159.魔王の後継
北の領土内を進み始めてからの俺達に死傷者はほとんど出なかった。というのも、なぜか初戦の街以外で兵士に当たることがほとんどなかったのだ。
出会うのは普通の村人、町の魔族による自主的な民兵とでも言う物。
こちらからは虐殺の意図はない事、そもそもの原因は隠し事をしたままの北側の魔王候補であると説得を続け、誤解を解きながらの進軍である。正直、時間がひどくかかっている……と思う。
「もどかしいが、仕方ないか……」
『北の魔王候補がやっぱりひどい奴でしたってなるとこの場所も誰かが統治しないといけないもの。
無理は出来ないわ……厄介だけれど、それも狙いなのかもね』
イアの言葉に思わず考え込む。確かに俺達にとってはこの手段しか取れず、時間だけは過ぎていく。
相手にとって時間が欲しいのであれば最良の手と言えるのではないだろうか。だが……。
「にーに、相手は焦ってる? 時間を稼がないといけないほどぎりぎり?」
「あ、そっかー。必要が無ければすぐにどーんってすればいいんだよね!」
妹2人の意見に俺とイアも頷く。そうなのだ……時間を稼がれているということは、稼がないといけない理由が相手にあるということになる。例えばそう……色々な準備のために、だ。
その多くは俺たちにとってよろしくないもののための時間だろうとは思うが今は考えてもしょうがない。
確実、1歩1歩前へと進み……いくつもの街を通った。
「ラディ、どう思う」
「難しいことは俺にはわからんよ。ただ、あまり良くはなさそうだな」
とある街での長い戦いのような説得を終えたヴァズが俺のところで半ば愚痴るようにしてそんなことを聞いてきた。
普段冷静で、色々と頼りになる彼がこんなことを言ってくるのだ……相当疲弊しているに違いない。
気持ちはわからなくもない。戦いの被害そのものは少ないのだが、相手に兵士は皆無だったからだ。
時には老人を含んだ魔族による自警団が、あるいは侵略者に鉄槌を等と叫ぶ街の有志であろう若者による奇襲等、種類は様々だが……どれもこれも、こちらが悪役であった。
実際、領土に入ってきてるのは確かなので嘘という訳ではないのだけれど……確実にこちらの士気には影響が出ていた。
そのまま進むには少し問題があるかもしれない、ヴァズが相談のようにやってきたのはそんな時だったのだ。
「畑も十分。餓えている様子もない……立派な統治に思える。そんな彼らが……」
「どうして魔王の墓を暴くようなことをしたのかって? その辺は人間も魔族もあまり変わらないんだろう。表の顔と裏の顔があるなんてのはよくあることだ。彼らにとってはこの表の立派な統治は、いざという時まで不信感を持たせないためのものかもしれないな」
ベルネット司祭や、師匠のように裏のほとんどない人というのが珍しいと俺は思う。誰でも多少は下心とでも言えそうな考えがあるのと同時に、表の顔があるのだ。そして、大体の場合には実際にやりたいことが大きな物ほど、表向きの顔はまさかと思うほどの違いがある物だ。
獣人は排斥し、少しばかり身の回りには噂があるかもしれないが、外敵を排除し、内部での開発に力がそそがれているとなれば一般の人々からは支持は得られるんだろうな。
「なるほどな……それにしても、見事に兵士がいない」
「ああ。ここまでに何回も出会うことは覚悟していたんだが……」
疑惑と、様々な感情を胸に俺達は進む。北の魔王候補に、本心を確認するために。
まだ続くかと思われた民間人との時間は唐突に終わりを告げる。
「どうする、お兄ちゃん。みーんなふっとばしちゃうの?」
「さすがにそれはな……駄目じゃないか?」
みんなの命を危険にさらさないという考えで行くとそれはありなんだけどな……うん。
今、俺たちがいるのは目的地である北でも一番大きな街……の手前の荒野。隠れる場所はどこにもなく、集団がぶつかるとしたら小細工なしの真っ向勝負、そんな場所だ。
街が見えてきたころ、彼らも見えてきた。どこにこれまでいたのかと言いたくなる、北側の兵士達だ。
旗もいくつか掲げられており、まとまった戦力であることがすぐにわかる。
『昔の習いであれば、使者を立てて口上を言い合った後に、だけど……どうなのかしらね』
「にーに、みんな。向こうから誰か来たよ」
戦いの気配にか、俺の頭の上で興奮し始めているカーラを撫でていると、ルリアが向こう側の動きを見つける。
確かに、10名の魔族であろう男達が歩いてくる。先頭は比較的豪華な装備に見えるから彼が口上を言うのであろうか?
両者の中間付近で、向上を言い合うべくこちらからも人が歩き出す。その中には俺達もいた。
こちらの代表はあくまでヴィレルやヴァズである。俺達は補助だ。だからこそ、そばにはいても交渉ごとに直接は参加しない……その予定だった。相手側の使者は、こちら側を見回した後、堂々とした顔で宣言したのだ。
我らこそが魔王の後継者である、これ以上の抵抗は反逆になるぞ、と。
大きな声で叫ぶように言われたその言葉は、離れていてもこちら側の陣営に聞こえたに違いない。
にわかに感情を高ぶらせるこちら側に対し、相手側は余裕の笑みを浮かべるだけだった。
「何をもって魔王様の後継者だと? まさか遺言でもあるわけじゃあるまい?」
怒りを押し殺し、淡々とした口調で問いかけるヴィレルに対し、相手の中で一番体格の良い魔族が己の体を見せつけるようにして前に出てきた。
その手には持ち手に文様の書かれた槍、顔のわからない兜、まるで血を塗りたくったような赤い外套を背負っていた。一見すると不気味さしか感じない兵士姿だ。
「力を。魔王様の力を引き継いだのは私だからだ」
(なんだと?)
内心の叫びを他所に、目の前でその男からは赤い力が漏れ始めた。遠くからでもわかる特徴的な光。
崇拝とも畏怖とも言えそうな感情を魔族、獣人共に抱いているらしい魔王の力……その光だ。
相手側からは歓声が、対してこちら側の陣営からは若干の動揺の気配が感じられた。そう、若干だ。
なぜなら……この程度か?という気持ちだからだろう。
『ミィ』
「うん」
小さな一言。それでミィはイアの言いたいことを察し、一緒に前に出る。
少女2人、しかも片方は獣人だ。相手の顔が面白いほどに変わる。こちらの意図がわからないのだろう。だったら……情報不足と言わざるを得ないな。
「魔王さんの力はね、力でしかないとミィは思うんだ。あるから偉いってものじゃないと思う」
『それでも魔王の力があるのが重要だというのなら……その目、しっかり開いて見なさいよ!』
叫びと共に、ミィとイア、2人の体から赤があふれる。ここまでしなくても、と思うほどの光り方だ。
恐らく2人とも、わざとに違いない。遠くからでもわかるように、だ。
見た目ほど力そのものは本気を出しているという訳ではない。それでもわかりやすい光の量の差が目の前に繰り広げられる。2人は今、幻想的な感じさえ受ける光の柱の中にいた。
いつかの勇者な少女と俺の比較のように、相手側の魔王候補……だと思う男の放つ光は比べるまでも無く、貧弱に感じる強さの差であった。
「まさか……そんな!」
『残念だったわね。まあ、素質ってやつ? それに……』
「ミィにはわかるよ。貴方が魔王さんの跡継ぎだっていうなら、その武器も、その兜もなしで力を見せてよ。その赤い光……出してるのは……どれ? 貴方? それとも……」
あからさまに動揺する男へ、イアが、ミィが畳みかける。こうなると俺にもわかる。男の魔王の力が男自身からではなく、その装備からの物だと。
恐らくは俺がミィ達に着せようとした防具のように、特殊な力を持つ武具たちなのだろう。そう、魔王の遺した遺物のような。
ざわめきが、徐々に広がっていく。当然だろう。切り札、あるいは大義名分であろうと思われていた男よりもこちら側のほうがあっさりと強さを示したのだから。
男のいうように、魔王の力が重要だというのならどちらが本物と呼べるか、誰でもわかる。
そこに、ミィとイアの間にヴィレルがゆっくりと歩き、北側の魔族達を真剣なまなざしで見つめた。
2人もヴィレルを引き立てるように左右に立ち、あくまで魔王の力は持っていても頭に立つ予定は無いのだと内外に示すことになる。
「私はこれからの魔族に必要なのは力だけではない、種族同士の未来を見据えた続く希望だと思っている。互いに手をつなぎ、共に困難を乗り越える……な。魔王様の力が魔族ではなく、獣人の子に継がれているというのはそういうことではないのか?」
初代魔王は思惑はどうあれ、他の種族も魔族と同じ立場で暮らすことを良しとしたという。
その精神こそが、魔王を継ぐ者に相応しいのではないか、そういう意見であった。
俺達はその意見に賛同したからこそここにいる……だが、相手はそうではないようだ。
「えええい、魔王様を騙るものたちめ! どうせその光も仕掛けがあるに違いない!」
何事かを叫んだかと思うと、そのままみんなして自分の場所へと戻って行ってしまう。
恐らく戻り切ったら戦いが始まってしまうのだろうが……どうもおかしいな。
あんな小物くさい男が、魔王候補で、これまでのあれこれを指示して来た……?
まだ何か隠されている。その疑問を胸に抱いたまま、周囲が戦場の空気に染まっていくのを感じていた。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます