146.暗闇の果てに
「魔法隊! 撃ちまくれ!」
それぞれの武器を構えた前衛の頭上を越えて、空を埋め尽くすような勢いで無数の炎や風の刃が飛んでいくのが見える。
それは十分な力を持って、森と街道際にうごめいている巨体へと直撃してその力を示す。
しかし……それでも奴らは歩みを止めなかったわ。
『下手に今の私が大技を撃つとこの辺一帯荒野確定だものね……どうしましょ』
「うう、後から後から……気持ち悪いよぉ」
ミィが顔をしかめるのも無理はない。既に結構な時間、戦いが続いているのだ。幸いにもソーサバグは一定の塊ごとにやってきているようで押し切られるという様子は今のところ無いわ。
だけど、限界はそのうちやってくる。少なくとも夜まで戦うなんてのは難しいに違いないもの。
北側とこちらを分断し、両方に移動し始めているという巨大アリの魔物、ソーサバグが一番怖いのはその巣にどれだけの兵士アリがいるかわからないということだ。
本来であれば素材にするべくあまり大きな打撃は与えないように戦うのだけど、今はそんなことを言っていられない状況だった。
味方の死骸を押しつぶすかのような勢いで、倒された場所をふさぐように相手がやってくるのだ。
『……ひとまずこれで行きましょうか。みんな、街道に追い込んで! カーラ、その後は出番よ!』
『ガウ!』
下手に前線に出ると群がるソーサバグのために危ない目にあうかもしれない、とカーラもこちらで散発的にブレスを撃ってもらっていたわ。
それではもったいないのも確かで、これからすることはそれをなんとかするための一手。
追い立てられるように街道に出てくるソーサバグの集団。それはお祭りの日に街中にあふれ出る人々のようにひしめき合っている。
『ガウウ!』
私の魔法にしても、カーラのブレスにしても下手に撃てば山火事が大規模に起きかねない。なら、燃えない場所に撃てばいい……ということで街道の上を炎が舐めた。
街道に生えていた雑草も燃えてお得って感じかしらね。
さすがに火竜のブレスを受けては死骸もほとんど残らず、なんとなく染みのようになった場所がソーサバグのいたことを示している。何度か同じように誘導と燃やし尽くすことを繰り返すと終わりが見えてきた。
見える範囲のソーサバグがあらかた片付いたことで、みんなの顔にも多少は安堵の表情が戻ってくる。
まだ終わってはいないだろうけど、一息つけるかどうかというのは非常に重要よね。
この隙に、と私は実体化を解いて一気に上空に飛び上がった。
あの子と重なってから、私自身の魔力の容量や諸々が大きく向上しているのがわかる。
自我があれば妹が1人増えたのだけど……とっくの昔に駄目だったみたいなのよね。
せめて、私の中で今を感じてほしい、そう思ったわ。
周囲を見下ろせる高さまで舞い上がったところで遠見の魔法を詠唱、視界に遠くを納める。
やはり、まだ終わりではないようだった。遠くに巣穴らしき穴が開いているのが見えるもの。
ソーサバグは夜行性、なのにこうして明るいうちからこんな活発に動いてくるなんてのは異常事態だ。
可能性としてはいくつもない。巣分けにしたってやはり夜に行われるし、巣の拡張だってこんな形では起きないはず。
後は……何者かが巣を襲っているか、あるいは昼にも出てきたいだけの魅力のある何かが外にあること。
ソーサバグは魔力を食べる。確かそうだったはず……だからといって私やミィ、カーラなんかを感じ取るには無理があるし、何より時期が合わない。
何かに襲われている、にしては南北共にそういう感じではないので巣は無事なんだろうと思うわ。
そうなると……誰かが誘った……? わからない……それにしても、これだけいるとそこだけ夜の闇があるみたいね。
遠くに見えるソーサバグの群れにより、黒く染まった街道を見てひとり心でつぶやいた。
そこまで考えて、私の頭には別のひらめきが産まれたのだ。慌てて下に降り、魔法での射撃を担当する人々の元へと駆けこんだ。
「イア様、どうしました? 次なる作戦でも?」
『だから様は……っと、そんな場合じゃないわ。次は攻撃魔法は無し。この中に幻覚を治したり、癒しが使える人は何人ぐらいいるかしら?』
私の唐突な問いかけに、困惑の表情が最初はあった人々だけどすぐに何割かが手をあげてくる。
これだけいれば……試す価値はあるわね。ソーサバグを、治してあげましょう。
「イアちゃん、ミィはどうしたらいい?」
『全部はどうにもならないから、残って向かってくるのは頼むわ』
そう言っていると、見張りの獣人の口笛が響き渡る。見える距離に奴らが来た証拠だ。
手早く作戦を説明し、皆には詠唱に入ってもらう。範囲と距離が大事だもの、頑張ってもらわないとね。
そして、また黒い姿が見えてきた時……炎たちではなく、癒しの光がソーサバグへと降り注いだ。
光の力は癒し。その魔法は確かに効力を発揮して、ソーサバグたちにかかっていた明るさを感じない呪いのような物を解除しだしたのだ。
道理であいつらに夜を感じたわけである。闇の神様による魔法がソーサバグの明るさに関する感覚を狂わせ、今が夜であるかのようにだましていたわけだ。
それが解除されれば……後は混乱。あちこちに震えながら歩き出すソーサバグを味方が蹴飛ばし、転ぶ。
少なくとも3割ぐらいは無力化に成功したように見える。そうなればこちらの戦いも楽になる。
『今の内に女王か、張本人を探さないと……』
「うんっ。カーラちゃん、竜はいそう?」
『ガウ?』
最悪の場合を考えて、まず竜の存在を確認するあたりミィも考えるようになってきたんだと思うの。
私も竜の乱入だけは簡単には退けられないものね……でも、それは心配しすぎだったみたい。
今のところはいないようだとカーラの態度でわかる。
となれば、私たちの狙うはソーサバグの女王か、こんな魔法をかけた張本人。北側が犯人じゃない、とするにはまだまだ怪しい。最初からわかっていれば対処の方法は少なくないのがソーサバグだ。
戦力をそろえて倒していけばいいんだものね。
『探ってみましょうか……』
「変な感じのがいるかなあ……うーん!」
戦いは周囲にひとまず任せ、私はミィと一緒に周囲を魔法で索敵することにしたわ。
ソーサバグの反応がほとんどを占めてしまうけれど、それでもやらないよりはやったほうがいいはず。
そうして出来るだけ範囲を広げて放った索敵のための魔法。
生き物の気配を感じ取るそれが脳裏に無数の光点と、その場所を示していく。
それが見つかったのは偶然、いえ……運命ってやつなのかしら。
イライラするほどの無数のソーサバグの反応の向こう側、ちょうど巣穴の近くに私はおかしな気配を感じ取ったのだ。
周囲にソーサバグがいる状況で、大きさとすると私達と同じぐらいの生き物の気配。
ひどく薄く、まるで隠れているような……っ!
よりしっかり感じ取ろうと込める力を増した時、ほんのわずかにだけど自分の足元に魔王の赤い光が産まれるのがわかった。何かに引っ張られた、と感じたのはその一瞬だった。
その瞬間、気配がこちらを見たような気がした。そしてその気配は消えていく。
気配のことを探ろうとしても次は見つからなかった。
『何だったのかしら……』
「あ、イアちゃん。女王様っぽいのがいたよ」
混乱する私の耳に届くミィの声は鋭い。獲物を見つけた狩人の声だ。随分と頼もしい事である。
気配のことはひとまずおいておいて、戦いを沈めるために女王を狙うべくヴァズたちへと報告に向かう。
すぐさま突撃のための人員が選ばれ、しばらくして女王の討伐が確認されたわ。
後は散り散りになるソーサバグを順次仕留めていくだけのお仕事。終わった後、カーラは一足先に集められるだけ集めた素材と、怪我をした人たちと一緒にパンサーケイブに戻ってもらった。
「無事で何よりだ」
『そっちこそ。だいぶ切り込んでたみたいじゃないの』
体のあちこちをソーサバグの体液で染めたヴァズのねぎらいの言葉にこちらも笑顔で答える。
ヴァズも随分と強さを増した物よね。これならワイバーンぐらいなら単騎で……!?
「イアちゃん!」
叫びと共に私の頭上で2つの気配がぶつかった。1つはミィ、もう1つは……私は初めての相手。
ミィの手にした竜爪短剣でも相手の武器は折れなかった。つまりはそれだけの相手だ。
私は腕輪に力を巡らせて魔力を練りながら、間合いをとった襲撃者を睨む。
感じる気配に前の私は覚えがあった。でも……ありえない。彼女はとっくの昔に死んだはずだった。
『まさか生きてるとはね……初めまして。ダラン……だいぶ体格変わったかしら?』
「……多くは語るまい」
ややくぐもった声が相手の仮面の下から聞こえてくる。粗末な革鎧を身に着け、黒光りする長剣を構える姿は見た目だけなら全くの別人。
だけど、その気配は感じさせる……彼女が、かつての魔王に仕えていた部下の1人だと。
時を超えた再会が、唐突にやってきた。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます