴らよりは数段落ちるような気がする……が、油断するわけにもいかない。
相手が力を見たいというのなら、存分に見せてやろう。
「イア、行くぞ!」
『ええ、もちろん!』
掛け声1つ。俺は竜牙剣を構えて駆けだした。途端に前を塞ぐようにやってくる影。虚ろな瞳には感情という物が読み取れないけれど、その手にした鉄とは思えない長剣が無造作に振り下ろされてくる。
腕力だよりの直線的な切り付け。そのまま避けてもいいそれを、俺はそのまま竜牙剣を振り抜くことで答えとした。
甲高い音を立て、長剣たちは切り裂かれ、そのままそれを持っていた腕、そして首や胸元へと切り傷が産まれる。
半分は俺が一気に切り裂いた物。残り半分は俺の後ろに寄り添うように舞うイアの手による風の刃だ。
こいつらには、普通の魔法も十分に通用するようだった。
畑で土を掘り起こし、あぜを作るかのように俺はイアを背中に張り付けたような状態で影の集団につっこんだ。
こうなれば周囲には、敵しかいない。であれば……とにかく倒すのみ。
「そりゃあ!」
『遅いっ!』
魔力のこもった刃が一振りで多くの相手を切り裂けば、合間を縫うように飛び交う魔法が残った影の胸を撃つ。
相手にも多少の体格差といったものがあるようだけど関係なく、それらは短い時間で竜牙剣とイアの魔法の前に躯と化していく。
「ほう、なかなかやる」
「そこっ!」
俺たちからまだ距離があるからと油断していたのだろうか? 天竜までの道がわずかにだが出来た時、俺はイアを魔力障壁で器用につかんだ状態で足元に風を圧縮して展開し、一気に飛び込んだ。
「何っ!」
「せいっ!」
演技か本気か、見分けのつかない独特の顔から焦りのような声が漏れたのを聞くが早いか、俺は竜牙剣を一気に横なぎに振るった。
確かな手ごたえと、視界に入るのはお腹のずれた状態で両断された天竜の姿。
まさかこの程度で?という思いを抱いたのと、両断された体が地面に落ちるのはほぼ同じだった。
わずかな時間。空白が生まれた。天竜が生み出した影は奴の命令がないと動かないとか、不思議と動きを止めている。
目の前の状況がなかなか頭に入ってこなかった。消えてしまった天竜の気配に、俺は……。
「まあ、そうなるよなっと!」
『お兄様!』
振り返る時間も惜しみ、イアを魔力障壁で包み込んで咄嗟に体をひねる。その瞬間、さっきまでイアがいた場所を何かがつらぬこうと伸び、俺の振るった竜牙剣とぶつかっていやな音を立てた。
まるで影袋や聖剣の入っている場所から出てくるかのように、腕だけが伸びており、そこから両断したはずの姿で天竜が姿を現した。
「驚いたな。気配は感じられなかったはずだ」
「あれで終わりのはずがない。だったらどうするかと言えば俺たちへの攻撃の機会をうかがっている。
その上で、俺よりも確実に倒せそうな相手を狙うだろうなと予想したまでさ」
居場所が入れ替わり、天竜の後ろのほうではミィたちが多くの異形と戦っているのが見える。大きくなったカーラが歩いては蹴り飛ばし、ブレスが地面を焼いていく。ルリアとミィの魔法や援護がその穴を埋め、奮闘中といったところか。
「そうか……だが倒しきれないのでは無駄だな」
「何度でもやってやるさ。もう嫌だって言っても許さん」
目の前の天竜が、見知らぬ誰かの中に天竜が入り込んだ状態なのか、それとも別の何かなのかはわからない。
けれど、とにかく相手を倒すことが重要なのは間違いない。
「行くぞ!」
「遊んでやろう……」
そこからは時間が長くも短くも感じた。飛び込み、竜牙剣を2度、3度と振るう。天竜の手にはいつのまにか髑髏杖のような杖。先端には髑髏の代わりに濁った水晶球のような物がくっついている。
そこから伸びる魔力の光を帯びた刃が竜牙剣とぶつかり合った。
接したばかりの竜牙剣を相手の刃が少しずつ押しているように感じた。まだ竜牙剣本体は無事だけど、まとわせた魔力の障壁部分がじわじわと削れている。かつて俺の腕を貫いた槍、トライデントの時を思い出した。
長引かせるのも良くないように思うが、ここで聖剣で切り裂いたところで相手が死ぬかどうか疑問だった。
何度目かの斬り合いの末、俺は特に攻撃を受けていないが天竜は無数の傷を全身に作りながらも、健在だった。
普通にやったのであればとっくに立っていないだろう傷を負いながらも、天竜にひるむ様子はない。
(どういうことだ? 予備がいくらでもあるのか?)
『そうか……そもそもアンタ、元の体ってのが無いのね!?』
「これはこれは……ああ、キミは面影があるぞ。あの娘の関係者か。道理で……」
イアの指摘に、天竜は否定を返さない。ということはイアのいうことが正しいのかもしれない。
どっちにしても、俺には正体はさっぱりといったところだからな。
元の体が無い、つまり目の前の天竜と、これまで倒した天竜は全て偽物ということだ。
『アンタは普通の竜を越えるために、竜であることを捨てざるを得なかった。その結果が……肉体の放棄。
あの子に会いに来た時には、実体化しておく理由があったんでしょう? だから殺された、皮肉な物ね』
「然り。まさか地上に向かわせた分身がああも見事に殺されるとは。長い時間の中でとても面白い物だった」
「だったらこのまま、一生思い出にしてやるさ」
俺は言葉を遮るようにつぶやいて、全身から青い光を立ち昇らせた。肉体の素質なのか、魂の素質なのか。
それはわからないが、俺は勇者で、その力の担い手だ。恐らくは俺の勇者の力はこの瞬間、この戦いのためにあったのだ。
神様たちの言うように、地上を脅かす災厄の天を追い返すために。
『お兄様……』
言葉少なく、イアもまた背中のすぐそばで赤い力を解放する。初代魔王でもなく、今代の魔王でもない、イア自身の力ともいえる赤い光。俺はその光に太陽を浴びているときと同じような安心感を抱いていた。自分1人ではない、その事実は俺の体を不思議と包み、全身に力を張り巡らせた。
『縛れ!』
「魂ごと切り裂いてやる!」
「!」
魔法に至っていない状態の赤い魔力が縄のように天竜に襲い掛かったかと思うとその体を一気に縛り上げた。
イアの作り出したその隙に踏み込み、俺は竜牙剣を1回、2回と何度も振り抜く。
わずかな手ごたえだけを残し、ついには肉塊となって天竜だったものが再び大地に伏す。
体以外も切った手ごたえはあった。だが、トドメになったかと言われると定かではない。
その答えは……どす黒い何かが肉塊を覆い始めた時にわかったのだった。
「まさか、ここまでとは……本体にまで力が届くとは予想外だったな」
「ははっ、男前が台無しだぞ」
怒りが籠った声の主は、人間のような体を維持できずに、小さめのカーラであるかのような竜の体に見える姿の……新月の夜のような闇色をした天竜だった。
小さいながらも、その体からは威圧感と呼ぶのも温い何かを感じる。
「後悔させてやるぞ」
「一気に小物くさくなったなあ、天竜!」
数段早くなった踏み込みから繰り出される爪、それを受けた俺の竜牙剣から嫌な音が立ったのはその瞬間のことだった。にやりと、天竜の顔に笑みが浮かんだ気がした。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます