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152.主のいない部屋


「イアちゃん?」


『どういうことよ……』


 ミィの心配そうな声が聞こえるけど、私には今……その余裕は無かった。1歩、2歩と後ずさってしまう私の体をミィが優しく抱き留めてくれた。

 いけないわね、私の方がお姉さんでないといけないのに……。


 触れた場所から感じるミィの力が、私を冷静にさせた。そうだ、考えるのよ私。この謎を解けるのは今は私だけなのだから……。

 よろけそうになった足に力を入れ、実体化ももどかしく改めて私はソレを覗き込む。


 勇者に討たれた魔王が眠っているはずの棺の中を。


「カラッポ……だよね」


『ええ……少なくともあるはずの物が無いわね……』


『ガウ……』


 2人と1匹が覗き込むのは、大きさは人が4人ぐらいは軽く眠れそうなほどの大きさの棺。

 中には魔王たる彼女の遺体と、様々な装備や装身具が一緒に眠っているはずだった。だけど、今そこにあるのは輝きを失った諸々と、小さな壺が1つ。それだけだ。

 人が1人、横たわっていたであろう場所がぽっかりと何もない状態で見えていた。


 そこにあるはずの……かつての私の遺体。


(まさか……蘇ってるとでもいうの?)


 頭に浮かんだ考えを思わず振り払う。そんなことがあっていいはずが無いもの。誰かを愛したくて、誰かに愛されたくて、誰かに殺してほしくて(・・・・・・・)……かつての私は勇者に恋い焦がれたというのに。

 悲しい形ではあるけれど、目的自体は達成しているはずなのだ。私が持っている最後の記憶は、これでもう誰かと疑いあう人生が続かなくて済む、そんな安堵だ。


 そんな私が、今の世に自分から出てくるはずがない……無いのよ。


『誰が……いったい誰が私をっ!』


「イアちゃん……」


 棺のフチにわざわざ実体化して私は拳をたたきつける。生前、きちんと眠るためにと彼女自身がえりすぐった素材である死の山の石材は小さな私の手によるものではびくともしない。

 魔力で強化もしていない私の手には衝撃だけが残り、痛みを感じた。


 今ならわかる。私が精神体として作られ、実体化してもあまり丈夫じゃないのは……痛みを感じたかったのだと。

 魔王としての力に目覚めてしまったかつての私はほとんどの物で傷つくことが無く、恐らく高位竜の攻撃をまともに受けても強く押されてるぐらいの感じだった。

 それは丈夫というより、痛みを感じにくい体になっていたといえるかもしれない。事実、勇者に胸を貫かれてもなお、最後まで私は勇者の顔を見つめていたのだから。


 彼の顔に手を添えた時、その手には輝く……輝く?


『ミィ、ちょっと周囲をしっかり見張ってて』


「う、うん」


 私はそのままふわりと棺の上に浮いて中身をよく観察し始めた。ほとんどは生前にいつかそうなったら、と予定されていた物ばかりだ。

 中には予定外の物もあるような気がするけど、きっと他の魔族が勝手に入れたに違いない。そんな中、私はあることに気が付く。


 私自身以外にもあるはずの物が、無い。


『月兜も……鼓舞の銅鑼も……何よ、ほとんど何も残ってないじゃないのよ……』


 唇をかみしめながらつぶやき、私は自分の中で考えがまとまっていくのを感じた。誰が見てもわかると言えばわかるけれど……。誰かが魔王の墓を荒らした。そしてその中身を持ち去ったのだ。

 犯人はほぼ間違いなく……北を治めている魔王候補という魔族。


(そうでなくて……ここが荒らされるものか!)


 確かにかつての魔王は部下に恵まれていたとは言い難かった。己を血を残すための道具としてしか見ていない男達の視線に疲れ、我こそは伴侶に相応しいと挑む奴らを退け、自分が没した後に魔族達と、他の種族がどうなるかを憂いていた。

 それが単に自分を尊敬し、自分を肯定してくれる視線と感情のためだったとしても……だ。

 だからこそ、自分の扱っていた道具たちの影響という物を強く感じ、普段使わないものはことある度に封印処理を施し、この場所に仕舞い込んでいたはずだった。


 最後に手にしていたのが髑髏杖。それ以外は全てこの場所に収められ、例え自分の遺体を入れる時でさえ勝手には動かせないはずだった。魔王自身以外には。


『ありがとう。ミィ。いろいろ分かったわ……生きているというべきかはともかく、魔王は今、どこかにいる』


「それって……あのお姉さんみたいに?」


 直に戦ったからこそ、ダランの悲しみといったものを強く感じたんでしょうね。ミィはひどく悔しそうな顔をして手を握りしめている。

 お兄様が見たら、ミィが成長したなって内心で喜ぶかもしれないほどの凛々しさだ。全部が終わったら、また馬鹿みたいな暮らしをしたいものよね。出来ればミィにはこんな顔より、にこにこしてるほうがいいんだもの。


『そうね。ダランは自分とあまり相性が良くなかったみたいだから生前ほどの実力が出ていたかどうか……』


『ガウ!』


 突然、カーラが吠えて警告の声を上げる。見つめる先は、私たちがやってきた方。その瞬間、コツコツと誰かの足音が聞こえてくる。気配を感じるのが遅れた……ううん、違う……違うわ。

 私はミィを抱き寄せ、カーラとそろってそちらを向いて身構える。いきなり戦いということはないだろうけど、この気配は……。


「どうやら真実の1つにたどり着いたようだな」


「おじさん誰?」


 一言で言えば黒。そんな全身鎧の男が扉をくぐってきていた。傍らには……私?

 水面や鏡で見るような私と同じ姿がその男のそばにあった。急速に頭の中で色々なことが組みあがっていく。

 なぜここにいるのかといったことは全部放り投げて置いて、この2人が誰なのか……私は悟った。


『貴方……ドーザね。そっちがイラ』


「まあ、予想はつくであろうな。お初にお目にかかる……というのも白々しいか」


 そう、お兄様が西で出会ったという謎の魔族、そして無口な少女だ。確かにこうして目の前で見ていてもまったく意志という物を感じない。そこにいるのにいない、まさに人形だ。その瞳には光という物が全くないのだ。

 だというのに、己の足で立っているというのが逆に不気味だった。


「予想はしていたが、残っていなかったのだな……嘆かわしいことだ。力のためにここまでするとは」


『この状況を予想していた? だったらなぜ』


 見過ごしたのか、という問いは飲み込んだ。相手が魔王に対してどういう感情を持っているかがまだはっきりしなかったからだ。

 話した感じからは、少なくとも現状を良しとしていないようだけれど……。


「私は……いや、この子には目的がある。そのためにはこの目覚めは邪魔だ。しかし……個人でどうにかなる物でもない。私が知った時には終わった後だったからな……」


「おじさんの隣の子は喋れないの?」


 臆すことなく、問いかけるミィ。さすがというか、なんというか……すごい物よね。

 ドーザも兜の下で、少し驚いているように思えた。兜……か、ダランのようでちょっと嫌ね。


「ああ。私は彼女と静かに暮らす場所を求め、西の街を救った。一番安全そうだったからな。しかし、こうなってはじっとしているわけにもいかん。奴を止めねば……」


『奴……ね。勝ち目はあるの? 髑髏杖にその他諸々……それに……』


 あの子を手元に置いている……そんな心のつぶやきは相手に伝わったかどうかは定かではない。

 そのまま無言で、ドーザは私達とは違う方向から棺を覗き込み、その手をかざした。

 手に集まる魔力。何をするのかと止める前に力が放出され……瞬間、部屋に感情が満ちた。


「っ!」『ガウウウ!』


 思わず呻くミィとカーラ。私も吹き飛ばされないようにするのが精一杯だったわ。

 これは……感情の波動。私は誰よりもこれを知っている。他でもない、かつての私だ。


「どうやら心は不要だったようだ。力のみを欲するとは……愚かな」


『心臓……そういうこと。連れていくのね』


 棺の中に残っていた壺から、穴の開いて干からびたあの子の心臓が浮き上がり、ドーザの手の中に納まる。

 それをドーザは横に立ったままのイラに手渡すと、瞳に光の無いまま、イラはどこからか袋を取り出して仕舞い込んだ。不思議と、そうあるのが自然であるかのように私は感じたのだ。


「長く生きれば、きっとこの子にも本当の魂が宿るだろう。そのための時間を私は稼ぐ」


「ねえ、だったらミィ達と一緒に……えっ!」


 これ以上話すことは無い、そう言いたいかのようにドーザから魔力があふれ、私達を押すように風が放たれた。

 傷つけるための物ではない……この場を去るためのもの。

 それを知ったのは彼らがいなくなってからだった。


「イアちゃん……今の」


『ええ、まったく……死者は大人しく眠ってなさいよ……』


 力無くつぶやく声が部屋に響く。2人と1匹を押し返した風、その源に光っていたのは……赤ではない光だった。


ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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