142.道を開くは己自身
「また逃げてきた……ううん、どうも違う気がするわ……」
「どちらにしても、無視できない相手ではあるということには同意してくれるかな?」
自分と同じように顔をしかめているヴァズを見、ため息1つ……私も考えを切り替えるべく彼に頷いて地図を睨んだ。
北の国境沿いに潜んでもらっていた獣人と魔族の混合による斥候班が嫌な情報を持ち帰ったのは今朝の事だ。
これまで特に目立った存在のいなかった山々に、まるで国境の壁のようにワイバーンたちが飛来して住み着き始めたというのだ。
「何もなければ自然の壁、と思うところだけどどうもおかしいのよね」
「それには同意する。あまりにも時期がちょうどよすぎる。まるで北に来てほしくない、あるいは向こう側でしていることを隠すような状況だ」
そう、倒すだけならそんなに難しくない……ないのだけど。場所が少々まずいのよね。下手に大きく騒げば北側を刺激して変な言いがかりをつけられかねないのよね。
魔王様の結界がなくなった混乱の中に占領しようとしてるのではないか、みたいな……。
「そういえば」
「北へいった使者は戻ってきているが……芳しくないな」
お兄様が頼りにするだけあって、ヴァズは頭がいい。だからこそこうして私の話の先を読んでいるのだろうけど……モテてるのかしら? 女の子と一緒にいるとこを見たことが無いのよね。
せっかく良い顔してるのに……。
ヴァズも私がそんなことを考えているとは思ってもいないと思うわ。真面目な顔をして説明してくれているものね。
それにしても、何も無し……か。どういうことかしら。
「初代魔王の最大の遺産、大陸を守って来た結界が無くなったのをその程度で済ますわけ……?」
「私も正気を疑ったよ。なんども使者に尋ねたが、彼も困惑するばかりだ。まあ、そうだろうな。
危険を冒して向かったというのに、情報には感謝するが協力の必要はない、とは……」
そう、実力者を選んで送り出した使者にけが人はなかった。全員無事に帰って来たのだけど……持って帰って来た返事は予想しなかった類の物だった。
確かに敵対とまでは言わなくても、仲がいいとは言いにくい相手柄だけど同じ大陸に住む同じ魔族。親密には無理でも外からの脅威に協力して当たるべき、そういう話なのだというのに、だ。
「人間が来るのが東だけで、他に脅威はない。最初に受け止めるのは私達だからって決めつけてるのかしら」
「それはなんとも……だが、彼らとてわかっているはずだ」
そうなのよねえ……仮に人間が大陸の東に拠点を設けたりしたら後はじわじわ侵食してくるに違いない。
人間はとにかくそういうところが強いのだ。得る物があるとわかるとなんだかんだとどこまでもやってくる、そんな種族。
もちろん、多くは普通の人で、泣きもすれば笑いもするわけだけど……あっちでの魔族の印象が最悪なのが問題よね。
なんだっけ……角が生えて口からは瘴気を吐き、毒の沼地に浸かるんだったかしら……。
そんな印象だから、魔族に遠慮するという考えがなかなかないのよね……昔ですらそうなんだから、今はもっとかしら。
「ひとまず、こちらに何か来ないように見張りはしっかりとしないといけないとは思うけど……。
あれ、ヴィレルはどこに行ったの? 朝から姿を見ないけど……」
「母上は急に出てきたという魔物の討伐に出ている。なんでも普段見ない規模で暴れているそうだ」
それを聞いて、ますます私は首をひねってしまう。確かに魔物の脅威は常にあるのだけど、そんなに暴れ出す要素は……無いはずなのよね。偶然か、あるいは……。
と、そんなところに元気よく飛び込んでくるのは猫獣人なミィだ。
「イアちゃん! 大変!」
「どうしたのよ、そんなに慌て……て?」
思わず途中で喋りが止まってしまった私だけど、無理もないと思うのよ。だって、扉の向こうには男女問わず、何人もの魔族や獣人達が列を無し、熱い視線をミィに向けているのだ。
気のせいか、自分にも来ているような……あっ!
「ミィ、もしかして……」
「うん……赤い力の事、しゃべっちゃった……」
いつかしっかり説明しないといけないことではあったけど……ここで? まったく……世の中ってやつは……。
騒ぎに目を丸くするヴァズに向き直り、話があるの外でもいいかしら、と誘って話を聞きたいであろう外の皆にも聞こえるような場所へと移動する。
「ちょっと、頭は上げて頂戴」
「いや、しかし……」
かろうじて言葉を出したのはヴァズだけ。後のみんな、特に魔族たちはほとんどがひれ伏すようにして顔が見えないぐらいになっている。わかってない子供たちが目をキラキラさせて見てくるぐらいだ。
多少省略したけど、自分とミィの力のこと、魔王の力のことを説明した結果がこれだ。
「貴方達が敬うのは初代の魔王であって、私じゃないわ。そうでしょう?」
「うんうん。ミィはミィだから……魔王様って言われても困るもん」
恐らくは外での活動中に危ない時があり、うっかり魔王の力で危険を排除してしまったのだろう。その力は何なのか、と問われて口を滑らしたといったところだろうか。
ミィはもう涙目だ。無理もない、こんな人数に魔王様魔王様と連呼されて気にしないわけがない。
「ね? 私たちは私たちでいたいのよ。上に君臨する王じゃなく、みんなと一緒に生きる仲間でいたいの」
「なるほど、騒がしいと思えばそういうことか」
そんな中にちょうど良くというべきか、間が悪いというべきか戻って来たヴィレル。その顔には面白い物を見つけた、と書いてある。
まったく、お兄様の勇者の力のことは知ってるはずなのだからその笑みはなんだというのか。
本人にはそんなつもりはないかもしれないけど、悪いことを考えていそうで落ち着かないのよね。
「みんな、与えられた平和は長く続かない物だ。彼女たちは力を貸してくれる。それで十分ではないか?
自分たちの未来は自分たちで切り開こうではないか」
「母上……」
母親に正面からそう言われてはヴァズとしても反論が難しいに違いない。なぜなら、自分にそんな実力が無い、助けが無いと何もできない、というに等しい事なのだから。
私達も何も手伝わないとはいわないけど、なんでもかんでも当てにされても困るからね……。
「勿論、戦いとなれば手助けはするわ。その証拠に……」
町の広間で集まっている人々を前に、何もせずに解散させるというのも難しいかなと思った私はミィを手招きし、耳にひそひそと。
私のやりたいことを聞いたミィは驚くも、頷いてくれる。ミィも困ってしまうもんね。
2人して何もない方向、正しくは雲1つ無い空を見上げて両手を突き出す。
何事かと見守ってくる人たちを前にして、2人で高らかに詠唱、そして魔法を撃ち放った。
それはどっちかというと見た目重視の範囲魔法。初代魔王の開発した、両軍を驚かせて動きを止めたいなと思って考え付いたという光と火、風を利用した爆発の魔法だ。
地面に向けて撃てば転がるぐらいには衝撃がくるらしいけど、空へ撃つと火の花が空に咲き、音が響く。
「戦争に使うばかりじゃなく、こういう魔法の使い方が出来る世の中の方が楽しいと思うもの。そのためには私もミィも頑張るわよ?」
戦士も混じっているみんなのことだ。これで色々とわかってくれるはず。いざとなればこういう存在が後ろにいる。それは油断にもなるかもしれないけど、余裕を産むという点でこちらが有利だと思っている。
目論見通り、その後のヴィレルの演説めいた会話によってみんなはそれぞれの仕事に戻っていった。
私たちはほっと息を吐きながらお互いに苦笑しあう。出来れば力を振るう機会は来ないに越したことはない。まあ、来ても何とかなるとは思うわ。魔王2人、それを退けるとしたら……それは……神様ぐらいな物なのだから。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます