168.大地をめぐるもの
終わりまで駆け抜けるのみ。よろしくお願いします。
恐らくは世界の運命を左右するであろう天竜との戦いまであと数日。ひとまずの準備を終えた俺達はカーラに乗り、死の山の頂上付近にある火山跡に降り立っていた。周囲の山よりもひときわ高く、恐らくは……そう、恐らくはこの地上で一番空に近い場所だ。
途中、何回もワイバーンたちに襲われつつもそれを撃退、一面の荒野となっている場所へと降り立った。
『ちょっとばかり先客がいるみたいね』
「見覚えのない奴らばかりだな」
今は誰もいないはずの死の山の一角。その場所は確かに戦うのには向いている広い荒野のような場所だった。
ただ、今はそこに異形が何匹も居座っていたのだった。降りるときに一掃する勢いで炎を降らせたものの、倒せたのは一部。
「蛇さん? うーん、でも何か違うなあ」
「色々混ざってる。変な感じ……自然の物じゃない?」
事前に予想していた状況の1つがどうやら当たりの様だった。非道に手を染め、様々な危険な道具や武具を開発、作成していたと思われるハーラルト。どうやらここは意図していたかは不明だが実験の失敗作等を解き放った場所なのだろう。
奇妙な緊張感で互いにけん制し合っている異形の魔物たちには統一感と言ったものがない。自然にいる魔物であればそれはあるはずで、ひどくちぐはぐな印象をこちらに与えるのだった。
「いずれにせよ、とっとと片づける!」
『了解っ!』
あるいは天竜が出てきたらこのぐらいの魔物なら余波だけで死んでしまうのかもしれないけれど、それまで放っておくのも邪魔だし、何よりも俺達が落ち着いて待つことができない。まだ満月までには数日あるのだ。
近い奴らからこちらを敵と見定めたのか、襲い掛かってくるのを迎撃していく。かなり餓えているのか、その瞳には理性という物を感じない。あるいはすでにそういうモノとして生まれてしまったのかもしれない。
今回はカーラのブレスは解禁済みだ。天竜との戦いを前にしっかりと暴れてもらおう。
建物程の大きさになったカーラがその両手の爪や尻尾で敵を切り裂いては叩き潰し、赤以外の色も混じるブレスで薙ぎ払っていく。
訓練以外で戦ったことは少ないけれど、イアの言うように随分と火竜とは毛色の違う竜になっているような気がする。
「いいぞー、カーラちゃん。そこだー!」
「カーラ、すごい強くなってる」
陽気な声を上げながらも、ミィとルリアも周囲の異形に思い思いに魔法をぶつけ、あるいは切り裂いている。
ルリアは手にした杖からまるで竜の咆哮が響くかのようにいくつもの火の槍を生み出しては打ち出している。
なんでも一番負担が軽いんだとか。どうしてかは……たぶん、下にあると言っていた。
『お兄様、下に向けてやったらだめよ?』
「わかってるが……そうなると戦いのときに怖いな」
何がと言えば、どうも足元には火山としての何か以外に起きているような気がするとルリアが言ったのだ。
ルリアの目でも見通せない、よくわからないもの、だという。天竜の正体も見抜いたルリアが見えないとはどういう物なのだろうか。
『私には何となくわかるわよ』
「そうなのか?」
俺のそばを飛ぶようにしているイアの言葉に振り向くと、答えの代わりにイアは地面に足を付け、何かに集中し始めた。
すると、瞬き程の間に何かの力が地面からイアへと注がれていくのがわかる。
この流れは……いや、でもこんな大規模な物が?
『流れが出来たのは最近だと思うけど……間違いない、魔力の道よ。これ、世界中からのじゃないかしら。ハーラルトがどうにかして調整したのか、それともそういう物なのか……』
言いながら行使された魔法により、周辺の魔物が焼き払われていく。そう、それはまるで火山の噴火のような激烈な物だった。
しばらくすると、動く者は俺達以外に何もいない空間が広がっていた。
ちょうどその荒野の中心付近にたまたまあった平たい岩を野営場所として、俺達は一時の休息を得る。
異形の魔物はもうほとんどおらず、外周に逃げていったがまた襲ってこないとも限らない。
明るくなったらまた退治を行おうと思っていたが……それよりもだ。
「感じるな……信じられない」
『ええ、私もよ。しかも……出ていく先がないわ。みんなこの荒野に溜まり始めてる』
夜になり、戦いの最中に感じていたこの場所を通る魔力の道、そのすごさに改めて目を見張る。
通常、魔力の道はただ通るだけの場所でもその上では魔法が使いやすく、様々な影響を受ける。
ましてやエルフの大陸の神樹のように、その道から魔力を吸い上げ、利用することが出来るほどに溜まりやすい場所もあるにはある。でもそれらも、どこかにまた流れていくのが普通だ。
「お空にふわふわと魔力が飛んでる……よ。まるでここで戦いがあるのがわかってるみたい」
「神様が言ってた大地から借りる力ってこれのことかな」
祈りが届いた先で聞いたアーケイオンの話、そして以前に見たかつてのこの大地での戦いはこの大地に住む生き物と、それを奪おうとする竜たちとの戦いだった。高位竜の上にいる存在……今ならわかる、それが天竜だ。
しかし、そうなるとこの力は竜以外からもたらされているということになるが……どうも少し違うような気もする。
『ガウ?』
俺の視線を受け、可愛らしく首をかしげるカーラ。そう……どうもカーラにもこの大地からの力は恩恵があるように見えるのだ。話によれば竜たちは天竜と一緒に人間やエルフといった他の生き物を害していたはずだった。
「なあ、カーラ。竜は……もしかして……」
問いかけは途中で消えた。カーラが知っているわけないよなと思ったからだ。でも、状況の答えはカーラにあるような気もした。何かといえば、竜だって生きているのだからずっと同じではないだろうという考えだ。確かに竜は他の生き物を襲い、高位竜に至ってはまるで天災であるかのように大地を荒らす時がある。
けれど、それは規模が違うだけで他の生き物も同じだ。かつての伝承のようにどうにもならないという訳じゃあない。
そう、竜もこの世界の一部……そう変わっていってるのだと思う。だからこそ、それを乱してすべてを奪おうとする天竜に抗うのではないだろうか? その答えは、すぐそばに迫っているように思った。
気が付けば夜も遅い時間だった。周囲に簡単な結界を張り、屋根の無い場所ではあるが思い思いに横になることとした。
そうして数日が過ぎ、次の日は満月だという夜。不思議と俺はいろんな人の声を聞いたような気がした。生き残るという意思を含んだ色んな声。
もしかしたらそれは魔力の流れにのったみんなの声なのかもしれない。気が付けば寝入っていたようで、空が白くなってきた時……俺はその気配を感じていた。
「何か……来る?」
『お兄様?』
起きてきたらしいイアがその気配に周囲を見渡しながら俺にくっついてくる。何とも言えない、うすら寒さとでもいうべきものが広がっているのだ。
ミィとルリア、カーラもまた同じように目を覚まし、それぞれに周囲を警戒しているけれど今のところ何もない。だがこの感じは……何かある。
『ガウ!』
「カーラ? っ!?」
決戦の夜まで、あとわずかだが時間はあるはずだった。吠えるカーラ。その視線の先に……黒い月があった。そこから黒い光が幾条も伸び、どこかへと飛んでいく。
あれが何なのかはわからない。けれど、光の飛んだ先では何かが起きているだろうことは明白だった。
今すぐにでも向かいたい、けれど満月の夜はすぐそこだ。ここを離れるわけにもいかなかった。
じりじりと焦りそうになる俺たちを慰めるかのように、地面から感じる魔力の流れが脈動したように感じた。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます