148.思い出と違うモノ
じりじりと、すり足で間合いを詰めるダランとミィ。迷い人たちを警戒しながらも私はミィの戦いを見守っていた。
本当ならば、勝つだけを考えれば私が乱入するのが正しい。だけど、今はそれは間違いな時だろうと思ったわ。
ミィが、自分の意志で敵と相対している……そんな戦い。
ここにいないお兄様の代わりに、見届けなくてはいけないと思う物だったの。
「お姉さんがどんな人かは知らないけど、みんなをいじめるのを見過ごすわけにはいかないのっ!」
「くっ!」
両者ともに身にまとうのは赤。けれど小さな器に満たされた水のような力をダランとすれば、ミィのそれは器から飛び出さんばかりに揺れている力だ。
効率よく使えるのはダランの方。けれど、その強さという点では明らかな違いがあったように見えた。
赤い残像すら残し、ミィが低い姿勢のまま駆け出したかと思うと既にダランと斬り合っていた。
短い短剣が2本。間合いという点では不利だけど距離を詰めてしまえば逆にそこは長剣の距離ではない。
なぜ思い出のようにダランも短い剣を使っていないのかがとても疑問だった。
間合いさえ同じなら、もっと動けるだろうに……今は長剣でミィの1本を防いでもう1本は回避でしのぐばかりだ。
(あれ……? この感じ……)
私は2人の戦いを見守りながらも、違和感……あるいは既視感というべき物を感じていた。
ダランの動きが、本来のダランとは違うのは間違いなのにどこかで見たことがある動きに思えて仕方がなかったのだ。
私の記憶にあるとしたら、お兄様たち等の味方の動きと、昔々の魔王時代の……はっ!
『そういう……ことっ!』
ぎりりと、実体化していないのに歯ぎしりが聞こえたような気がしたわ。魔王に最後まで仕え、忠義と信頼の果てに命を落としたはずのダラン。そのため、その体は最後まで戦場にあったはずなのだ。
そんな状況で、五体満足に死ねるだろうかと言えば……ありえない。
しかし、目の前のダランは生前の彼女とは少々違うけれどしっかりとした女性的な体つきをした……何か。
ようやく、彼女が視界を狭めるからと身に着けることの無かった兜をかぶっている理由を察したのだ。
ダランの体は……本来の彼女の物じゃあない、と。
「下手な同情はやめてもらろうか!」
『冗談! 誰がアンタをそんな姿でよみがえらせたのか、それだけは教えてもらうわ!』
視界に入った私の顔から、こちらの考えていることに気が付いたのか、ミィの短剣をはじく勢いを使ってダランは一息にこちらへと踏み込み、長剣を振り抜こうとした。
しかし、それは追いついてきたミィの手によって邪魔される。
「獲物を2つ追うとね、どっちも逃がしちゃうんだよ!」
気合の入った、少なくともお兄様が見たら、あの可愛いミィが……なんて言いそうなほどの狩りのための笑顔を浮かべ、ミィはダランへと魔力障壁を勢いよくぶつけた。
こっちを見ろ、そんな意思表示だ。これだけの気合の入ったミィを見るのはいつ以来だろうか?
「この猫娘がっ!」
「残念。今のお姉さんの動きじゃ……お兄ちゃんどころかミィにも追いつけないよ……にゃっ!」
ダランの気迫と魔力のこもった斬撃はお兄様がするように実際の剣の長さ以上に相手を切り裂く物となっている。
けれど、それも当たれば……だ。結局は直線の攻撃であるソレはミィの動きの前には今は無力に等しかった。
地面をえぐるような蹴りで飛び上がったミィがダランの胸元に飛び込み、長剣を持つ腕を斬り飛ばし、さらにもう1本の短剣を胸元に大きく突き立てる。切っ先に集中される魔力、至近距離でのイグニファイアだ。
血が噴き出るかのように火炎が傷口から吹き出るのを見て、終わったかと思ったわ。
でも、ダランも伊達に迷い人として意識を保っているわけではなかった。
「ぐっ……ここまでか……」
よろめきながらも間合いを取り、こちらを油断なく見つめるダラン。その瞳の眼光だけは、生前のそれとよく似ているように思えた。
心臓部分をえぐられ、燃やされてなお動けるということが彼女が異形と化したことを証明している。そのことがひどく、残念だったわ。
『さあ、教えて。あの子は生きているの? そんなはずはないわよね。あの子があれほど嫌悪した禁術に手を出すはずがないもの』
「真実を知ることが幸福だとは限らない……それだけだ。終わりの地で会おう!」
瞬間、何かがダランと私達の間ではじけたかと思うと周囲が煙に包まれる。魔力を使わない、原始的な煙玉だ。
とっさのことに私も動きが遅れ、ミィは煙に飛び込むもそこにはダランがいないようだった。
「うう、目がいたーい」
『洗いましょうか……まったく、西の子も気になるのに……魔王の力が安売りしすぎじゃないの?』
涙を流すミィを抱えつつも、私はこれからのことを考えて頭痛に顔をしかめていた。
推測通りにダランの体が私の姉妹なら、魔王の力を帯びたままの肉体がまだある以上はダランみたいなのがまだ出てくる可能性が高いわ。
あの子の研究、自分の予備である魔王素体を作り出す物には複数の道があった。1つは私のような精神体、それとは別にあった物が、肉体的な若返りを狙った物だ。
若く、魔力を強く行使できる体を予備として確保し、いざという時にそこに自分を入れ込むのだ。
暗黒竜との戦いで、ネクロマンシーの魔法が如何におぞましいものかを実感するまで、彼女はこの魔法を使うことを前提にこの研究を進めていた。
禁術と考えるようになったはずの彼女が、今のダランのように魂の無い肉体に魂を入れるという行為を良しとするはずが無いのだ。
だから、あの子は生きていない。生きているはずがない……なのに、何故だろうか。
こんなことが出来るのは、あの子以外ありえないと思ってしまうのは……。
「イア様。撤退準備、終わりました」
『ご苦労様。色々と気になるけど、今は戻りましょう』
正直、何も考えずに寝てしまいたい気分なのは間違いないわ。だけど、そうもいかないわよね……。
幸いにもこちらには死者は出なかったが、軽くない怪我を負ってしまった人も複数出ている。
初めての迷い人との戦いでこれですんだのが、むしろすごいってもんよね。
追撃を警戒しながら、カーラたちの待つパンサーケイブへと戻ることになったわ。
不気味なほどに途中は何もなく、普段いるはずの獣たちも、何かにおびえるように森の奥に潜んでいるのを感じた。
「イアちゃん、どうするの? お姉さんを倒しに行くの?」
『どうしようかしらねえ……彼女が誰の手によってああなったのかがわからないと、下手に動くと怖いのよね……』
もし、私の知らない、しかも北の魔族の手ではないとしたらさらに第三者という謎の勢力がこの大陸にいることになる。
そんな勢力が自由に動いてるとしたら、下手に南北で争っているところにダランみたいな迷い人が乱入した日には目も当てられないほどに混乱するだろう。
かといって、北の魔族が犯人とするにはまだ色々と足りない……のだけど……。
ちらりと、ミィが腰に下げている竜爪短剣を見る。魔王の力を吸い、以前より鋭さを増しているような気さえするそれはもう、一種の伝説の武器と言っていいように思える。
そう、ルリアの持つ魔導書や北の魔族が持つとされる髑髏杖のような……。
(待って……今、私は何を考えたの? 竜爪短剣……魔導書、そして髑髏杖……髑髏?)
この時ほど、自分の体が血の通ってない物だというのを感謝したことはない。もしも普通の体なら、血の気が引きすぎて気を失っていただろうからだ。
最初に考えるべきだった。最悪にして一番現状にしっくりくる事を……。
一人で考えて結論が出る物ではないと思った私は、顔を硬い表情にしたままパンサーケイブにミィ達と一緒に戻るのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます