165.眠る者、起きる者
「ここが魔王廟……」
『ええ、ここであの子が眠っていたの。前より落ち着いてるわね』
「うう、ここはエルフには少し、厳しい」
イアの信じがたい発言。なぜかと言えば、俺の目から見てもやばそうな色をした沼や、瘴気を吹き出す植物があちこちにあるのだ。この場所に暮らせと言われたら誰もが首を横に振るに違いない。
今もまた、うっすらと各自を膜のように力で覆っていなければ悪影響は免れない。
若干の躊躇がある俺と違い、イアとミィはすたすたと歩いていく。カーラはそんなミィの頭の上だし、ルリアもまた、2人について行っている。見慣れぬ姿、ドーザとイラも同じようにだ。
俺だけ立ち止まるというのもなんなので周囲を気にしながらもみんなについていく。
今にも何か飛び出してきてもおかしくなさそうな妙な色の沼の脇を抜け、大きくなったカーラといい勝負の扉の前に立つ。
二度開くことの無いようにと想定されていたであろう重厚な扉は、いくつかのへこみをそのままに閉じていた。
『この前はよく見なかったけど、あれはハーラルトが無理やり開いたときの跡だったのね……』
「せっかくの彫刻なのに、ひどいなー」
(ん? じゃあこれは……)
俺は扉の前に立ちながら、現状に首をかしげていた。見た限り、奥に向かって開いていく扉だ。
でもそれが閉じているということはこちら側に引っ張る持ち手があるはずだがそれは見当たらない。
誰が閉じたというのだろうか? この重そうな扉を……。
「中に侵入者を追い出すための陣が刻まれている。そう言っていた」
「そうなのか」
ぴりりとした緊張感。つぶやかれたドーザの言葉に頷きつつも若干の警戒を込めてそちらを見る。
イアとそっくりで、恐らくは彼女の姉妹体として作られた少女、イラ。その傍らに立つ黒い鎧姿の……恐らく男。
感じる気配は魔族の物だと思うのだが、どうもはっきりしない。というか、こいつは……。
「私が魔族であろうと、人間であろうと、あるいは神様であろうと……敵対はしない。それで十分ではないのか?」
「確かに。今はミィ達とその子の事を信じるよ」
ドーザが敵じゃない、そのことはミィ達に既に言われている。その目的が傍らの少女に本当の魂、自我を持たせるためだと。
少女イラはまるでイアがそのまま中に入ったら1つの組み合わせじゃないのだろうか、と思うほどに反応が薄い。というか全くない。
それでもどこか違うのは、これまで過ごしてきた物事がイアにちゃんと影響を与えていて彼女が変化しているということなんだろうな。
『えーっと確か……あったわ。ミィ、ここを持ちながら力を使って』
「うん。よいっしょっと……わ、すごい。動くよ」
俺が驚いてみている間に、わずかな音を立てて大きな扉が少しずつだが奥へと開いていく。
そしてその隙間から漏れてくるのは……思ったよりも冷たい空気。人が通れるほどになったところですべり込むようにして中へ。
イアが慣れた手つきで魔法の灯りを打ち出すのと、扉が再度閉まるのはほとんど同時だった。
視界の中の世界が変わった気がした。これを、生前に魔王が魔族や獣人らが協力して作ったということを考えるとその時の気持ちはどうだったんだろうなと考えてしまう。
自らの王が死んだときのことを考えてその眠る場所を作る気分はよい物だろうか、それとも永遠であってほしいという悲しい気持ちだっただろうか。
答えのない考えを抱きながら、イアの先導に従って中を進む。
「あ、やっぱり前の戦いの跡が残っちゃってる」
「事が終われば掃除をすればいいだろう。それも供養だ」
『あら、供養なんて習慣、魔族にあったかしら? まあいいわ』
時が止まったかのような静かな中の空気。振り返らないまま、イアはそんなことを言ってさらに進む。
嫌な感じはしないが、足元や柱付近等に崩れた木くずや灰のような物が落ちている。
「にーに、それにはもう誰もいないよ」
「そうか……ならいい」
ルリアの瞳にそう見えるというのならそうなんだろう。俺はそれ以上気にせずに前に進むことにした。
そして見えてきた新たな扉。それをくぐると、そこにはお墓があった。
大き目の棺桶と呼ぶにはやはり巨大な物。その蓋を無造作に思える仕草でイアが持ちあげると、そこにはぽっかりと足りないものがあった。
『体はハーラルトがあらかた駄目にしちゃったから……お兄様、あれだけでも』
「ああ……」
影袋に入れると何か他の物にも干渉しそうだったので、敢えて清潔な布で包み込んだ塊、恐らくは初代魔王イシュレイラの物と思われる髑髏を取り出し、イアに渡す。
イアはそれを宝物のように抱きしめ、優しく撫でながらふわりと浮きつつあるはずの物がない場所へと降り立ち、そこに置く。
「? 今、動いたか?」
「……彼女の、礼かもしれん。私からも礼を言おう。助かった。今代の勇者、魔王よ」
俺たちに向き直り、静かな口調でそんなことを言ってくるドーザ。やはり……そういうことか。
俺が見守る中、ドーザに抱えられてイラが棺のフチに立つと、どこからか取り出した壺の蓋を開く。
すると、その中から何やら半透明の物が伸びたかと思うと棺の中、そしてイラの中へと吸い込まれていった。
『そう、あの子は彼女の中でも生きることを選んだのね?』
「ああ。そちらには必要がないだろうと言っていた」
俺にはよくわからないが、イアが良いというのならそれでいいのだろうと思う。妹のこととはいえ、全部知ろうというのは少し、な。
棺の中身が少々寂しいなと感じた俺は、影袋に入っている物からこういう時によさそうな物を適当に見繕い、出していく。
食べ物類はそのまま乾燥してしまうかもしれないが、腐ることはなぜか無いだろうという直感があった。
あるいはそういう魔法が大地の魔力を利用してかかっているような予感があったからかもしれない。
「この後どうするんだ? 勇者」
「元、だ。間違えるな。それに私はもう、人間ではない」
わずかに、燐光のようにドーザを覆う光……それは青。俺たちにわざと見せてくれたのだろう。
魔王を倒した後の勇者の動向はしっかりと記録に残っていない。一時期はもてはやされ、あちこちで顔を出していたようだけど、いつの間にか見たという話が残らなくなったのだ。
「戦いの最中、私は彼女の真意を知った。が……それはもう止まらない戦い、ついには彼女を剣で貫いた後だった。死にゆく中、かすれる声で彼女には色々と託されたよ。随分長い最後の時間だった。あるいはそれを伝えねば死にきれない、そんな気持ちだったのだろうな。さすがに愛を囁かれたのは驚きだったが」
今の姿は魔族なのかなんなのか、そういったことを聞くことはしなかった。目の前にいるのは魔族ドーザ、それでいいのだろうなと思ったのだ。
ミィやルリアもまた、静かに聞いている。イアは……複雑そうだ。それはそうだろうな、魔王という存在が最後の最後は、魔王というよりも女性として生きたということになるのだから。
「だから、私はこのまま西を治める魔族の1人として没しよう。今はお前たちが作るのだ」
「わかった。そういうことにしておこう」
俺の頷きにドーザも頷き返し、その横で感情の無い顔で立っていたイラがふいに顔を上げた。
その動きに、俺だけではなくみんなも驚くのがわかる。ずっと、自分からは動き出さなかった彼女が初めて動いたのだ。
「……がとう」
『ありがとう……か、まったく。素直になれないのも問題なのよ、って言っておいて』
かすれた声、それはイラが代弁したのだろう。かろうじて聞き取れた言葉に冷たくも、優しいイアの声が返る。
こくりと、頷くイラにまた皆が驚くことになった。
「……あ、お兄ちゃん。あの元々の骨さんどうするの?」
「あれか……結局これ、何の骨なんだろうな」
ミィに言われ、取り出すのは不気味なまでに沈黙したままの髑髏杖の髑髏。戦いの最中には何かを感じたような……気のせいか?
こうしてまじまじと見ると、人間でも魔族でもないような……かといってエルフやドワーフでもないように思う。あれだけの力を引き出す骨だ……まさかな。
『同じように棺に安置でいいんじゃないかしら』
「そうだな……そうしようか」
ドーザからも反対意見は無く、よくわからない物であるが眠らせておくべき、そう判断して俺が棺に近づいたときのことだ。
─ それは困るな。ようやく束縛が解けたのだ。
「!? なんだ!?」
どこからか声のような物が響いたと思うと、俺の手の中に力が産まれた。咄嗟に離れると、そのまま落下する髑髏……いや、落ちていかない!?
『この気配……ううん、私の知る神様じゃ……無い!』
─ その通り! 我は竜を越え、神と相対する者。我が名は……ふふ、ここで語るには狭いな。どうれ……
瞬間、俺達は何かよくわからない力に包まれた。そしてその力が解除された時、俺達は山の上にいた。
恐らくは魔王廟のある山の頂上付近。眼下にあの沼のような池が見えるからだ。
視線を前に戻すと、髑髏が静かに浮いていた。
「にーに……大きな、大きな竜。高位竜よりももっと大きいよ」
─ ほう……そうよ。我が名は……天竜! 世界を我が物にする者だ!
嫌な音を立て、髑髏がゆがみ……形を変えたかと思うとそれは……竜のそれとなった。
しかし、俺達が倒したことのある竜のそれとは明らかに物が違う。なるほど、こんな骨を材料にしているからこその髑髏杖か。
─ 満月の夜に会おう。その時がこの世界の支配者が決まる時だ。フハハハハハハ!!!
ふわりと髑髏が浮き上がり、空に消えていく。俺達はそれを半ば呆然と見送るしかなかった。
裏ボス登場はお約束……?
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます