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160.暁に吠える



「大地から目覚めるはかつての繁栄……鼻をくすぐる緑の吐息よ……グローアップ!」


 戦場にあって、小さいはずのルリアの声がその時は妙にしっかりと響いた。さあ両軍がぶつかるかというところで戦場である荒野に緑色の力が走り、瞬きの間に無数の草木が一気に大地を覆い始めた。

 ひどく殺風景で、寒気すらしそうだった荒野はすぐに緑の絨毯のしかれた場所となった。


 それは相手に打撃を与えるための魔法ではなかった。今、自分たちが争おうとしている場所がどこであるか、互いに自覚させるための物だったのだ。

 どこか懐かしさすら感じさせる緑の光景を前に、攻め込んでくる気が充満していた様子の相手側に動揺の気配を感じた。

 人数でも、恐らくは錬度でも相手の方が上であろう。しかし、こちらには普通ではない存在が幾人もいた。


「傷つくのは魔族もエルフも一緒。何のために、どうして戦うの? 貴方の隣にいるのは、大事な人ではないの?」


 護衛に付き添っているエルフの誰かが声を増幅する魔法でも使っているのか、幼い少女であるルリアから紡がれる言葉は妙に心を打つものだった。それは手にした杖、そして浮いて開いた状態の魔導書から感じる命の鼓動から来るものかもしれなかった。

 放たれる魔法は竜の叫びの様でもあり、憐れみを帯びたようにも感じる純粋な魔力弾に近い物だった。

 相手を死なせたくない、その気持ちに祈られたどこかの神様が答えた結果だ。


「それでも……殺さないと気が済まないというのなら……」


 怒号のような叫びをあげて、ルリアの視線の先で兵士達が争い合う。響く剣戟の音、中には悲鳴のような物も混じる。

 悲しい顔をして、覚悟を決めた魔法を放とうとするルリアの腕にそっと手を添え、俺はそれを降ろさせた。

 別にルリアの手を汚させることも無いと思ったからではない。結構な数の兵士に既にその言葉が伝わり始めたことを感じたからだった。


 今もなお、兵士達は戦っている……が、最初のように全軍でという様子ではすでに無くなっていた。

 明らかに動きの鈍い一団があちこちにいる状況だ。恐らくはミィ達の魔王の力の発現と、ルリアの言葉が届いているんだろう。


(それでも必死に戦う奴らがいる……しかも銅鑼の時のような顔ではないな……)


 残念ながら、それでも退かない兵士というのもそれなりにおり、こちら側の兵士と草木の生える大地の上で戦いを繰り広げている。

 互いに死傷者はゼロとはいかず、確実に被害が出ているのは戦いとなれば仕方がない……仕方が無いのだけれども。


 何のために彼らは戦うのか、それが疑問だった。既に魔王候補としての化けの皮ははがれていると言ってもいい。であるのに相手側に立って戦い続けるのはどうしてなのか。感じないだけで何かの道具で強制的に? あるいは人質でもいるのだろうか?

 そのどちらでもないような感じだったが、理由ははっきりしなかった。ただ、何かにおびえているような感覚だけは捉えることができたのだった。


「そこをどけえ!」


「させるか!」


 泡を吹いたような状態で槍を突き出してくるのは、最初に赤い光を見せていた相手の魔族。年若い様子の彼の顔には今は怒りのような、良くわからない表情が浮かんでいた。

 ただ、あまり力が入っていないのは確かで本気を出すまでも無くその穂先をはじく。


「せっかくの力が活かせていないぞ!」


「うううう、うるさい! ここで失敗したら私は、私は!」


 槍を構えなおし、なおも襲い掛かってくる男。槍自体は良いものだ、このまま誰かを貫かせるわけにはいかない。いい加減に手足でも折るなりして転がしておくべきか、そう考えていた時だ。突如間合いをとった男は懐から何かの瓶を取り出した。

 中身の見えるその瓶は、最初はただの赤黒い液体が入っているように見えたが男が何事かを呟いた後、禍々しい気配を吹き出し始めた。


 悪意や絶望、負の感情を詰め込んで濃縮したようなその瓶の中身を、男が躊躇せずに飲み干すのが見えた。

 その正体を知らない俺ですら、なんて無茶なことをと直感するほどの中身に思えたが、その予想は正しかったようだった。


「なっ……」


「ガ……アアアア!」


 兜から、そして槍や外套から魔王の赤い光が放たれ……それは男の中に入っていく。すると、体が膨らむようにして脈動したかと思うと身につけた装備から何かが伸びて男との境目が無くなっていく。

 不気味な声を上げながら、男はいつの間にか俺の倍ほどの姿となって槍をまるで小枝のように手にして立っていたのだった。


「テキヲ……ウツ!」


 薬草を使った薬には、傷を癒す以外に毒を抜いたり、あるいは気分を高揚させるなんてものがあるのは良く知っている。

 中には毒薬も薄めて他と混ぜれば薬にも化けるなんていうことも。

 しかし、目の前で男が飲んだものはそのどれらとも違うような気がした。


「ここは我らが! 滅せよ!」


 相手の狙いは、わかりやすく戦況に影響を与えているルリアのように見えた。だからこそ、護衛についていたエルフたちの手からは力強い叫びと共に光の矢が無数に伸びる。

 ラエラへの純粋な祈りが届き、明確な力となって魔族だった男へと襲い掛かり、見事に突き刺さる。

 が、男は止まらない。それでも攻撃されたことはわかるのか、エルフたちへと向かおうとした足元へと俺が竜牙剣で斬りつけた。


「妹の邪魔はさせない。良くわからんが、通さんぞ」


「アア……アアアアア!」


 膨らんだ顔は、既に元の顔が思い出せないほどの醜悪な物になっていた。兜も食い込み、今にもはじけてしまいそうなほどだが恐らくは魔王の遺産の1つであろう兜は丈夫で、先に負けるのは兜ではなく中身の方だろうなと思わせた。

 外套は獣の皮であるかのように男に張り付き、小枝のような大きさの槍が前と比べて妙に鋭い速さで突き出される。


(だが……これでは)


 常に男は魔王の力であろう赤い光をまとっている。しかし、その光を維持するのに消耗しているのは誰の目にも明らかだった。

 このまま回避を続けていても相手は終わりそうだが、その間に何かあっても問題であった。


「眠れっ!」


 勇者の力を使うまでも無く、暴走気味だった男の動きは単調でつけいる隙は多かった。一息に間合いを詰め、竜牙剣に魔力を込めて脳天から一気に振り下ろす。

 しっかりと地面まで到達した剣先には……血とは考えたくないどす黒い何かの液体がこびりついていた。


「ア……」


 吐息のような声を最後に、男は肉塊となって大地に沈んだ。兜や外套、そして槍が同じく落下し、回収しようとした先で砂のように崩れ去ってしまう。


「どういうことだ?」


「たぶん、無理に力を引き出したから限界が来た」


 静かなルリアの説明に、俺は頷いて戦場を見渡す。この場所の戦いが全てではなく、あちこちではまだ両者の争いが続いているのだ。

 イアやミィ、それにカーラも頑張って戦っているに違いない。それでも力を示した2人に対して、相手は本気で挑めないように思えた。どこか、遠慮しているような気がするのだ。無理もないが……。


 その後も戦いを続けるが大きな混乱は起きず、そのまま終わりそうな気配が漂い始める。投降するために武器を捨てる者、逃げていく者、まだ戦う者。

 度の線上でも同じだなと思いながら、俺とルリアがイア達の戦う場所へと合流した時。


 唐突に、その影は上空……いや、すぐそばに出てきた。


 俺も、他の皆もぎりぎりまで感じられなかったその気配。俺ですらいつの間にここまで、と驚くほどの近さだ。

 他の皆ではもっとぎりぎりだったに違いない。


 ふと顔を上げた時に、その男は既にその手に魔力による刃を生み出してイアに対して振り下ろそうとしていたのだから。

 落下しながらの相手とイアの間に無理やり気味に体をすべり込ませ、やや無理な姿勢で竜牙剣を振り抜いた。

 嫌な音を立てて相手の刃が受け止められる。幸い、竜牙剣に痛みは無いようだが剣にまとわせた魔力がそこそこ削り取られていた。


『アナタ……まさか!』


「ふははははは! わかるか、今なお私が誰かわかるか!」


 驚愕のイアの声に答るような叫びと共に男は間合いを取って堂々と地面に立った。

 顔まで隠れる兜で表情といったものはわからず、全身は赤黒い鎧で覆われていた。文様が複雑に絡み合っているが、気のせいか……その文様が苦悶の表情を浮かべる顔に見えた気がした。


『迷い人……いえ、この感じは……ずっと生きていたというの!? 最初の将が一人、ハーラルト!』


 イアの叫びに男は答えず、おどけるように肩をすくめるだけだった。ハーラルト……俺も名前だけは聞いたことがある。かつての勇者と魔王の戦い、その最中に魔王側にいた魔族の将の1人、魔力の運用に長け、様々な道具も生み出したというどちらかというと頭を使う奴、という魔族だったはずだ。

 ただ、目の前の男がそうだとすると妙に体がごつい気がする。


「今日のような日に備えて力を蓄えた甲斐があるというものよ……久しいな、イシュレイラ」


『その名で、私を呼ぶな!』


 俺の知らない名前を男、ハーラルトが口にするとイアは激昂し、飛び出してしまう。

 両者の間で……赤い光が2人分、弾けるのだった。



ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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