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140.少女Aの葛藤

少女な勇者のお話です


 ボクは孤独だった。きっとボク以外の皆も……孤独だったと思う。

 親の顔を知らず、親の愛という物を知らず、家族と言えば同じ孤児院の皆だけ。

 衣食住は満たされているけれど、それは本当の意味では満たされているとは言えなかった。


 心の中にくすぶる何かの気持ち。それが言葉になるにはまだ少し、時間がかかった。


 私、アリスが普通じゃないと知ったのは6歳の頃だった。

 孤児院の食事だけではやはり足りず、ボクより先輩な子たちも院長たちの目を盗んで森へと向かい……そうしてわずかばかりの木の実や食べられるものを確保して戻る日々。危険はないわけじゃあなかった。


 蛇もいれば、獣もいる。中には人間を好んで襲う奴もきっといたんだと思う。

 だけど、その日までは偶然にも……いや、きっと偶然じゃない。


 既にこの時、ボクはきっと神様に見られていたんだ。些細な危険は相手のほうから遠ざかり、ボクは安全に食べ物を手に入れる。それが繰り返されれば、誰だって油断する。

 それを、神様は狙っていたんだ。全部が終わって、新しい自分の人生を送ることが決まった今ならわかる。

 神様はボクが一番絶望し、一番力を欲する時期を狙っていたんだと思う。


 自称正義の神様、ジャルティンの狙いは……物語として語り継がれるような正義の英雄譚だったのだから。


「うわああー!!!」


 その日は、どんよりとした曇り空だったと思う。だって、先輩な男の子の背中から転げ落ちた空は灰色だったから。雨が降る前に少しでも、と誰もが焦りを感じながら森に入り、そして出会ってしまった。

 既にほかの相手との縄張り争いに敗れた後なのだろうか。本来4本あるはずの腕が3本しかない熊の魔物、グリズリーだ。ボクもその時は名前も知らず、ただただ怯えていた。だけどその特徴ある腕の多さは誰もが恐怖を感じるのに十分だったと思う。

 実際、一緒に来ていた子供たちはボク以上に恐怖におびえ、全く動けなかったのだから。


 たまたま一番近くにいた男の子、ビルがその腕に吹き飛ばされ、おもちゃのように地面を転がって初めて……ボクの中に恐怖以外の感情が沸いた。

 人さらいに襲われないように、男の子の格好をして女であることを隠すように言ってくれたのは彼だった。

 それでも男は我慢する生き物だから女のお前は我慢するな!なんていって冬の寒い中でも食事を分けてくれたのも……彼だった。そして、森の中は危ないからと背負ってくれていたのも。

 他にも、みんな互いに助け合い、今を生き、あるかもわからない未来に命をつないでいた。

 それはまるで1つの命の様だった……だから、ボクたちはずっと、孤独だった。


 そんなボク達を、グリズリーは小さく分けようとする。もっと孤独で、みじめで、悲しい気持ちばかりの……ボクたちに。

 許せなかった。許せるはずもなかった。世の中に光の神様がいて、光で照らすというのなら正義の神様はいないのかと。

 こんな……悲しさしかない出来事が許されていいはずがない! そう思った。


 そんな時だ。


 空から、光が飛んできた。小さく、孤児院で使うような包丁ぐらいの小さな、刃。

 地面に音もなく突き刺さり、その刃を陽光に照らす姿はとても不思議な気配を感じた。

 グリズリーにとってはそれは異様な物だったんだと思う。警戒の声を出しながら、じりじりと下がっている。

 呆然と目の前の状況を見つめているボクの視界で動く物がある、ビルだ! 生きている!


─助けなきゃ


 漠然と、それだけを思ったボクはなぜかその不思議な刃を手にしていた。やっぱり小さくて、握る部分も無い危なっかしい失敗作みたいな刃物。

 何故だか、これが破片なんだとわかった。今思えば、それはボクの中にあった力のおかげ。

 己の使う武器の状態を把握するのも力の内だったんだ。


 ぼろきれのような服の裾をさらにぼろぼろにするように引きちぎって簡単に握りの部分を作り、その刃を握った。

 自然と、そうするのが当たり前だと思ったんだ。


 咆哮をあげ、迫ってくるグリズリー。そのままだとやられるだけのはずだったボクは、ぎりぎりでその腕を、爪を回避して巨大なグリズリーの胸元にすべり込むようにして近づいた。

 目の前には分厚い毛皮と肉。そこには大きな傷が見えた。他のグリズリーに負けたんだと思うけど、それでも人間にとっては恐怖の対象である肉体が無防備に思える状態で目の前にある。

 時間にして瞬き数回ぐらい。その間にボクは手にした刃をなんでもないように突き出し、グリズリーの心臓を貫いて絶命させた。


 血まみれの子供たちがなんとかグリズリーを孤児院まで引っ張って帰ってきた時には、子供達がいないことに気が付いて捜索を始めようとしていた院長たちがみんないる時だった。

 その時の皆の顔は今でも忘れられない。そして、全部聞いた後に殴られた時の頭の痛みも。


(ああ……そっか、院長は怒ってくれたんだ。だけど……その時のボクはそれがわからなかった)


 その時のボクは、単純に悔しかった。自分たちの力で生きようとし、やってきた困難をなんとか退けたのに殴られたのだ。そこに院長たちの親代わりとしてのやさしさがあったことなどを感じ取るにはまだまだ子供だったのだ。

 反発するように森に出向くことを繰り返し、獲物を持ち帰っては叱られ、冒険者の真似事をしてお金を稼いでは怒鳴られ、悶々とした日々を過ごした。

 そんなある日、お城の使いだという人がやってきて……ボクの生活は一変した。


 豪華な食事を出され、綺麗な服を着せられ、そして……訓練を受けた。驚きだよね、ボクは王様が外に産ませてしまった子供なんだって。

 しかも、ボクは勇者らしい。この小さな小さな刃が聖剣なんだっていうから驚きだ。

 ボクが強くなれば聖剣も成長する。そんなウソをこの時のボクは信じてしまった。


 信じて……しまった。だから疑わずに日々を過ごした。お勉強もした。光の神様と、他の神様の事。人間の事、魔族の事。そして……ボクが何と戦えばいいのかを。

 幸い、ボクの勇者の力は本物らしかった。小剣に鍛え直された聖剣を手に叫べば青い光が高揚感と一緒に立ち昇る。そうなったボクは無敵だった。お城の兵士も、魔物も、みんなボクに負ける。

 幸せだった。凍えることも無く、戦えば戦っただけ感謝され……認められた。

 王様……お父さんもそんなボクが誇りだと褒めてくれた。


 嬉しかった……あの日までは。


 人間の宿敵だと教わった魔族を滅ぼすため、まずはドワーフの国を攻めなくちゃいけない。そんな話をボクは疑うことなく、そういう物なんだと思いながら聞いていた。

 ボクが出るまでもない、なんて言っていた隊長は負けて帰ってきてどこかに行ってしまった。

 次はボクが……というところで協力してくれるはずの国々が反発しだした。

 この戦いに光の神のご加護があるのか、といっているようだった。


 あるに決まっている。勇者のボクが……いるのだから。


 あの日のように、雨の降りそうなどんよりとした曇り空の下、ボクは逆らう相手に神様の教えを伝るべく、青い光を空に放った。そして、それが合図だったかのように……あの人が来たんだ。


 最初は何がなんだかわからなかった。誰も教えてくれなかったんだ。勇者が1人じゃないなんて。

 ボクよりずっと背の高い、大人の男性。あまり外には出していないようだけど、ボクの目には相手はまるで竜が人間の大きさに小さくなっているかのような力を感じたんだ。

 そしてそれは間違っていなかった。ボクは風に飛ばされるように吹き飛ばされ、無様に物資の中に転がりぶつかる。

 頑張って立ち上がり、また立ち向かうけど……無駄。


 ついにはボクがボクである理由を否定された。ボクが害した相手にも家族がいて、これからもそんな相手と戦うんだと。そこに正義が……あるのかと。

 答えられなかったボクを逃がさないようにつかんだ相手は……ボクよりももっと強い青い光を身にまとい、ボクの意識を刈り取ったんだ。







「アリス、時間ですよ」


「うん。準備はできてるよ……ベルネット司祭」


 ボクは今、教会にいる。正確には、教会の総本山……かな。

 あの日、思いっきり負けて、すっきりした日から2週間。

 彼の……本当の勇者の勧めもあってボクはベルネット司祭のお世話になっていた。

 

 よくわからないけど、偉い人になった司祭の護衛兼弟子、という形でボクは王都に戻っていた。

 最初は視線が厳しかったけれど、ベルネット司祭がボクたちもまた被害者なのだと1人1人を説得してくれたそうで、今は厳しくされることはない。


 その代わりに、ボクは教会の中庭で訓練の日々だ。教えを正しく覚え直し、力無き人々を守り、導く。

 みんなの思う、本当の勇者になるために。


 正直、荷が重いような気が今はする。ずっと葛藤を抱えたままのボクでいいのだろうか、と。

 だけど、そんなボクに司祭は笑って言った。


「アリス。強さとは優しさですよ。悲しみと、優しくされないことの辛さを知っている貴女なら……できます」


 司祭お得意の、言葉遊び。だけどその時はすんなりボクの中に言葉が収まった気がした。

 がんばろう……その思いを、空に捧げた。空はあの日と違い、青く澄んでいた。勇者の光よりも、もっと青く……。

え、こっちのほうが勇者みたい? 気のせいです!


ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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