161.主従の今
桜が咲くころには平和なお話が書けるはず!
イシュレイラ……それは俺もイアからいつだったか聞いた名前だ。初代魔王の……本当の名前。
男にも負けないほどの長身で、腰まで届くほどの長い金髪。夕焼けを詰め込んだような赤い瞳、そして闇そのもののような漆黒の翼。
世の中に出てきた時には絶世の美少女魔族であり、最後の時には冷たさを具現化したような女帝の様であったという。
しかし、俺はイアから本当のことを聞いている。魔王は本当は心優しい少女だったと。争うことは好まず、出来ることなら平和に暮らしたかったのだと。
その願いは儚く散り、彼女は人間との争いや水面下での魔族同士のいざこざにより、望まれる魔王となっていった。冷徹で、人間を滅ぼすために魔族を指揮する女帝へと。
今、イアの目の前にいる男……ハーラルトはそんな魔王の部下として名前の挙がる将の1人だ。だが……そんなことがあり得るのだろうか? イアが叫んだように、ずっと生きているということがあるのだろうか?
『その正体、見極めてやるわ!』
「そんな体で、吠えたものよ!」
困惑の中、イアは一度も見たことがないようなほどの殺気を全身にまとい、ハーラルトへと飛びかかった。
噴き出る魔王としての力が赤い乱舞となって周囲に飛び散る。慌てて周囲の兵士たちが離れ、争っていた両軍もいつの間にかその動きを止めて、イアとハーラルトの戦いに目を奪われていた。
(下手に手を出すとイアに隙が出来るな……くそっ)
単純に斬るだけならいけるかもしれないが、イアが近すぎる。それに、今のイアの動きでは俺が斬りかかったところにたまたま入り込んでくるということもあるかもしれない。
心配そうにイアを見守るミィの横で、俺は機会をうかがうのだった。
(ありえないありえないありえない! 何なのコイツは!)
半ば暴走気味になっている自分の思考を自覚しながらも、私は襲い掛かる自分という物を抑えることができなかった。
魔族の寿命は確かに人のそれよりも長い。それにしたって限度があるもの。どうやったって、ハーラルトが生きているはずがない。第一、彼はこんな戦士として戦えただろうか?
『はぁああ!!!』
「くっ!」
本当ならば自分だけでなく、お兄様やミィの力を借りて挑んだ方が確実な戦況。ここであまり時間を使いたくないのも事実だから。
だけど……少なくともコイツだけは誰かの手は借りたくなかった。コイツだけは!
どんな奥の手が相手にあるかはわからないので、手加減はせずに長期戦も視野に入れて練り上げた魔力で拳の先に力を生み出した。
勇者にも魔王にも、分け隔てなく力を貸してくれる神様たち。神様、本当にいるのなら……どうしてコイツみたいなのが存在できるの? 教えてよ!
心の中の叫びはもしかしたら神様に届いたのかもしれない。けれど、今は今。目の前の相手に叩き込んだ至近距離でのイグニファイア5連弾は確かに炎を生み出したはずだった。だけど、その炎は相手の中まで燃やすには足りなかったようね。
『アンタ、そんなに丈夫だったかしら。どちらかというと研究ばかりだった記憶があるんだけど』
「ははっ。懐かしいことを言うねえ。確かに俺は、魔族の中じゃ戦いが得意じゃなかった……昔はね」
イグニファイアの衝撃によりだいぶ後退した場所に立ったまま、ハーラルトは不気味に笑みを浮かべ、何も持っていない手を両方とも空に掲げた。それはまるで何かに祈っているかのような仕草だったわ。
瞬間、視界がかすむような感覚の後、ハーラルトの手の中にはソレがあった。
『っ!!』
「どうだ? ん? かつての相棒が自分ではない誰かの手の中にあるのは」
遠巻きにこちらを伺っている両軍の兵士に動揺が走るのがここからでもわかったわ。無理もないわね。ハーラルトの手に握られたもの……魔族のそれとはどこか違うような気もする髑髏がはめ込まれた、杖。
かつての魔王が愛用していたという髑髏杖だ。まだ魔法を放っていないというのに、ハーラルトから感じる力がさらに増した気がした。
『結局、アンタもそれを借りないと戦えないわけでしょう? どうでもいいわ』
「言うねえ。ま、確かにこれがなければ俺もこの歳まで生きられなかった。辛かったぜえ?
歳を取らないよう、1年のほとんどは体を凍結させて魔法で浮いて過ごしていた。まあ、それも200年ぐらいで限界が来たんだが……。女も触れない、飯も食えねえ。地獄さ」
自分の苦労話のように語るハーラルトに、私は怒りを抑えきれなかった。かつての私は魔王としては部下の将たちを信頼していなかった。男どもは皆、私を……いつか組み伏せる女として、自らの権力の足場となる物としてみていた。
その中でもこのハーラルトは、一番その傾向が強かったわ。いつだったかは、私の力の源がどこから来るのか、処女性が関係しているのではないか、等と言って私を……襲おうとした。
『はんっ! アンタのそれ、とっくの昔に使い物になってないじゃないのよ』
そうだ。その時、私はまさに少女のように悲鳴を上げ、ハーラルトをズタボロにしたのだ。その時、コイツは瀕死の重傷を負ってかろうじて生き延びた程度には戦えなくなったはずだった。
なのに、今目の前にいるハーラルトは健康そのもの、まあ鎧で詳細は見えないけれど……。
「随分と小さくなってるが、性格は変わんねえな、イシュレイラ。それでこそ倒し甲斐がある」
『その名前で呼ぶなと……言ったでしょう!』
なおも苛つく言葉を口にするハーラルトをいい加減黙らせようと私は練り上げた魔力を手足に展開し、一気に踏み込み、その力を解放した。両腕に、竜の骨を使った腕輪が私の感情が乗ったように揺れ、魔力を増幅していく。
ミィの動きも取り入れた、獣人のような至近距離での連撃だ。
「う、うおお!?」
予想外だったのか、ハーラルトの焦りの声がすぐそばで聞こえる。その手にした髑髏杖が光を帯び、力場となってこちらに迫るけれど私はそれをつかみ取るかのように腕輪で増幅した魔力障壁ではじく。
確かに髑髏杖や他の武具たちも非常に強力よ。でもね……それはあくまで魔王が直に使うことを想定してるのよ。
『遅い!』
確かな手ごたえと共に、ハーラルトの胸元に私の右手が沈み、その体を吹き飛ばす。
上手く行けば心臓もろとも吹き飛ばすつもりだったけれどやはり相手は頑丈だった。
(というか、頑丈すぎないかしら? おかしい……)
手ごたえはある。あるが……何かしら、生き物を殴っている気がしない。
これはそう、まるで料理の時に肉を斬っているかのような重さだけはある……まさか。
『ハーラルト、アンタ……完成させたの?』
「はははは! そうか、わかってたわけじゃあなかったのか! ああ、そうさ。その通り!」
恐る恐るという私の問いかけに、ハーラルトは狂ったような笑い声をあげ、その左手で表情の見えない兜を掴み……それを剥ぎ取った。
兜の下から出てきたのは、若い魔族の顔だった。しかし、その顔は……私の知るハーラルトのそれではなかった。
『この顔……ううん、そういうこと……やっぱりアンタ、ろくでもないわね』
「お褒めに預かり……白々しいか。そうさ、俺は完成させた。肉体の複製と、魂の移植をね」
目の前で笑うのは、魔族の男。しかしその顔はハーラルトのそれではなく、かつて私の部下にいた一番の戦士である男の物だった。彼はとっくの昔に死んでいる。では目の前の体はその遺体か? いいえ、違う。
魔王が己の肉体の衰えやいざという時の予備として私やイラを作り出したように、ハーラルトもまた、それを完成させたのだ。肉体本人の許可は取らずに。
「おやあ? 怒ったのか? 部下の事を気にしていなかった冷血の女帝、イシュレイラが」
『そうね。表向きは女帝……ええ、そうね。でもね、私はイシュレイラじゃない……イアよ』
からかうような声に私は沸騰しかけた思考が戻ってくるのを感じた。視界の中に、こちらを心配そうに見つめるミィ、ルリア、カーラ……そして、お兄様を見たから。
私は私、悲しみの中で自分を押し殺し続けた哀れな魔王であるイシュレイラじゃない。
今を生きる、お兄様の妹である……イアだ。けれど、それでもだ。
『そう、私はイシュレイラじゃあない。けれど、私はアンタを許さないわ。眠りたかったあの子を呼び起こし、自分の力としようとするアンタにはね!』
私の叫びに、ハーラルトの顔が不気味にゆがむ。気が付いたのが意外だったのだろうか? だとしたら隠し方がずさんと言わざるを得ないわ。
まだハーラルトが隠しているつもりの、あの子の力……それを暴き出す!
私は全身から赤い光を立ち昇らせながら、ハーラルトへと再び殴り掛かった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます