169.抗う者たち
「……来たか。銅鑼を鳴らせ!」
「了解!」
私の叫びをかき消すかのように街に銅鑼……あの危ない物ではなくごく普通の物、の音が響き渡っていく。
事前に決めていた通り、これが鳴らされるときには戦いの時だ。ラディたちほどの力はない私でも感じるほどの力、そして気配。これは間違いなく、敵だ。
「母上」
「我が息子よ、わかっているな」
いざという時にはお前が陣頭指揮を執り、逃げ延びろ。その指示はこんな日が来るとわかっていてもなお、心優しき息子には受け入れがたい物だったのかもしれない。
銅鑼の音を聞いて駆け込んできた今この時ですら、顔には迷いが浮かんでいるのだから。
「私は魔豹ヴィレル。その名前に恥じぬよう、生きるさ。心配するな」
「……わかりました」
恐らくは、いや……間違いなく不満なのだろう。天竜の顕現の前にはこうして何者かが世界を襲うかもしれない、ということは私自身は予言者であるお婆様から聞いている。ラディ達を迷わせてはいけないと、知らせずにいたのも私の指示だ。彼らは優しく、甘く、そして理不尽を覆す力を持っている。こうして世界中に何かが襲い掛かってくるとしっていたらこちらを何とかしつつも天竜に挑もうとしたことだろう。
(だが、それではいけないのだ)
長年戦い、政治としての戦いの中にもいた私には感じる。この何かとの戦いは私たちの役目だと。ラディ達が出てくる戦いではない、そう感じるのだ。そしてそれは現場の彼らも、死の山の頂上でこれを知ったラディ達もその考えに至ってくれるはずだ。
後で何で教えてくれなかった、と文句を言われるのは私の役目という物だ。
「何、やすやすとやられはせんよ。母は強い、そうであろう?」
からかうような私の言葉に、息子は小さく笑い、自分の持ち場へと駆け出して行った。
私もその後を追うように外に出ると、夜でもないのに空はあちこちが黒く、暗い。世界中に、と先ほどは言ったが恐らくは私たちのように戦士のいる場所にだけ奴らは出てくるのだろう。戦える者を倒してから、ゆっくりと世界中を蹂躙しようという意思を感じた。
まったくもって、不愉快なことだ。そんなことが出来ると思われていることが、不快だった。
我々が、狩られるだけの哀れな獲物ではなく、噛みつき返し、切り返すだけの牙と爪を持っていることをその身をもって教えてやらねばならないな。
「ヴィレル様、異形の存在がさっそく街の周囲に現れました。現在、各自に迎撃を始めています」
「うむ。この戦いは我らのためではない。地上に生きるすべての物のための戦い……そう伝えよ」
走っていく伝令を見ながら、私は自身の腕に竜の素材でできた武器……まあ、獣を模した爪を装着する。
まるで生きているかのように腕になじむその爪は、元の竜と同じように多くの強者を切り裂くことだろう。
「ふふ……たぎるな」
黒い空から舞い降りてくる異形は一見、竜を2本足で立たせ、人と足して割ったような姿。竜人、とでも呼ぼうか。しかし、その強さはきっと侮れない物だろう。
私は他の土地、西やそれこそ人間の住む大陸ですら起きているであろう同じような光景に思いをはせ、既に始まっている戦いの中に身を躍らせた。
かつての一族が人間と戦った時もこんな気持ちだったのだろうか?
いや……恐らくは違う。人間は奴らほどには話が通じない相手ではないようだからな……。
かつて、この地上は天竜を頂点とした竜によって焼かれたという。その中には今もいる竜たちは確かにいたに違いない……が、本当に地上を焼いたのは彼らではないのだろうと私は思っている。
こうして戦いを挑み、切り合うとそれが良くわかる。竜と同じ顔をして、我々に襲い掛かる竜人、世界を脅かしたのは彼らなのだはないだろうか、と。
(何が相手だろうと負けはせんよ。彼らの帰る場所は、守らねば)
確かな誓いが、叫びになって戦場へと響き渡った。
「魔力を絶やすな! こちらに近づけるなよ!」
「バイヤー様、あいつらは一体……」
くだらないことを聞いてくる最近入った若者を私の代わりに部下が蹴り飛ばしてくれた。
ありがたい、手加減せずに殴ってしまうところだった。全く、今聞くことではないだろうに。
思わず魔力を手元の道具、エルフとの協力で作り上げた矢を打ちだす装置に込めるのを忘れてしまうところだった。
「正体が分かったところで敵なのは変わらない。悩んでる暇があったらどんどん矢を運んで来い!」
「は、はいっ!」
それでも同じ職場で働く仲間であるからか、その部下も若者に叫ぶように指示を出しているのを見て私は笑ってしまう。
その間にも、特製の矢じりを付けた矢が次々と相手に襲い掛かり、倒していく。それでも相手はどこからか沸き立つようにやってくるのだから油断できない。有用な素材でも取れなきゃただの赤字だ……どうしてくれようか。
「それで、あいつらは他の方面からは来てないのだな?」
「今のところは。村や小規模な町には興味が無いと言わんばかりです」
報告に私は顔をわずかにしかめる。判断する者としては無表情というのも問題だが、慌てた顔をするのはもっと問題だ。
集まってくる情報、それは死の山の方向から黒い光のような物が伸びたかと思うと警戒に出ていた兵士達から異形の姿、竜のような人のような相手が出てきたという物だった。
しかもそれはこちらが戦士であるほど勢いよく襲い掛かってくるというのだ。
「エルフとの協力で出来たこれも戦士の力の1つと思ってくれたようだな……いいことと言えばいいことか」
「こちらに引き付けられますからね。他の被害が少なくて済みそうです」
話の分かる部下、そういえばいつだったかの時にラディを呼んできてくれたのも彼だったな。
気の利く、とは少し違うかもしれないが……生き残ったら昇進を考えよう。
「海の方はどうか」
「あいつらは泳げないようですな。海でおぼれたという情報もあります」
なるほど、それはいいことを聞いた。私は素早く懐に仕舞ったままの貝を手に、わずかに魔力を込めた。
つなげる先は、海の底にいるであろう海魔の将軍だ。
『珍しいな。そちらからつなげてくるとは』
「緊急事態だ。死の山から何者かが地上を襲撃中。海には入れないのか、そちらには被害はないかもしれないな。
相手は竜と人を足したような異形の戦士たちだ。恩を売るお得な仕事だが、どうするね?」
わずかな沈黙の末、帰って来た答えは承諾。全部が全部海辺にいることはないだろうが、これである程度は対処にめどがつく。
私は一度呼吸を整え、気合を込めて声を増幅する道具の前に立った。ちょっとした風の魔法の応用で声を遠くまで届かせる道具だ。最近開発されたばかりだが非常に便利である。
「諸君、戦いの時だ。普段、金ばかり追いかけていると思われていた者も、実際にそうだった者も今は戦いたまえ。利益はただ1つ……自分たちの生きる未来だ」
商売人としては失格かもしれない言葉。しかし……今はそれが正しいのだと自分を信じよう。
そんなことを考える視線の先で、海辺の道を駆けてくる竜人らしき影。それは海から飛び出してきた何者かによってその足を止めることになる。
どうやって伝わったのかはさっぱりだが、飛び出してきたのは……海魔であろう魔物だ。
あっという間に海辺は海魔の集まりと化す。普段と違い、不思議と彼らには恐怖を感じなかった。
さあて、これで戦いにもめどがつく……費用を除けば。
(ラディ……赤字が少ないうちに、頼むぞ)
遠くの空の下、恐らく戦いが始まっていることを感じ、私はそうつぶやいた。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます