153.つかの間の凪
─魔王廟が、荒らされた。
その知らせは、私が思ってる以上にヴァズやヴィレル達に衝撃を与え、大陸中……少なくとも、彼女らの支配下にある地域内には確実に広まっていった。
結局のところ、大多数の魔族、獣人にとって魔王とは畏怖であり、憧憬の存在であったらしいわ。
知らせを聞いた人のほとんどが、怒るか悲しむか、いずれにしても犯人への糾弾の言葉はすぐに上がる。
それに対して十分な答えは私たちは用意できなかった。当然だ、あくまでも推測であり証拠そのものは何もないもの。
ただ……持ち出された物は隠しておくにはひどく厄介な物ばかりだ。どこかで足が付く、そういう扱いのシロモノたち。
となれば、決め手となるのは北から逃げてきた獣人や、亡命してきた一部の魔族達だったわ。
そういえば……とか、あれはそうだったのだろうか、と言った話が少なからず出てくる。
曰く、町を襲う竜をどこぞの魔族が無数の雷で撃ち落とした。あるいは立派な兜をかぶった魔族が人々を勇気づけた。はたまた、鳴らされる銅鑼を聞いた兵士達が無謀にも思える討伐に出ていった、等々。
どれもが断片的な話をつなぎ合わせた物だ。しかし、人々の気持ちを1つの方向に向けるには十分な物だったの。
つまりは……北の罪人を討つべし、そういう話ね。
『かといってなし崩し的に攻め込むわけにもねえ……』
「ああ。もちろんだとも。あちら側の戦力が読めない。その上、誰もが上層部のやったことを知っていたわけではないだろうからな」
屋敷の一角で私たちはいつかのように顔を突き合わせ、今後のことを話し合っていたわ。ふと言葉が途切れれば、聞こえてくるのはどこかの誰かたちが訓練を続けている声。
最近では街中でも走り込みをしたり、いつワイバーンのような存在が襲ってきてもいいようにと退避訓練も自主的にみんな行っている。
良い事なのか悪い事なのか……私には判断しにくいわね。
「お兄ちゃん今どの辺かなあ……もう戻ってきてもいいのに」
「テイシア経由で連絡を取ってもらうべく伝令は出している。それが届けばすぐだろう」
ヴァズに頷き返しながらも落ち着かない私がいた。ミィの方はもっとだろう。最近お兄ちゃん成分が足りないよーって叫んでるもの。
下手にここをカーラと共に離れている間に何かあってもいけない、ということで私とミィ、カーラはパンサーケイブで待機中だ。
本当は私たちが飛んでいけば早いのだけど、帰ってきたら戦争が終わってました、ではね……。
『だけどわかんないのよね。北が本当に犯人だとしたらよ? どうして全部使って攻めてこないわけ?』
自分で言いながら、それに正しい答えを言える存在はいないだろうなとも思っていたわ。だって、人の事なんかわからないのが世の常だもの。
ましてや、周囲から大罪人扱いされる危険性を犯してまで手に入れた武具と……恐らくはあの子。
どう使うにせよ、それはこの大陸の運命の1つや2つ、変えられるぐらいの力だ。
「一番わかりやすいのは、それらを使ってでも拮抗ぐらいが精一杯の何者かが北に陣取っている。
高位竜の2、3でも暴れていればそうなるだろうが……その割には被害は聞かない。ふむ……」
「その前に1つだけ確認しておきたい。イア嬢」
『嬢はちょっと恥ずかしいわね……まあいいけど、何?』
私は答えつつも、半ば……いえ、確信さえ持っていた。これからヴィレルが口にするであろう問いかけに。
ヴィレルをもってしても、口ごもるほどの質問、その中身はひどく繊細な判断を必要とする物よ。……本当ならね。
「どのぐらいで表に出てくると予想する?」
具体的な言葉は入っていない問いかけ。でもこの場合は1つのことしか示さない。
私は思考に集中し、結果として実体化が解除されてふわふわと浮き出す。いつぐらいか……わかったら苦労はしないけど予想できそうなのは私ぐらいなのだから仕方がない。
かつての私が、迷い人として蘇り、良いようにに使われるようになってしまうまでどれぐらいの猶予があるのか、なんてことは。
考えたくもない事だわ。けれど、事実としてあるはずの場所に彼女の遺体は無く、周囲の埋葬品も一緒に持ち去られていた。犯人の狙いは1つ。彼女自身の体も使い、何かしらの目的を達成しようとしているのだ。
武具だけでなく、彼女……最初の魔王自身の力を使おうなんていう目的がまともなはずはない。
嫌なことだけど、仮に自分がそうしないといけないと仮定すると……。
『一月……ううん、状況次第では二月かしら。それでも魔法の制御に必要な感情なんかを全部取っ払ってってなるはずよ。そうでなくちゃあの子が許すはずが無いもの』
そうだ、彼女は眠りたがっていた。怯えることなく、未来を気にすることが無いことを願って。
なのに起こされる、それを彼女は許すはずがない。そうなれば実行者はそれを排除するはず。
そのためにはもともと彼女が入り込む予定だった魔王の予備体のような物にしなくてはいけないわ。だとしても……よ。この計画には無理がある。
「ミィにはよくわかんないけど、そんなので魔王さんが蘇っても、お肌がボロボロじゃないのかな?」
『そう、そこよ。間違いなく、短期にしか動けないわ。だから……動くときには一気に動く。逆に言えばそれをしのげれば自然と限界が来るはずよ』
ダランも、迷い人として魔王の予備体であろう物に詰め込まれて蘇ったからこそ、本来の実力は発揮できずにまた眠りについたのだ。いくら魔王本人とはいえ、肉体は万能ではない……はず。
でもどうしてだろうか、私は否定を口にしながらもどうにも不安はぬぐえないでいた。
その後も話し合いはしばらく続いたけど、戦力をまとめ上げつつ機会をうかがうしかないという結論になった。仮に攻め込むにしても勢い以外が不足しているのよね。
魔王廟が荒らされたことが伝わり切り、有志たちが集まってきてから、そんな話ってことよね。
一時の、凪のような時間がじりじりと過ぎていったわ。その間、私たちは活発に暴れ始めた魔物達の退治なんかを中心に行い、状況を整えていた。
「イアちゃん……」
『ええ、いざという時には……仕方ない、私たちだけで行きましょう』
戦力的にも不安は残るけど、恐らく何とかできるのは自分達だけ。そんな思いだったわ。
私と同じように心配を顔に張り付けていたミィが急に驚いた顔になる。彼女を今、そんな顔にさせることが出来ることといったら……あっ!
私も遅れて感じ取った気配に、慌てて背後を、そして上空を振り向く。
遥か東から飛来する気配。まだ気配だけだというのに、ひどく安心してしまう安い自分がいたわ。
もう何年も離れていたかのような懐かしさを感じる。
豆粒の様だったそれはどんどんと大きくなり、こちらに近づいてくる。ここまで来ると一緒にいるはずの相手、ルリアの気配も感じ取れるようになった。
彼女もまた、何かを乗り越えたのかまとう気配が大きく変化していたわ。
「久しぶり。元気だったか、妹達よ」
「お兄ちゃん! ルリアちゃん!」
『女性を待たせるなんて、まだまだね』
前よりも、少しばかり男気が増したような気がする彼……お兄様に私はミィと同じように思わず抱き付き、そばにいるルリアも我ながら細いなと思う腕で一緒に抱き寄せるのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます