141.疑念の先で
ダンドラン側に移ります
『ガウ!』
短い、たった一言。それに込められた言葉と狙いを知る者は……炎の前に消えていた。
魔王の力の転生先であるミィ、その家族として育った火竜であるカーラ。
彼女に食事として魔力や魔法を与えているミィは気が付いていないが、既にこれまでこの世界に誕生した成体の火竜とは色々と別の存在になっている。
例えば……その思考。
「ギャギャ!」
『ッ!!』
無謀にも……彼らとしてはそう感じる状況、つまりは1頭でやってくるという姿に怒りを覚え、四方から襲い掛かるワイバーン。
しかし、そこに来たのは1頭は1頭でも……規格外の1頭であった。
家ほどの大きさのカーラは見た目には強そうには見えない。少なくとも突撃するワイバーンにはそう見えた。しかし、実態はそうではない。
それどころか、どの個体が先に近くにくるかわずかな時間に観察、思考する余裕すらあった。
ほんのわずかに後退し、目の前に突き出てくる一番早かったワイバーンの頭をそのままつかむカーラ。
瞬きの間に小さくないはずのワイバーンの体が大きく形を変え、別のワイバーンを打ち返すような勢いでたたきつけられた。
一瞬にして、その命が刈り取られる。
『ガウウウ!』
咆哮。それは威嚇であり、戦いの宣言であり……炎の中に相手を滅する死の宣告でもあった。
哀れなワイバーンはすぐそこで同胞が骨まで焼かれつくすのを見守るほか、無い。
カーラの狙い通り、あまりの出来事に皆、硬直してしまっているのだ。
対多数に置いて、まずは見せしめのように過剰なまでに殺しぬいて見せる。そんな術を身につけた火竜、それが今のカーラだった。
普段であればこんな頭を使う必要はない。そばにはミィもおり、イアや他の仲間たちもいるのだから。
第一、こんなに火を吹いていては地上を行く味方を巻き込んでしまう。普段は抑制されている火竜としての本能めいた部分が、表に出ている自覚が彼女にはあった。
ワイバーンの死骸を出来るだけ持って帰るとみんな喜ぶ、ということはわかっていてもついやりすぎてしまうのだ。
だけど、それで怒られることはない。怒られるとしたら、勝手に抜け出して1人で戦ってることぐらいか。
だってみんな朝が遅いのがいけないんだ、等と勝手なことを考えながらカーラは今日の自分の決めた数をこなすべく別のワイバーンに狙いを定める。
哀れなワイバーンの命が尽き、残されたワイバーンが幸運をかみしめるのはすぐ後のことだった。
カーラは足にいくつものワイバーンの死骸を抱え、空を舞う。全部は狩りつくさない。なぜなら、この先も素材になってもらわなくてはいけないと知っているから。
そうして短くない時間を飛んでいくと、眼下には家族と同じ大きさの人々が暮らす村や畑があるのがわかる。
ワイバーンの住む領域からそう遠くない場所にも村はあるのだ。人々はワイバーンの恐怖に怯えつつも、住む場所を広げるために必死に生きている。
そのことをカーラの家族であるミィ達は気にしていることを彼女自身、把握しているのだ。
寝床が安全である方がいいに決まっている。そんな気持ちは火竜にだって当たり前のようにあるのだから。
だからこそ、彼女は今日も家族が脅威だと考える相手を取り除くべく、空を舞い、大地に舞い降り、そして敵を打ち砕く。
ついでに少しばかり、褒めてもらえるような獲物を持ちかえればなお良い。
困った顔をしながらも、自分のことを褒めてくれるミィたちがカーラは大好きだった。
恐らくは、自分がみなと違う生き物であることはカーラも悟っている。もしそのことをミィやラディ達が知れば驚きであろうが、カーラは自分という存在が竜であることを自覚しているのだ。
暇があれば話しかけてくるミィやイアのおかげだった。言葉を聞かされ、知識を学んでいくことでカーラは自分という物を学んだのだ。
「カーラちゃん! 今日もお出かけしてきたの? 大丈夫?」
『ガウガウ!』
街の近くの野原に置いたワイバーンを、パンサーケイブに住む人々が運んでいくのを見ながら、ミィの小さな手に撫でられるのを心地よさそうな顔になるカーラ。
大きさで考えればとても十分とは言えないはずだが、それでもカーラにとってミィたち家族に撫でてもらうのは街の知り合いに撫でてもらうのとは全く別物だった。
それが愛情という物だと言葉は知らずともカーラは感じ取っていた。だからこそ、思うのだ。
この家族をいじめる奴がいるなら、自分の全身全霊でもって……迎え撃つと。
それが例え、ワイバーンとの戦いの最中にも感じる遠くの気配の主である別の竜であっても、だ。
相手が高位竜であっても無様に倒れることだけはすまい、そう自分に言い聞かせるカーラを、ミィも、いつのまにかそばに来ていたイアもねぎらうように撫でている。
領土を広げる気配が今のところない西側を保留として、対北方に絞ったヴィレル達。
レイフィルドに渡った兄と、妹のことを心配しつつもミィ達は己のすべきことをするためにパンサーケイブ周辺にとどまっていた。
にわかに遭遇の回数が増えた魔物達の退治を始まりに、初代魔王の結界が消えた理由を探るべく各地の冒険者や関係者に遺跡等の探索を依頼する。時には自分たちで見つかった遺跡らしきものに足を運ぶも、今のところは不発。
『おかしい……目立った石碑や魔力の要になるようなものが見当たらない。そもそもどうやって大地の魔力を吸い上げていたのかしら?』
「海の中にはないし……掘っても何もなかったね」
その日も、机の上に広げた地図をなぞりながら怪しいと思った場所の探索結果が記されていく。そのほとんどは外れであるバツ印。数えるほどの他の印も、そうではないかと思われる、という扱いの三角だ。
丸がついた場所は1つしかない。
その1つは……死の山のふもとにある魔王廟。かつての戦いで、魔王が大地に伏したという伝説の場所だ。
それが真実であることは他でもない、イア自身が知っている。記憶の自分が最後に見た光景が、その場所から見上げたであろう死の山なのだ。
しかし、それでも不思議なことはある。魔王が大陸を覆う結界を張ったのは勇者との戦いの最中、お互いの打ち合う魔法、その干渉による反応すら利用した偶然も重なった結果だ。
それだけの状況で、何も補助らしきものが見つからないというのはおかしい話だった。
そこまで考えて、ふとイアは自分の手を止めて産まれた思考に心を奪われる。
「イアちゃん?」
『え? ああ……なんでもないわ……なんでも』
ただ、その浮かんだ考えを口にするのははばかられた。結界は何か物によって維持されていたのではなく、誰かによって維持されていたのではないか、という考え。
では誰がそんなことが出来るのか?と言われれば答えは1つしかない。初代魔王が……生きているという考えだ。
全くあり得ない考え。そうでなくては予備である自分がここにいる理由がまったくないのだから。
しかし、イアはその考えを捨てることができなかった。謎が多い現状がそんなことをさせたのかもしれない……それでもその考えをなかったことに出来ないほどには、今回の状況には謎が多かった。
結界が消えて得をする相手がまずいないのだ。人間にとっては特があるように見えて、特には無い。
わざわざ海を越えれ魔族の討伐を行うには、相当な理由がいる。それで得られるのは満足感ぐらいな物だった。
では、誰がいったい何のために?
結界の寿命が来た、という身も蓋もない理由を除けば結界をなくす必要のある存在、という物に心当たりが誰も無かった。
あるとしたら、神さまの気まぐれぐらいかしら、等とイアは考え始めていた。
神様にも色々といる。中にはこちらが試練を乗り越えるのを楽しむような気質の神様もいたことを思い出したのだ。
それでも理由にするにはやや、薄い気もしたが、明確な答えは見つけられないまま、警戒の日々が続く。
そしてその日、北側の国境沿いにどこからかワイバーンが飛んできていると報告が飛び込んでくるのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます