150.彼の地で待つモノ
「いい? もう一度確認するわよ」
「うん」
『ガウガウ』
パンサーケイブを出発してしばらく、山間にある小さな村で私たちは借りられた小屋の中で明日からの動きを再確認していたわ。
村の人々はなんでもかつての戦いの生き残りの遺言によりここに住み着いているのだとか。
隠れ住むようにしているので幸い今までに村が無くなるような被害は受けていないそうだけど……ここを魔王廟の監視場所としてしっかり整備すべきかもしれないわね。
ともあれ、大勢で訪ねてきた私達にも嫌な顔をせず、それどころか魔王廟に行くのはやめておいた方が、等と止めてくれるぐらいだ。
私とミィが少し光を放つと、その本気具合を悟ってくれたらしく、だったらせめてゆっくり休んでということで宿が提供されたわ。
一番のお年寄りなおじいさんはこれで役目が果たせる、と喜んでいたけど……期待には応えたいわね。
「我々は道中までのつゆ払い。可能であれば魔王廟そばの拠点として岩場などを確保。イア様達のお戻りをお待ちしていればいいわけですね」
『そうなるわね。正直、何がいるか、何が起こるかは私にもわからないの』
言外に、貴方達ではついてこられない……そう言ってしまっていることに心の中に少し、悲しい気持ちが産まれるのが分かった。
作られた私だからこそわかる。役に立てないということの悲しさが。
けれど、そんな私の気持ちを吹き飛ばすように、選ばれた魔族、そして獣人の戦士たちはにこやかに笑顔となる。
「そんな顔をしないでください。特等席でお二人の偉業を見られるかもしれないのですから、私たちは逆に誇らしいですよ」
「にゃはは……そんなすごいことになるのかなあ? お姉さんとお話してくるだけだよ」
敬礼代わりに胸に手を当てて頭を下げてくる若い戦士に、私は言葉もない。ミィが陽気な声で返事をしているのが羨ましいわね。その辺がミィの強さかしら。
お兄様もいない中、本当の無茶は出来ないけれど現状、私とミィ、カーラが最強の戦力なのは恐らく間違いないわ。
それが出てくる相手というのがどれだけの物か、多分この戦士たちもわかっている。
『帰ってくる予定ではあるけど、この辺も危なそうならちゃんと逃げなさいよ? 貴方達も生きてるのが大事なんだから』
そういってお互いに頷きあい、私たちは村を出て魔王廟のある山へと向かう。
道中、厄介な魔物はほとんどいなかったわ。偶然か、あるいはうまく隠ぺいの魔法が効いているのか。
たまに見かける相手も私自身は知らず、かつての私も一気に吹き飛ばした中にいたような、といったぐらいの相手達だ。
黒々とした毛皮の獣や、妙な色合いのスライム等、死の山はやはり独特の場所なのかと思わせた。
もしかしなくても、魔王廟の影響が出ているのかもしれないけれど。
(感じる……これがあの子の……)
視界いっぱいに広がり、既に空が見えにくくなっている死の山の大きさは驚くばかりだ。
いつも空を飛んでいる状態でしか見ていないから余計にかしら。
思い返せば、最後の記憶も視界は山肌ばかりで、ぽっかりと空に穴が開いたように青空が見えたぐらいだっけ。
そうだ、魔王廟の本体はさらに死の山の一番奥の方なのだ。
魔王城ではなく、最後の決戦にこの場所を選んだのは何か意味があるはずだった。疲れ切って、世界を恨み始めていた私だけど、そのぐらいの理性や回る頭はあったはずだものね。
と、何回かの魔物の襲撃を退けた先で私たちは廃墟を見つけた。
「こんな場所にお家があるんだね」
『たぶん、相当前のね。下手したら初代魔王の時代の物じゃないかしら』
木材とも、石材とも違う何か不思議な材料を使っているようで今触っても崩れる様子はない。
ふと思い立って魔力を流してみると、そこだけ妙に綺麗になっていく。
「魔鉄のような性質でしょうか」
「だがこれではまるで家が生きているようだぞ?」
廃墟を確認しながら、色々と意見を口に出して考察しだす戦士たち。私は何者かが飛び出てこないか警戒をミィと一緒にしていたけど特には何もない。
もっとも、子供ぐらいの大きさになって飛んでいるカーラが気が付かないのだからそういった類の物はいないのかもしれないけど。
『……ガウ』
「え? そうなの? そっか……イアちゃん、ここじゃないけどあっちにいるって」
『はぁ? よりによって魔王廟の方向に? まさか暗黒竜の復活とかじゃないでしょうね』
かつての私もそう呼んでいただけで全く知らないに等しい高位竜、それが暗黒竜だ。なにせ、昼間には見ることさえできず、新月か満月の時にしか目撃されないという相手なのだ。
私が戦った時も満月の夜だったはず。勝ったというには犠牲が多すぎる戦い、お兄様みたいな力の持ち主がいたらいい勝負ができたんだろうけど……かつての私では一人で勝つことはできない相手だった。
そんな相手がもし復活していたら……よしましょう、考えても不安になるだけだわ。それに高位竜も復活してきても前ほどの強さじゃないはずだったしね……数がそんなにないから本当かどうか微妙だけど。
それに、だからといって取りやめるという訳にもいかないもの。
「イア様、ここは使えそうです」
『そう……じゃあ少し早いけど、ここを拠点としましょう。少し休んだら……行くわ』
本当は彼らも出来るだけついていきたいに違いない。危ない場所に送り出すことを良しとする人はなかなかいないものね。
それでも、自分たちが一緒に行かない方が生き残れそうだということもわかる程度には実力者なのよね。
「ミィはねー、おいしいご飯があると嬉しいなあー」
「お任せください。お腹いっぱいご用意しておきますよ」
ともすれば緊張とも違う硬い空気だけになるところを絶妙にミィが崩してくれる。本当に、魔王の力が宿ったのがミィでよかったとこういう時は思うわ。力に絶望せず、頼り切らず、あくまでも自分の一部として扱えるというのはとても貴重なことだもの。
きっと、お兄様という相手がいるからでしょうね……私にはいなかったそういう相手……ううん、今の私にはいるか……ミィとお兄様という相手が。
『ガウ』
『あら、カーラも大事な相手よ。ごめんなさいね、のけ者にするみたいで』
何かを感じ取ったのか、不満そうに頬に自分の顔をこすりつけてくるカーラに微笑み返す。
この子も、どこまでいけるかはわからないけれど、恐らく並の火竜……火竜に並もそうじゃないのもあるかどうかは不明だけど、とにかく今までに出会った竜種とは全く違う存在になっている。
今なら溶岩竜みたいな高位竜ともいい勝負が出来るんじゃないかしらね。
一時の別れを告げ、私たちは少し大きくなったカーラの背に乗って一気に駆け抜けることにした。
ここまできたらこのぐらいは誤差よね。
そうして追いすがってくる魔物達を振り切りながら進むことしばらく、ついに魔王廟が見えてくる。
そこは記憶とは大きく異なっていたわ。建物自体はあまり痛んでいないようだけど、その見た目はおぞましいものだった。
周囲には人間が魔族とは、として考える時のような毒の沼、よくわからない植物たち、そして異形の生き物。
綺麗に建てられた建物だけはそのままで、それが逆に不気味さを増していた。
「イアちゃん」
『ええ、いい? まずは自分の体にしっかりと魔力障壁は展開しておきなさい。カーラもよ。
油断するとこの辺の瘴気にやられるわ。中は多少マシだといいけど……』
魔王廟の大きさは、とにかく大きいというしかない。なにせ、カーラが成体の大きさのままでもくぐれそうなほどに門は高いのだ。
中で暴れるというのは難しい大きさなのでカーラにはお兄様より少し大きいぐらいになってもらう。
不思議と、異形の生き物たちはこちらに襲い掛かってこず、それどころか左右にどいていった。
こっちの力を感じているんだろうなと思ったわ。
『ダラン、来たわよ!』
門をくぐると、瘴気自体は遠ざかったけれど嫌な感じはむしろ増していた。その正体を確かめるべく、声を響かせる。
視線の先、とにかく長く続く廊下というには天井が高く、横幅も広い場所の奥、巨大な扉が少し開き、何者かが出てくる。まあ、ダランしかないないわけだけども。
「来てしまったか……まあ、私を越えられないようではあれは止められない」
『なんだったら戦わずに全部話してくれてもいいのだけど?』
前にミィの手によってかなり傷を負ったはずだけどその跡は無い。どうにかして治したのだろうけど……謎ね。
生きていない迷い人の体は治らない……そのはずなのに。
「イアちゃん、他にもいるよ。そっちはお任せしてもいい?」
『ええ、わかったわ』
ミィの感覚が捉えた第三者の存在。それに警戒しながら……私の前で戦いが再び始まった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます