157.やったことは無くならない
北の土地を領土としている魔族たちとの戦争……のはずの初戦は思ったものとは違う結果を生み出した。
魔王の遺した物であろう銅鑼により、洗脳でもされたかのように戦い続けていた魔族達も、その銅鑼を鳴らす者がいなくなることでほとんどが正気を取り戻しているようだった。
『お兄様、結局8割ぐらいはそのまま捕虜になったみたいよ』
「随分……多いな」
言いながらも、そんなものかとも思った。魔族至上主義の考えの中に生きているからと言って、誰もが全く同じ方向を向いて生きていけるとは思えない。
大なり小なり、何かしらの考えの違いはあるはずだった。そう、例えば戦争になったとしてどこまで命を賭けられるか、と言った部分に。
ルリアを迎えに行っているミィとカーラを気にしながら、捕虜になったらしい魔族達の様子を建物の外からうかがうと、見えた範囲では皆、瞳に理性というかそういったものが戻っているように見えた。
少なくとも、目の前で味方が倒れても動揺1つせずに進軍するような瞳には見えない。
それを可能にする魔王の遺した銅鑼……やはり、封印されているべき物だった。
『まとめが終わったら後続に任せて進もうかという話が出ているようだけど……』
「まあ、そうだよな。ずっとここにいるわけにもいかないし、かといって連れ歩くわけにも、処刑ってわけにもいかないだろう」
互いに殺し合うことになってしまったと言ってもそこは同じ魔族。どちらかを根絶やしにとは少なくとも俺たちや、ヴィレル達は持っていない考えだ。……今回の相手の親玉はどうかは知らないが。
北を治めている魔族にとって、彼らはそんなに重要ではないというのだろうか? 少なくとも戦士ではない魔族はいないようだが……。
「にーに」
「お帰り、ルリア。活躍したらしいじゃないか」
小さな声に振り返り、声の通りの彼女がいるのを見てしっかりと褒める。なんでもどちらにも被害が出にくいようにと街中の木々や草花に祈り、一時拘束して無力化したのだとか。
さすがにそんな相手に無慈悲に攻撃を仕掛けることも出来ずに武器を奪い、捕縛するにとどまったらしいな。
相手の魔法の発動はお供についてきているエルフたちが防いだというのだからそれもなかなかすごいことだ。
「えっと、みんなのおかげだよ。ね?」
「我々はルリア様の意を汲み戦うのみですね。出来れば殺したくはない、その気持ちに納得して動いたのです」
戦争という状況では甘すぎる考えと言えるかもしれないが、それが出来る実力差があるというのならいいんじゃないだろうか、そう思った。それに、近いうちに魔法の知識を教え合うのもいいかもしれないな。互いにいい勉強になりそうだ。今はそれどころではないけれど……。
『それにしても、見事に戦士以外の人員がいなかったわね。事前に退避させてたのかしら?』
「うーん、どうなんだろうな。気配は全くないんだよな……」
そう、戦いが終わってみると奇妙なことがわかる。誰一人、戦いに挑む戦士たち以外に人がこの街にはいなかったのだ。
被害を出さないため、とも考えられるがそれにしたって徹底しすぎているし、俺達がここに来たのは偶然に決めた時期だ。いつ来るかわからない相手に対して、そこまでして待つだろうか?
「ねえ、お兄ちゃん。みんな……どこを歩いているのかな……近くに街はあるのかな?」
「っ! まさか……!?」
ミィの疑問に、俺は1つの仮定を導く。銅鑼が……1つだと決まってるわけじゃないと。無理に思える一斉の退避もあの銅鑼の力なら簡単だ。
俺の脳裏に、今も銅鑼の音を鳴らしながらどこかへと連れ出していく謎の影、なんていう光景が浮かぶ。
『本物は1つしかないはず……あるとしたらそれを真似した奴……かしら。いずれにしても複数似たようなのがあると考えた方が良いかもしれないわね』
『ガウ!』
イアの推測に頷き返そうとした時、カーラの警戒を含んだ声が響いた。慌ててそちらを向けば、空を見上げたままのカーラ。
俺達も空を見上げると……上空に小さな人影。そいつを中心に膨らむ膨大な魔力。
(おいおい、味方ごとか!?)
「障壁、とにかく広くだ!」
「わかったよ!」「うん」『なんだってのよ!』
街にいる他の人達も気が付いたのだろう、逃げ惑う人や俺たちと同じように障壁を張ろうとする人もいる。
感じた力から、上位神ではなく中位の気配を感じ取った俺はミィ達と一緒に建物から飛び上がり、空中で魔力障壁を中心に力を展開した。そこに襲い掛かる赤い炎。
威力はそこそこ、だけども範囲が広かった。最初から広く、としていなかったら間に合わなかったかもしれない。
炎が収まった時、あの謎の人影や気配は一切感じ取れなかった。失敗したと見るやすぐに去って行く判断が出来るということか……。
短い時間だけども、炎が空を舐めるという光景は誰にも衝撃だったに違いない。気が付けば上空の人影はもうおらず、俺達は警戒しながらも地上に降りる。
あちこちに固まって空と俺たちを見る魔族達。既に味方だったのか敵だったのかは区別がつかないな……。
その中にヴァズを見つけ、思わず駆け寄ってしまう。
「危うく壊滅的な被害を受けるところだった……ありがとう」
「味方もろともとは、どういうつもりなんだろうな」
答えながらも、俺は最初からそのつもりだったのかもしれないなと考えていた。ここで迎撃し、なんとかなればよし、ならなくてもまとめて仕留めることで内部へは俺たちに殺されたんだと言えばいい。目撃者がいなければそれが可能なのだから。
「まさかあの方が我々ごと……なんということだ」
「言い方は悪いが、捨て駒だったのかもしれないな」
名前も知らないが、話からするとこの街でこちらに戦いを挑んできた魔族の中の1人の様だった。
壮年1歩手前といった様子の男性で、元々青めの魔族の顔が青白くなっている。裏切られた、と感じているのかもしれないな。
「同情する人は少ないだろう。この土地で生きるのには必要な事だったかもしれないが、獣人を迫害したのは事実だ。
今後はこれから次第だとは思うが……すぐにはな」
「命があるだけでもありがたい。代わりに……と言いたいところだが我々もあまり多くは知らないのだ」
こちらが求めるのが北の魔族の情報だということはやはりわかるらしく、自分の知っていることは伝えたいという申し出であった。ヴァズにも頷き、ひとまずは話を聞く姿勢を取る。
刃を向け合った相手同士ではあるけれども、元は同じ魔族なのだから話をするのに問題は無い。
彼自身が言ったように、知っていることとしてはあまり多いとは言えなかった。ただ、重要なことがいくつもわかった。
まずはやはりと言えばやはりだけれども、銅鑼以外にも不思議な武具を持つ魔族は幾人かいるらしい。
大体は幹部という扱いのようだ。あれこれと指示を出すこともあったらしい。
そんな中に、別格のが1人いる。それは髑髏杖を構える、北の魔王候補である魔族だ。フードを被っているので顔は知らない、とのこと。
1人で強大な魔法を扱い、時に竜さえ地に伏したということだった。
「この土地にも竜が出たのか?」
「ああ。風と……たぶんあれは火竜だ。どちらもその彼がなんとかしたみたいだ」
竜を……高位竜ではないと言っても1人でなんとかしたということは相当な実力者だ。あるいは髑髏杖たちがすごいのかもしれないが。いずれにしても、油断はできない。
その後も聞いた話によると、魔物が闊歩する場所や、ワイバーンのような相手がうろついている土地を解放し、住める場所にしたのも彼らということだった。
それだけを聞くと、危険な場所をなんとかするいい人なのだが……野望があったわけだ。
最初は区別程度だった。しかし、徐々に強まる獣人への迫害の決まり。ついにはかくまっているだけでも処罰となっていく。
それでも魔族の住む場所をもっと増やすのだ、として戦いを続ける彼らに物は言えなかった。
ずるずると……今に至るわけだ。
敵側だった魔族が捕虜の過ごす建物に戻るのを見送りながら、俺達の間には沈黙が残った。
これから倒すべき相手、それが少しずつ見えてきたのだ。髑髏杖の力からすると、何とかできるのは俺たちだけだろう。
「ミィ、ずーっと気になってることがあるんだけど……その、魔王さんの使ってたって言う髑髏杖?って。
なんの髑髏なのかな。竜? それとももっと別の物?」
『言われてみれば……私の記憶にも無いのよね……』
俺達も竜を素材として強力な武具を手に入れているのでそれ自体には何も言えない……が、確かに正体は気になる。
竜なのか……あるいは……人、なのか。初代魔王の時点でその手にあったということは既に作られた物を手に入れたか、魔王が作り出したことになる。
魔王の武器となるからには相当強力なはず。そんな力を生み出す髑髏とは……。
謎は深まるばかりではあったが、次なる目的地へと向けて進軍するためにやることは多い。
俺達はその目の前の問題を片づけに向かうのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます