166.波の間
空に消えていく竜の頭の形をした謎の髑髏。それは髑髏だけだというのに喋り、笑い、脅威と感じるほどの力を帯びながら浮いていき……空に消えた。初代魔王の持っていた髑髏杖、その先端についていた髑髏は正体不明であったが、魔王廟で安置しようとした俺の手の中で髑髏が喋り出したと思えばこれだ。
世界を我が物にする、そう言い放つ恐らくは特別な竜、天竜と名乗り……。
「不覚。全く動けなかった……私ではあれの相手は無理だな」
最初に言葉を発したのは、震える手を握りしめて悔しそうにつぶやいたドーザだった。無表情ながら、寄り添うイラには優しさを感じる。はっきりした自我が目覚めるのもそう遠くないのかもしれない。
「全貌がわからないな。あいつはなんなんだ?」
俺も気を取り直し、俺も強張っていた体をほぐすようにして揺らす。
わずかな時間だったけれど、随分と緊張と動揺が体を支配していたようだった。
見上げる先には、青い空。先ほどの出来事が幻だったのではないかと思えてしまいそうな空だった。
深呼吸をして、動揺を全身から消していく。ここで考えを止めてはダメだ。
「天竜……あれが全ての元凶か? 初代魔王は抑えていたあいつの力をハーラルトは抑えきれなかった?」
『そう……なのかしらね。私は知らない。けれど、魔王の力は知っているみたい。
あいつを許すな、抵抗しろ、そう叫んでる気がするわ』
「ミィも同じ。屈するな、抗え、そして貫き通せ……そんな感じかなぁ。難しいね」
顔をしかめながらも、吹き荒れそうになっていた赤い光を体の中に戻していく2人。神様たちからの強制的な干渉だろうか? 俺もさっきから放っておいてはいけない、そう言われている気がするのだ。
俺はこの中で唯一、相手の本性と言ったものを見てしまったであろうルリアを抱き寄せ、その震える体を包み込むようにした。
「頑張ったな」
「すごかった……カーラとは違う方向で竜を越えた……たぶん神様と同じぐらいかそれ以上」
顔色を青白くしながらも、未知を知ったということにルリアのエルフとしての血が騒いでいるらしい。
思ったよりもしっかりした言葉でルリアはあいつの正体を伝えてきた。次は全部を見抜いて見せる、なんて呟く姿は頼もしい。
『ガウ……』
ほとんど動けなかったのが悔しいのだろう。小さいままのカーラが涙目になりながらも自分に気合を入れるべく何度も飛び跳ねては尻尾をびたんびたんとたたきつけている。
確かに、俺が感じた様子からも、聖剣でただ切り付けただけでは駄目そうだなと感じる物だった。
天竜……竜たちがその属性を名前に冠していることを考えると、奴は……空? いや、もっと上か。
この世界からいなくなってしまった神様たちのいる場所に近いのかもしれない。
「そもそも初代魔王はどうやってあれを髑髏杖にしていたんだ?」
皆が落ち着いてきたところで、俺は一番の疑問を口にした。あの髑髏が天竜の物だった、それ自体は良い。けれどその実力は出会っただけでも感じるほどに大きな物だ。とても魔王1人で首を落としたとは思えない。
「予想でしかないが、天竜は地上に分身、使徒の類を降ろしていたのだろう。そしてイシュレイラを勧誘、あるいは脅迫したのかもしれないな。が、あいつはそれで大人しく引き下がるような子ではなかった」
昔を懐かしむようなドーザのつぶやき。俺には彼がどんな感情でその言葉を発しているかを正確に知る術はないが、深くつっこむものでもないなと思い直した。
ともあれ、かつて魔王は目の前にやってきた傲慢な態度の使徒なりをばっさりと切り捨てたに違いない。そうして残った髑髏を逆に利用し、本体に戻れないようにしていたのだろうか。
『何にせよ、戻りましょ。後始末だっていっぱいあるし、満月までまだ日にちはあるもの。やれるだけの準備はしないと』
「足手まといは足手まといなりに戦おう。ではな……さらばだ」
俺達が止める前に、ドーザは小柄なイラを抱えて山から飛び去って行った。見事な魔法の制御には目を見張るしかない。それでも魔力量そのものは確かにルリアにも届かず、強敵を相手とするには押し負ける、そう感じる物だった。
天竜との戦いはどんなものになるかはわからないが、かなりの激戦であろう状況で自分が足手まといになるのは耐えられないのだろうか。かつての……勇者としては。
「いっちゃったね」
『別に最前線で殴り合うだけが戦いじゃないもの。終わった後の世界を維持するのも大事な戦いよ。
ま、私は最後までやるけどね。ミィもルリアも、カーラもさ……ちゃんと考えなさいよ』
ひとまずの区切りがついたからか、妙にサバサバした様子のイアの言葉を合図に俺達は山の上から立ち去ることにした。
幸いというべきか、天竜の気配に当てられたのか場所が場所だというのに何もいない。
カーラに少し大きくなってもらい、一気に飛び去ることにする。
「カーラ。気持ちで負けると全部負けるぞ」
『ガウ!』
どことなく、飛ぶ背中にも元気を感じなかった俺は竜とはいえ女の子にかける言葉じゃないなと思いながらもその首元で励ましの声をかけた。
わかってるって!と言わんばかりに元気な思念がチャネリングの魔法を介して伝わってくる。
というかそろそろ人の言葉でもしゃべるんじゃないだろうかという気がするな。
「でもにーに、天竜はどこに出てくるのかな? 世界は広いよ?」
「そうだよねえ。向こうからはお兄ちゃんが丸見えとか?」
魔王廟を離れ、だんだんとなじみのある場所に近づいていくからか声にも元気が戻って来た2人の話を聞いて一人唸る。確かに満月の夜に、とは言っていたけどどこでとは言ってないな……。
ミィの言うようにこちらの居場所がわかるとしたら街にいるといきなりみんなを巻き込んでしまうか?
『気持ちはわかるけど、今日明日ぐらいはゆっくりしておかないと体も気持ちも持たないわよ』
「確かにな。イアには魔力の貯蔵もしてもらわないといけないし」
今回の戦いで、イアは相当魔力を消費したはずだ。常にため込み、多くの予備魔力があるといってもそれが有限なのだから。
調べものついでに、魔力の貯蔵もやるべきことの1つとなるな……。
ちなみにヴァズたちは国境沿いの最初に戦いのあった街にいるはずであった。相手の魔王候補がいなくなったからといって全部をいきなりヴァズたちが統治するというのはなかなか無理がある話だ。
かといって放っておくわけにもいかず……と妥協の結果だ。
ワイバーンを操っていた本人もいなくなったせいか、あちこちにワイバーンは飛び去ってしまったようだった。
そのうちに元々の住処に戻っていくだろうけど……それまでに被害が無いといいな。
『ガウ』
そうこうしているうちに、眼下にはその街が見えてきたらしかった。そのまま降りるとみんなを脅かしてしまうので少し離れた場所に降り、後は歩くことにした。
ワイバーンとうまい協力関係を結べたりしたら楽なんだろうけど……どうだろうな。
出来るだけ力で押さえつけるような真似はしたくないが、何とも難しい。
門番として立っている兵士の1人が俺たちを見つけ、手を振ってくる。この距離からでもわかるのかと驚いたが、よくよく考えたらこんな組み合わせは俺たちしかいないわけだ。
住民がいなくなってしまった街に、俺達はそのまま入っていく。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます