016.妹の料理は完食が義務です
段々と周囲からの認識が固まって来たようです。
その日、始まりは何でもないようなことだった。いや、嬉しさすらあったものだった……かな?
楽しみな気持ちは俺の表情に出ていたと思うし、仕草にも隠しきれなかったと思う。
ミィがお昼ご飯は自分が作ると言い出してくれたのだ。
俺としては火の扱いが心配で気になるのだけど、イアを補助に付けてということで半ば押し切られた。
そうなれば後は楽しみで仕方がない気持ちだけが残り、外で待ち切れずに中に入ろうとしてしまうのも仕方がないことだと思う。
ただ……。
─お兄ちゃんは来ちゃダメ!
と怒られてしまった。
その時のぷんすかと頬を含まらせるミィを思い出すだけでも何か幸せな気分になれる。
ああ、魔法で絵を残せるような物はないだろうか? 今度上位神の誰かに聞くとしよう。
そうこうしているうちに、普段嗅がないような匂いが漂ってくる。
不快な、というわけではないけどちょっと不思議な匂いだ。
煮込み料理、あるいはスープだろうか? 何か匂いだけでもお腹に来る感じからして、味は濃そうだ。
そばで同じように食事の準備をしている獣人の皆が少しそわそわしてるのが気になった。
こちらを見る目には驚き、称賛、そして女性陣からは軽蔑を感じるような。
なんだろう、料理の手助けぐらいしなさいよ、ということだろうか?
でも今日はミィ達がやってくれるというのだから勘弁してほしい。獣人の皆がひそひそ話している声が少しだけど聞こえる。
2人まとめて?とか、2人とも子供だろ?などと変な感じだ。
「お兄ちゃん、お待たせだよ!」
と、そんな時に陽気なミィの声が響き、中へと入ることが許される。
最初は一間だけだった家もいくつかの部屋を増築する形で3人ではやや広いぐらいの家となっている。
その1室、食事を一緒に取るための居間とした場所へと座る。とすぐに食事が運ばれてくる。
見た限り、買い置きの黒パンに煮込み料理とその他。
状況的にはこの煮込み料理がミィが作っていたもののようだけど……。
「ん? 俺のだけ具が違うのか?」
「うんっ、お兄ちゃん最近お疲れでしょ? だから、どんなのがいいかなって聞いてきたの!」
明らかに大き目の具が俺のにだけ入ってるのを見て、ミィに問いかけるもはっきりとしたことはわからなかった。
イアに視線をやると、何故か楽しみが目に出ている状態だ。
何か、ある。
が、兄に選択肢などもとよりない。妹が作った物を残す、食べない、等はあり得ない。
ミィは料理下手ってわけじゃないしな。見た感じではぶつ切りにした肉等がいい感じに煮込まれているのがわかる。
さっそくとばかりに料理に手を付け、謎の具も口にしていくが変なことは無い。
敢えて言えば、どうも味の濃い物が多いような気がする。味付けを変えてくれたということだろうか?
「どう? お兄ちゃん、おいしい?」
「ああ。うまいぞ。さすがミィだな!」
実際、俺好みの味付けであり、元気が出てきそうだ。
最近は目立ちすぎない力加減はどのぐらいか、ということをあれこれ考えていて少し寝不足だったんだよな。
「ところで、これ何の肉なんだ?」
食べたことがあるような無いような、不思議な触感の具。
「えっとー、あれ、なんだっけイアちゃん」
『忘れちゃったの? もう、ミィったら。グレイタートルの腰肉に海鹿の足肉とかその辺じゃなかった?』
首を傾げてうんうんうなるミィは可愛かったが、しれっと言い放たれたイアの言葉に噴き出すのを我慢するのが精一杯だった。
どちらも効力ははっきりしている、いわゆる精力剤だ。しかもどれも魔物ということで即効性がある。
その量は指1つ分ぐらいでも十分だと聞いたことがある。
レイフィルド大陸ではダンドランに近い沿岸でしか生息しない魔物で、希少価値からかなりの高値で取引されていた。
俺もむかーし、街で買い取り現場を目撃した程度だ。そんなものが、俺のこぶしぐらいの大きさでごろごろと入っていた。話半分でも、かなり危険だ。
確かに、改めて具材を見ると獣人や魔族なら、疲労時の回復にも使えるであろう力を感じる。
ただ……なんだかんだと人間の自分にはたぶんまずい。何がと言うと、我慢できなくなる。
「そ、そうか! あ、ミィ、イア。お兄ちゃん仕事を思い出したからこの後おでかけするな!」
食べ終え、こちらを見るミィにそう慌てて断りを入れて俺はその場を走り去る。
向かう先は街の中心、例のギルドの様な建物だ……イアがこちらをにやにやと見ていたのが気になったけど話は後だ。
飛び込んできた俺を何人かが見るが、すぐにその視線は外れる。
俺もなんだかんだとここになじんできた証拠だろう。っと、今はそれどころではない。
コレを発散できる相手を見つけなければ。
「これだな……野良ゴーレムと言うか遺跡ゴーレムの処理。
核を潰さずに残骸を建材として使えるように復活後複数回の撃破が推奨、と」
場所はこの街から俺じゃなくても日帰りの距離。おあつらえ向きってやつだ。
1人でも良いけど、効率的には複数人の方が、ということだけど逆に1人で消耗したいからちょうどいい。
既に暑くなり始めた体に戸惑いながら、依頼の処理を行って建物、そして街を飛び出す。
「ふうーー……だいぶマシになったな」
わざと効率の悪い戦い方で消耗し、汗だくになった俺は足元のゴーレムだった物を蹴飛ばす。
建材に、ということなので出来るだけ大きな塊で壊していくのが案外手間だった。
その分……例の食事で高まった諸々が収まっていくのがわかる。
俺も世間的には若者だ。勇者時代には厄介ごとの方が多いので気分が乗らないことが多かったけど、どうしてもそういうことをしなくてはいけない場面もある。
ああいうお姉さんたちって単に話は教えてくれないんだよな……。
ともあれ、ミィと大陸を脱出し、イアも一緒になってからはほとんど毎晩一緒に寝ている。
となると、発散の場はなかなかなかったのだ。ミィに「何か変な匂いがする」とか言われたら立ち直る自信が無い。対策を考えないといけないところだ。
(毎回こういう話が転がってるわけじゃないだろうしなあ……)
ふと、ミィのまだまだ子供っぽいながらも成長してきた体が思い出され、慌てて首を振って頭から追い出そうとするも失敗した。
『あー、イケナイお兄様がいるー』
唐突に、いるはずのないイアの声が響いた。慌てて周囲を見渡すもいない。となれば上!
「って! こらっ!」
よくよく考えればここで上を向いた俺も迂闊であった。
イアは常々そう言っていたはずなのに。すぐ上にいたイアのスカートの中身、まあ両足や諸々が真正面に飛び込んできたのである。
顔が赤くなるのを感じながら、慌てて視線を下ろす。
「他の奴らに見られたらどうするんだ。イアだけか?」
『お兄様以外誰もいないもの。ミィが、心配だから追いかけてって言ったのよね。
確かに私なら場所がわかるけど、ミィも結構無理言うわよね。後、お兄様以外には見せるつもりもないわ!』
俺が見ていないことを良い事に、するりと首の後ろから抱き付いてくるイア。
実体化したからか、感じる体温とふわりと漂うイアの体臭。
魔力が無ければ実体化もできないのに、何故イアは暖かく、生身と変わらない姿になるのか。
今でも不思議だけど、それよりも、だ。せっかく収まったかと思ったのに、イアのせいで諸々がまた火が付いたようになる。
『我慢しすぎは駄目よ。ちゃんと、ね』
ね、のところで俺の顎を細い指先で撫でる。大した悪女である。
「妹は、そんな誘惑をするもんじゃない」
半ばあきらめ気味にそれだけを言ってひとまず座る。
『そうかしら? 人間ぐらいよ。魔族や獣人、あるいはエルフやドワーフだって。
いざとなれば愛情がまず先だもの。第一、その意味では他人同士じゃないの』
「イア!」
叫び、反論しようとして俺は固まった。イアがのしかかってきたからでもあるし、その瞳が真剣だったせいでもある。
『こんな時代だもの。繋がりが欲しいというのはお兄様だって否定できない。
お兄様だってミィや私に妹以外の……このぐらいにしておきましょうか。さ、気持ちを楽にしてくださいねお客さまー』
「は? ちょ、外で!?」
意気揚々と何やら気持ちを切り替え始めたイア。となるとやられることは1つなのだが……。
『大丈夫。誰もいないし、ささっとやっちゃいましょ!』
「そう言う問題か?」
説得は無理そうだと感じ、俺は脱力する。確かに、イアに魔力を持って行かれると諸々、要は欲望の類は綺麗に収まるのだ。
ただ、俺の今の状況は魔族の青年が半裸の魔族の少女に跨られているというアレな状態だ。
それにしても、イアのほかにこんなことが出来る魔族の話はほとんど聞かない。
「イア、実はお前……吸魔だったりしないのか?」
『さあ、どうかしら。お兄様はどっちがいい?』
見下ろすように言うイアに、俺は言葉をいくつか探し……ため息を一つ、深く吐いた。
「どっちでも。イアもミィも、大事な妹。これでいいだろ」
満足した表情で笑うイアにどきりとしたのは、内緒だ。
なんだかバレバレな気はするけども。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。