170.明日と未来のために
「こんのぉ! なんだってのさ一体!」
近くにベルネット司祭がいたら、女の子なのだから言葉は選びなさい、なんて叱られちゃうかもね。
でも司祭は今、みんなを避難させているからここにはボク1人。
対して相手は見える限りでは10人。どいつもこいつも、今まで相手をしてきた魔物がお話にならないぐらいの強さを感じるんだ。
さっき吹き飛ばした相手も、立ち上がってくるぐらいだから普通に蹴飛ばしたぐらいじゃ駄目みたいだ。
どうにかするなら……殺すしかないみたいだね……。
「キミたちがいけないんだよ。ボクに襲い掛かってくるんだからさ」
話しかけても無言。それでいて連携はばっちり。なんというか、不気味な相手だ。
空に黒い光が走ったかと思えば、そこから降りてきたのはトカゲのような顔をした変な奴だ。
敵だ、そうボクが感じて飛び出すのと、相手がボクがいた家に向かって魔法のようなものを撃ちだしたのはほとんど同時だった。
「今日の寝床も無くなったし……責任は取ってもらうからね!」
叫んでボクは飛び出す。今のところボクは魔法をうまく使えない。修行中だし、何より小難しいお話はよくわからないんだ。こうして……剣を振るって祈りとした方が早いし、簡単なんだよね。
あの人には試す機会が無かったけれど、ボクの戦い方は元々こうなんだ。
近くのトカゲ野郎に接近し、小剣を無造作に突き出す。それだけなら何の変哲もない、小さな女の子による非力な突き。だけど……油断するとほら、こうして伸びた刃に胸を貫かれるわけ。
「なんだ、斬れるじゃん。だったら、続けようか!」
まだ最初の一体。だけど相手を倒せるというのはボクにとっても、近くにいるだろう他のみんなにとっても朗報だ。
少し離れた街でも騒動が起きてるように思うけど、ボクが今そちらに行けばこいつらをみんな連れていくことになる。最低限、こいつらだけはここで仕留めないといけないや。
「せいっ! はぁっ! ていやっ!」
まるで悪漢に囲まれてる子供の様な体格差。逆にボクはさらに姿勢を低くしてトカゲ野郎たちの攻撃をかいくぐり、相手のわき腹や背中から小剣の姿である聖剣を何度も振るい、突き刺す。
普通の武器じゃなかなか通じなさそうだけど、ボクのこれなら行けるみたいだ。
「もう、せっかく倒したのにまた増えてる。でも……」
4体倒したと思ったら5体増えていた。数はたまたまだろうけど、倒したと思えば増援が来る、という状況みたいだね。
終わりの見えない戦いにちょっと気がめいりそうになるけど、気合を入れてボクは聖剣を構える。
全身に、あの人が教えてくれたように意識を向けて、自分の力だけじゃなく自分自身という物を意識する。
じわりと、ボクの体を青い光が覆っていくのがわかる。勇者の力……みんなの、希望の力だ。
「人間の勇者じゃない、みんなの勇者……今のボクがなりたいのはそんな勇者さ」
トカゲ野郎がボクにビビったのか、少し下がるのが見える。その時間を利用して、さらにボクは力を練り上げた。
こうしてここにボクがいる限り、トカゲ野郎たちは増援も送らないといけない。なんとなくだけどそれを感じた。
「先は長いみたいだから、どんどん行くよ」
出てくる声と言えば、刺された時ぐらいのトカゲ野郎たちに不気味さを感じながらもボクは駆ける。
いつしか死体で地面が見難いほどにやってきたトカゲ野郎をボクは無心に倒し続けた。
どこから来て、どんな奴らで、どんな理由があるのか。そんなことはその時のボクには関係が無かった。
ただひたすらに、みんなのために倒す。それだけだ。
「誰かのために、誰かの明日と笑顔のために、それが勇者だよね? そうでしょ!」
ボクの叫びに、聖剣が答えるかのように光を瞬かせた気がしたんだ。そのままボクはさらに駆け抜ける。
トカゲ野郎の死体が邪魔になったと思えば場所を移動して新しく戦場を作り出す。
疲れていないかと言えば、嘘だ。けど……だからと言って現実は手加減しちゃくれない。
お腹が空いたと言えばどこからか食べ物が出てくるような世界はどこにも無いんだ。
「今日は……楽しみにしてたご飯がある日なんだ。早く終わらせるよ!」
叫んで近くの3体へと襲い掛かり、それらに順々に聖剣を突き出し、その命を散らす。
3体目に刺さった聖剣を、死にゆくトカゲ野郎が無理やりつかんだとき、ボクは彼らの狙いを知った。
すぐ後ろに、いつの間にか別のトカゲ野郎がいたんだ。
「しまっ!? っとと……矢? みんな!」
振りかぶったままで硬直したトカゲ野郎。その体がゆっくりと倒れ、背中には無数の刺さった矢が見えた。
そして向こうからやってくるのは見覚えのある人たち。街はひとまず片付いたんだろうか?
「お嬢ちゃんばっかりにいい格好はさせないぜ?」
「話は後! そんな事をいちいち言うからモテないんだよ!」
先頭で大きな弓を構えたままのおじさんに向かって思ったことを叫び返し、ボクはまだいるトカゲ野郎たちへと襲い掛かった。
みんなもそれぞれに戦いを始め、一気に乱戦模様となるのがわかる。
こうなったら戦いの流れを決めるのは勢いづいたほうだ……そう教わった。
「だったらボクがすることは1つだよね。一気に行くよ!」
トカゲ野郎が固まっている方向へ、ボクが駆け出すとその横に寄り添うように走る人影。
ボクよりも遅いし、力だって弱いはずなのにどうにも勝てる気がしないお爺ちゃんだ。
確かあの人の師匠さんだったかな?
「馬鹿弟子と育ちは違っても結局やることは同じ。勇者とは猪突猛進、そういうもんなのかのう」
「そんなことはボクに言われれも……ああっ!」
ボクが返事に困ってる間に、おじいさんはトカゲ野郎を1体、2体と切り裂いていく。
特別な剣って訳には見えないのに、不思議だよね。なんていうか……勝てないなって思う。
「ほれ、まだいるぞい」
「わかってるよ! もうっ!」
じわりと足元からせりあがっていた疲労もどこかに吹き飛んだかのように体が軽かった。
走り始めて、ボクはその理由に気が付いたんだ。
ボクが勇者であることを、認めてくれる人がいて、さらに一緒に戦ってくれている。
そして、ボクはそんな人たちも一緒に未来を守れている。それが何よりうれしいんだと。
「人々の希望、それが勇者なんだ!」
ボクは叫んで、湧き上がる気持ちと一緒に力を解放していく。いつか、ボクを目覚めさせてくれたあの人にこんなに強くなりました!って言ってやるためにも……ここは負けられない!
「ボクは人間の……ううん、みんなの希望の勇者、アリスだ! いっくぞおお!!」
『お兄様、どうしたの?』
「いや、ちょっと誰かに呼ばれた気がしてな」
魔力の流れに乗って、誰かの声を聞いた気がしたが……気のせいだろうか。
世界中に飛んでいった黒い光の正体が気になってるせいかもしれないな。
間違いなく、良くないものだけれどここを離れるわけにもいかないのだ。
そして、その原因である存在が予定より早くやってきたのを感じ取った。
それはミィたちも一緒で、俺と同じ方向を睨むようにして見ている。
視線の先で、黒い水が垂れた。何もなかった場所から黒が広がり、そこから水が流れるように嫌な感じのものが垂れ……それは人型となった。
「随分と早いな。まだ満月の夜には早くないか?」
その正体はいうまでもない、天竜だと悟らせるものだった。竜を小さくしたような頭部に人の体。
竜人、と呼べそうなその姿に俺は皆を後ろにかばいながらも声をかける。
「遅刻せぬよう気を付けるのも紳士の役目よ」
『紳士? はんっ。天上の存在となれば冗談も趣味が違うのね』
思ったよりも流ちょうな言葉を発した当人へと投げかけられたイアの挑発。
それを受け止めた天竜は……にやりと笑う。
「ただ奇襲し、滅ぼしただけでは面白くあるまい」
「その驕りが破滅を呼ぶことを教えてやるさ!」
俺のその叫びを合図に、みんなも魔力が高まっていくのを感じる。完全な戦闘態勢だ。
それを見た天竜は、どこか楽しそうだった。
「期待している。準備はいいようだな……始めようか。戦いを」
低い声が響いたと思うと、周囲には影が産まれた。無数の影は形となり、異形の兵士達を生み出した。
数や配置はバラバラだけど、邪魔なのは間違いない。
「にーに、ここはカーラと自分が。3人は行って」
「ルリアちゃん……ううん。ミィも参加する。イアちゃん……お兄ちゃんをよろしくね」
頷きと共にルリアとミィ、2人の小さな体から光があふれ、その瞬間からルリアは1人のエルフの戦士となり、ミィも力を隠すのを辞めた。戦いは、まだ始まったばかりだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます