149.揺れる気持ち
夜の月を見上げながら、私は一人空に浮いていた。雲1つ無く、満月が夜を暗闇ではなく銀色のような光で染め上げている。
白黒が逆転したかのような世界の中、私は物思いにふけっていた。
眼下にはパンサーケイブの町並み。増設も繰り返され新居も増え、人口も前の倍以上だ。
工房や採掘小屋もどんどん増え、周囲の木々を伐採しすぎないように管理するのに労力を必要とするほどである。
今日もまた、少し前まで工房には光が灯っていた。カーラの手助けを得て、魔鉄を今まで以上に量産し、かなりの速度で武具を調達しているの。
(このままいけば、ワイバーンぐらいならなんとか追い返せるはず……)
そうなれば、後は相手側の有力な戦士と戦うのみ。普通の兵士はワイバーンと比べれば赤子とは言わなくても十分対処可能な範囲に収まるだろうことが予想されるからだ。魔族のみで構成され、獣人との連携の無い相手はこちらとは戦い方が違うとは思うわ。
こちらは互いの身体能力や動きの違いを活かした戦い方を目指している。
徐々に集まる人員は多少腕にばらつきはあるけれど、決まった訓練を施すことで一定水準の実力は身に着けているらしいことをヴァズから聞いた。
その他にも色々なことが試され、実装され、こちら側は力をつけている。であるのに……だ。
『準備に終わりが無いから不安は不安よね。ああ、今ならお兄様が山ごと吹き飛ばせば終わるよな、なんて考えた理由がわかるわねえ……』
人間の住むレイフィルドで頑張ってるであろうお兄様とルリアを思えば少しばかり胸が痛い。今、そばにいてほしいのはお兄様たちなのに……。ミィも頑張ってはいるけれど、なんというか私とミィは甘え合う感じではないのよね。
『西が動く気配はなし……それどころか魔族の少女イラ、魔族らしい男のドーザもどちらも最近目撃されていない、と。どうしたものかしらね』
ふわふわ浮きながらの思考、なんてものは私だけが出来る特技みたいなものだけど今回ばかりは特別こう、という名案が沸いてこない。
北からは今のところ、特別戦争になるような知らせと言ったものや、使者なんかも来てはいない。
でも、そう遠くは無いと思うわ。北に向かったソーサバグは討伐されきっていないようで、偵察に国境付近にいる面々からは目撃されていることが情報として寄せられている物ね。
『ソーサバグの討伐を名目に使って一気に来る……考え出したらきりがないっか』
どうにも1人で考えているといい方向にはいかないな、なんてことを思いながら部屋に戻り朝までぼんやりとすることにしたわ。
(そういえば……迷い人は寝ないのよね……ダラン、どうしているかしら……)
毛布をかぶりながらも、考えるのはかつての私に最後まで付き添っていた一人の女性。
色々と余裕の無くなっていた初代魔王が気が付くことの無かったその忠誠。それは蘇っても失われるような物じゃないと思う。
出会った時の言葉の節々からもそれが読み取れるわ。だとすると何がそう彼女をさせるのか? あるいは、そうせざるを得ない状態になっているのだろうか?
終わりの場所で待つと、彼女は言っていた。つまりはダランも私が魔王の予備の1人だと気が付いているということだ。なにせ、終わりの場所、となれば魔王が没したという魔王廟となる。
そこに何があるのか……ううん、何が待っているのか……。
ぼんやりと考え続ける内に、いつの間にか私も意識を眠りのそれへと変化させていた。
翌朝、私とミィはヴァズたちと一緒に机の上の地図を睨んでいたわ。今日は新しい情報が東から入った。
レイフィルドから逃げてきたという獣人の集団が、お兄様たちらしい相手の戦いを目撃したという物だった。
それによると、レイフィルドでは人間の国の1つがドワーフへと一度侵攻、小競り合いの末に一度は戦いが止まったけれど、その後人間側もそれどころじゃなくなったという話だ。
話の中に出てきた、男女による活躍は私とミィにとっては何よりの情報だった。
「お兄ちゃんもルリアちゃんも頑張ってるんだね」
「ラディらしい力技だな……やはり面白い」
今にも戦争が始まりそうだった場所に飛び込んでいった話を聞くと、私も思わず笑顔になってしまう。
色々考えてるように見えて、お兄様って大体そうなのよね……人のことは言えないけれど。
そうして、話がお兄様以外に勇者の力を持つ存在がいるという部分になると全員の顔が真剣な物になる。
この手紙を獣人に託したお兄様の関係者という人は一体どんな人なんだろうか?
推測、としてはいるけど勇者の力が複数存在することや、その力への考察なんかも添えられている。
それによれば、勇者の力は本人の魂というべき物に準ずるものと、そうでないものがあるだろうということだった。
素質として本人の体が持つ物と、存在としての本人の魂のような物が持つ物と、ということね。
「イアちゃん、よくわかんない」
『ミィは私と一緒、その魂に魔王の力があるのよ。なぜかはわからないけれど、そういうことよね』
そう、あくまでミィが獣人であるというのはおまけのような物に過ぎない。これが例え人間が力の転生先だったとしても同じように魔王の力は発現していただろう。
幸い、獣人としての体が人間のそれ以上に力を使いこなし、磨き上げているのだけどね。
お兄様はきっと両方。肉体的にも別物だし、その魂も……だからかしらね。お兄様だけ失われかけた神様と話せるのは。
私やミィぐらいの力だと感じ取ることはできても、外の世界に行ってしまった神様とは会話ができないものね。
ともあれ、この理屈で言えば目覚めていないだけで勇者や魔王の力は意外と数があることになるのよね。
もしかしたら、それが単純に個人個人の魔力差とかになるのかもしれないわ。
光となって表に出てくるのはミィぐらいに限られるけれど……。
「情報は情報として、この先どうするかだが……」
「人間側からの脅威が減ったとしても北側は態度を変えないのではないか?」
『それどころか、やはり統一されていないといざという時に戦えない、とか言い出すかもね』
こちらから攻め込むつもりが無い以上、やや手詰まり感がある。やはりこちらから動くしかないのだろうか。
手薄になったところを攻められてはたまらないけれど、それがわかっていればやりようもある……か。
『実は、この前の迷い人に誘われてるのよ。魔王の墓参りをしないかってね』
「なんと……大胆というべきか、それだけの覚悟を相手が持っていると思うべきか」
さすがに街を治める2人だ。私の言いたいことを察してくれる。魔王廟はある意味不可侵に近い場所だ。
当然、魔王故人をしのぶ場所でもあるのだけれど、今もなお影響の残るとんでもない場所でもあるのだ。
一説によれば、魔王と同じ時期にその場所で死んだ魔族や獣人、怪物たちの魂は今もさまよっているとかいないとか。
いずれにせよ、何も出てこないなんてことはない場所だ。
『ま、それでも行くしかないかなと思ってるわ。一応私とミィ、カーラは……どうしようかしらね』
「たぶん、一緒がいいって言うよ? 自分も家族なのにって少し怒ってたもん」
怒ってた、か。カーラという火竜が自分たちを家族だと言ってくれるのは……控えめにいっても嬉しい事よね。
さすがに魔王廟を丸ごと焼いてもらう訳にはいかないけれど、外に出てくる怪物や普通の亡霊なんかを焼いてもらうには最適かしらね。
「重要な部分を任せるようで申し訳ない。一応一団は選別しよう。途中までは一緒に行かせる」
『いざという時に逃げられる覚悟のある人でよろしくね。魔王様のために残る、なんていうのは禁止よ?』
そうして時には皮肉やボケを交えながら、魔王廟へ向かう人員が決まっていく。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます