156.戦いの音
勇者と魔王の力は簡単に言って人外の力だ。大地を割り、空を切り裂き、海を沸き立たせる、大げさに言えばこんな感じだな。
実際、今のミィが魔王の力を発動させた状態だと魔鉄の武器でさえ飴細工のように簡単に曲げられるだろうし、目だとかを除けば刺さりもしないかもしれない。
過去の勇者と魔王の争いでも、勇者に対して他の魔族達は歯が立たなかったというからそれは間違いないだろう。
だからこそ、今の段階で力を発動し相手を蹂躙する結果になるのは躊躇する面もある。
血を流すのが戦争であり、痛みの無い勝利は後から驕りを産む……と思う。ただ、だからといって味方が傷つくのをただ見ているというのもおかしいことだなとも思うのだ。
「死にたくなければ下がれぇえ!」
集団でやってくる北側の魔族の一団に対して、大げさに叫びつつ竜牙剣を振り下ろした。
その一撃は魔力を帯びた斬撃となって地面にヒビ割れを産み、砂埃を舞い上げる。
少しでも戦える戦士であれば、この一撃に秘められた強さという物を多少なりとも感じるはずだった。
事実、いくらかはひるむように動きが乱れるのが目に入る。ところが、どこからか何かの音が聞こえたかと思うと全員が怒りとも違う顔つきになってそれぞれの武器を構えなおした。
まるで、死にゆくことを恐れていない、死兵であるかのようだった。俺は近い状況をかつて見たことがある。まだ勇者であることに疑問を持たずに魔族の集落を攻め込んでいた頃のことだ。
突然の襲撃に対し、逃げ惑う魔族達。俺はそんな中に切り込んでいった……そして出会ったのだ。
恐らくは家族を逃がすための時間を稼ぎたかったのだろう。今思えば粗末な斧を手に、こちらに立ち向かっていた父親であろう魔族。彼の顔は……目の前の戦士たちのような顔をしていた。
(だからといって何が北にあるというんだ!?)
魔族至上主義という考えはそこまで浸透し、彼らの心をつかんでいるのだろうか。そんな考えの間に斬りかかってくる相手の腹にこぶしを叩き込み、吹き飛ばして戦闘能力を奪う。即死はしないだろうけど、しばらくは起き上がれないぐらいに怪我は負ったはずだ。
正面からのぶつかり合いが始まってしまったため、こちらにも少なからず怪我人も出ている。中には死者もいるに違いない。
地面に倒れている相手が敵なのか味方なのか、それもだんだんとわからなくなっていく。……と普通ならなるのだろうが、今回はどうも違った。頭の上に乗ったままのカーラも困惑の気配をまとっている。
「お兄ちゃん! 何か変だよ!」
『銅鑼よ、あれが鳴ってるんだわ!』
種族がバラバラで、動き自体も統一されているとは言い難いこちらに比べ、相手側は装備も出来るだけ統一しているのかまるで1つの川の流れのように動いている。
攻撃も号令があるわけでもないのに計ったようにほぼ同じようにしてくる。その上、一部が大きな打撃を受けても動揺という物が全くないのだ。
徐々に町の中に押し込みながらも、その不気味さに俺が違和感を感じていた時、ミィたちがそばに駆け寄ってくる。
そしてイアの告げた銅鑼という言葉。それが事前に聞いていた魔王と共に眠っていたはずの道具たちのことを指すと気が付いた。
鼓舞の銅鑼、名前の通りにその銅鑼の音を聞いた相手に無類の勇気を与えるという物だ。戦いにおびえる兵士のためになんとかできないかと要請を受けた魔王が仕方なく作ったものの、封印された1つ。イアは予想だけどと前置きして封印理由も言っていた。その理由とは、効果がまるで洗脳のように強力だったから、とのことだった。
「疑問を持たない兵士、道理で手ごわいわけだ」
人数からするとこちら側の方がだいぶ上回っているためか、被害そのものは抑えられているが押しきれないのはどうやら相手が消耗も何も気にせず反撃してくるからということがありそうだった。
実際、さっき腹を殴って転がした相手が同じ表情を張り付けて立ち上がっているのが見えた。
「……どうしよう」
『動けないようにするしかないでしょうよ……手足を奪うか、魔法で固めるか。どっちにしても厄介ね』
事前に予想していた相手の有力な戦士、というものは出てこなかったと思えばこんな状況だ。
近くには見えないがヴァズたちも苦戦しているのではないだろうか。みんなの手助けをしたいと言ってヴァズの方に向かったルリアは無事だろうか? かといってここで本気で剣を振るえば血みどろの惨劇だからな……どうしたものか。
(いや、ここで妥協してこちらの被害が大きくなっても元の子もないか……)
何を迷っているというのか。既に俺の手は……自覚の無い時から多くの血で汚れている。
今さら、かつての行動をなかったことになどできやしない。だったら、少しでも後悔しない未来を作るためにその剣を振るうべきではないだろうか……そう思った。
「イア、ミィ。カーラも。俺は今から銅鑼の持ち主に突撃する。みんなはルリアのほうを助けて来てくれないか?」
「わかったよ。気を付けてね」
『今さらよね……私たちは聖人じゃない……』
頭の上のカーラがミィの方へ跳ぶのを見、俺は2人に手を振って走り出した。イアには大体お見通しみたいだな。
敵側の奥の奥、一番安全な場所にのうのうと潜んでいる奴が銅鑼の持ち主だ。
確かに銅鑼の効果は強力だ。だけど、その分その音に魔力が乗っているのだ。だから……すぐにわかる。
一息に建物を飛び越え、屋根を走って目的地へと向かう。途中、こちらに気が付いたらしい敵側から無数の矢や魔法が飛んでくるけどもそのすべてが俺がさっきまでいた場所に突き刺さる。
それだけ俺が早く走っているということだ。
「見えた!」
多くの兵士に囲まれている建物が見えた。あからさまだが、恐らくは当たりだ。目の前に着地し、動揺せずに襲い掛かってくる魔族達をせめて苦しまないようにと一撃一撃で命を刈り取る。
視線の先では普通に武器を持っていた方が強そうに思える屈強な魔族の男が、大きな銅鑼の横に立って何度も銅鑼を叩いていた。
1回叩く度に男から魔力が抜け、銅鑼がそれを増幅するかのように音にしていくのが俺には見えた。
明らかに男は無理をしている……たぶん、魔王の感覚で作った道具だから消耗も魔王級なんじゃないだろうか?
(封印された理由はこの辺もあるのかもな……よしっ)
銅鑼に集中するあまり、こちらに気が付くのが遅れた男へ駆け寄り、胸倉をつかんだままでそのまま壁に押し付ける。
「ここまでだな。魔王の誇りを汚すような奴に何故付き従う?」
「我々にとってはあの方が今の魔王様だ。それだけだっ!」
突き付けた剣が首に食い込むのも気にせず、こちらに攻撃を仕掛けようとした男に俺は咄嗟に力を放った。
至近距離でのイグニファイア。一瞬にして男の全身が炎に包まれ、そのまま炭となる。男の本気具合に、俺も手加減は無しだった。
叩く者がいなくなって鳴りやむ銅鑼。その影響はすぐに出てきた。武器を捨てる者、逃げる者、戸惑い立ち尽くす者。そして、徹底抗戦をする者、と様々だが……彼らは彼らの意思で動き出したのだ。
「……まさか、捨て駒か?」
増援も無く、銅鑼頼みだったという結果に俺は1人、建物の上でつぶやいていた。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます