163.兄という物
『許さない、許してなるものですか! 私だけじゃない、散っていったかつての人たちのためにも!』
「ふはははは! 君がそれを言うのか。滑稽だな……イシュレイラの複製でしかない君が彼女を語るか!」
私はどこかで、まだ魔族というだけでハーラルトに希望を抱いていたんだと思う。色々あったけど、身内を滅ぼすような真似はしないだろうって。
けれど、それはとても甘い考えだと目の前の現実が痛いほどに教えてくれた。
こうしていても感じるほどの、怒りと悲しみの感情。心臓が失われ、心が無いはずの彼女の中に残っていた感情だけでもこれなのだ。本来はどれほどの物なのか。どこか壊れているのか、口調が安定しないハーラルトの声がその悲しみを増幅している気さえする。
ハーラルトが右手に持った髑髏杖、汚れた金髪の絡みついた髑髏の1対の瞳に赤黒い光が宿る。と同時に痛みを覚えるような叫び声にも聞こえる感情の波。その持ち主は光っている髑髏そのものだ。
静かに寝ていたはずの……魔王イシュレイラの髑髏。決して生き物が触れていいとは思えない、汚れた魔力が杖から噴き出し、私達を襲った。
力を貸してくれる神様がいないのか、炎でも氷でもない、ただの魔力塊。
けれどそれは十分な威力を誇っており、私たちが避ければ後ろの他の人たちは大変なことになってしまうのは考えるまでもない。だから、私はミィと一緒にそれをはじくことにした。
「うにゃあああ!!!」
『くぅ!!』
世界のすべてを恨むかのような暗い感情の乗った魔力塊はとても一人では防ぐことは難しかった。ミィと一緒に、息を合わせているからこそできた芸当だと思うわ。
だけど、何ともならないわけじゃない。だったら、やらなきゃ!
(それに、今にも飛び出してきそうだしね)
ちらりと視線を向けるのは、飛び出すのを我慢しているお兄様。前のお兄様だったら、とっくに前に出てきて問答無用で相手を切り裂いていたでしょうね。
それをしていないのは、お互いに成長しているということ。ミィと私に花を持たせようと、ね。
「イアちゃん」
『ええ、魔王が2人。互角にようやくなっただけよ』
自分でもわかるほどに不敵な笑みを浮かべて、ミィと2人してハーラルトに躍りかかったわ。
さすがにかつて魔族一の戦士と歌われた男の肉体を使っているからか、ハーラルトは私とミィ2人の攻撃をぎりぎりながらもしっかりと捌いている。けれど、それは足を止めたということよ。
「しまっ!」
『吹き飛びなさい!』
踊るように戦いを続けていた私の撃ち込んだ魔力塊が地面にいくつも穴を開け、何発目かのそれを撃ち込んだ後のことだ。
私はその魔力塊の残滓を魔法陣の要とし、地面に魔法陣を生み出した。神様への祈りの1つ、魔法陣による物を使って、私は中心に立っていたハーラルトを炎に包み込むことに成功した。
「まだだよっ!」
『丈夫にもほどがあるわよ、本当に……』
ミィの警告通り、炎が大体収まった先には全身を焼きながらも、綺麗なままの髑髏杖、そしてもう1本の髑髏杖を持ったままのハーラルトが立っていたわ。
さすがに被害なしとはいかなかったのか、息を荒くしている。
「これほどとは……だが私にはまだ戦う術がある」
自分に不利であろう状況なのに、ハーラルトは笑っていたわ。そして始まる詠唱。範囲は……私たち以外!?
漂う埃が急にハーラルトの方へと向かっていく。それには周囲の人たちの魔力だって乗っているに違いない。
(コイツ、周囲に残ったままの兵士を吸う気なんだわ!)
『ダメっ!』
「遅いな!」
私の叫びもむなしく、見たことの無い波動を走らせてハーラルトの魔法は完成したように見えた。
まだ私が知らず、ハーラルトに力を貸すような神様がいるんだ、そんな絶望感と共に私は広がるハーラルトの魔法を見つめ……それが何かに阻まれるのを見た。
「おおっと、他を巻き込むのは無しだ。だったら俺が相手になる」
『お兄様!』「お兄ちゃん!」
その犯人は他でもない、お兄様だった。勇者の力を使わずとも上位神と語り合うほどのでたらめな魔力。その力を余り隠さずに、周囲を飲み込もうとしていた謎の魔法を力業……魔力障壁で阻むということをやってみせたのだった。
(危なかったな……ルリアに言われて飛び出して正解だった)
よくないものが出てくる、というルリアの助言に従い、俺が飛び出すと同時に広がり始めるよくわからない魔法。
それがルリアのいう良くない物だというのはすぐにわかった。勇者の力に変に反応されても困るなと思って力を使わずに防ぎきることに成功した。
こうして近くで見ると、ハーラルト……彼はかなりでかい。良く鍛えていたんだろうな、生前は。
今はその鎧も相まって悪の騎士以外の何物でもないように見える。
「これ以上はやらせない。妹達を泣かせるような奴は許さんからな」
『べ、別に泣いてないわよっ』
背中に必死なイアの声を聞きながらも、視線は前から外さない。俺は傷つかなくても他の人達はわからないからな、下手なことをさせるわけにはいかないようだ。
俺の射抜くような視線の先で、ハーラルトはイア達を見、そして俺を見て笑い出した。
「いきなり何を言うかと思えば。片方は精神体、片方は獣人。とても魔族のお前とは血がつながっていないはずだ。
なのに妹だと? 家族ごっこも大したものだな。こうして死の前に飛び出させるのだから」
ハーラルトの言うことはある意味では正しいかもしれない話だ。2人、そしてルリアとは当然血はつながっていない。カーラなんて人型じゃないしな。なのに兄妹だと言い出すのはおかしいのかもしれない。
けれど、俺にとってはそんなことは……いや、俺たちにとってはそんなことは、関係ない。
「別にごっこではないさ。イアもミィも、ルリアもカーラも妹で家族だ。俺がそういうんだからそうなんだ。
互いが決めて、互いが認め合ったもの。それは神様が相手だろうと、誰が認めなかろうと俺達が互いを認める」
「そうかい……じゃあ消えるといい。何っ」
無造作に振るわれた髑髏杖から飛び出す力の塊。それは当たれば大岩を粉々にする威力を誇っているように見えた。けれど、それは俺の前で霧散する。簡単なことだ。込められた魔力よりも大きな魔力をぶつけただけだ。
「知っているか? 兄はな、妹達に背中を見せないといけない」
「何を……」
出番はまだかとせかす聖剣をなだめつつ、竜牙剣を手に俺は1歩踏み出し、構えた。
俺が前に出た分、ハーラルトは少し下がった。力を感じるのは得意らしいな。その割には俺が隠しているこれには気が付かなかったようだけれども。
「兄はいつも妹が逃げ込める先でなければいけない。いつも妹が甘えられる力強さがないといけない」
それはいつだったか、ミィを引き取ることに決めて、村に戻った後にどこかの爺ちゃんに言われた言葉だ。
家族になる、妹にするとはこういうことだよと。その教えは今も俺の中に息づいている。
「時には妹を叱り、時には妹と一緒に泣いてやり、笑いあい、そして……見守る」
徐々に、俺の中に膨らむ力にようやく気が付いたのか、ハーラルトの表情がへらへらした物から硬い物へと変わっていく。ここで反省したとしても、俺は手を緩めるつもりはない。なぜなら……。
「兄は妹を守り、見つめ、愛する者だ。だからこそ俺はお前を許さない。妹達を悲しませ、泣かせるお前をな」
「何を馬鹿なことを!」
吐き捨てるように言ってくるハーラルトに俺は敢えて笑みを返し、隠していたそれの枷を……取り除いた。
途端にあふれる力。光は押さえているが、ハーラルトは力の差に気がついたことだろう。
「うぉお!? ば、馬鹿な!」
「行くぞ。妹のために戦う兄の力、身を持って知るがいい」
そうして、竜の時にすら出さなかった本気の力をまとい、ハーラルトに切りかかる。
さあ、静かな時間のために倒れてもらおうか!
兄馬鹿アタック! 妹の敵は死ぬ!!(?
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます