139.大人がやるべきこと
気絶した勇者な少女を抱えた俺を、教主は青白さを通り越してそのまま死ぬんじゃないかと思うような顔色で見てくる。
否、視線をそらすことを許さないように気迫を向けているのだ。その気迫に当てられてか王も目を覚ましている。
俺も人の事が言えるほど、立派な大人かというと考える部分があるが……少なくとも目の前の2人には罪がある。
何も知らない子供を洗脳のように考えを誘導し、ある意味ゆがませて育ててしまった。
俺がこの大陸を出たのはほんの1、2年の事。でもこの少女がこんな風に育っているということはよほど前から考え、実行していたのだろう。
俺という失敗を踏まえ、自分たちに都合のいい勇者という物を作り出すことを。
「アルフィア王。俺はあなたには同情すべき面もあるとは思っている。人間の国の頭として、国を守り、民を守り、そして未来を……そう思えば多少の犠牲が出るのは仕方のない部分もあるだろうというのはわかるからな。ただ……彼女を娘として扱うのなら、勇者という立場につけるべきではなかった……」
「ああああ……ラディ……」
ぎりぎり意識を保ち、震えながらも声を出せるのは偶然か、それだけの気持ちでこの戦いに挑んでいたのか。それはわからない……が、もう遅い。
既に周囲にも、他の国にもアルフィア王国のしたこと、王が狙っていたことはわかってしまっている。
ここで生き残っても、失脚は免れないだろう。
きれいごとだけでは国は回らない。それ自体はどこでも一緒だ。だけど……彼は取るべき道を間違えた。
だからこそ、俺は恐怖を刻み付ける。そんな暗い部分は、大人がやるべきだと。
問題は、教主のほうだった。
今も手には儀式の際に使っていた錫杖を血が出るほどに握りしめ、俺を親の仇以上に睨んでいる。
口からはあぶくが漏れ、正気を保っているのかどうかも疑わしい。
彼には、言うべきことが山ほどあるが……意外と目の前にすると言葉がないものだ。
「光の神は、答えをくれたか?」
ただそれだけを言って、俺は頭上にベルネット司祭が得意にする光の灯りを生み出す。ただ夜に役に立つだけの光の玉。だけどそれは俺が今も光の神に祈りを捧げ、ラエラがそれに答えてくれる証でもある。
すなわち、この国の教えである宗教の決まりから言えば、光の加護を受けられるものは邪悪ではない、その証明であった。
「何故、何故だ! 魔王がお前の妹の中にいるとラエラ様が確かにおっしゃったはずだ!」
「それと俺が邪悪であること……そして、今の貴方が光の加護を受けられないのとは別の話だと思うが?」
ざわりと、周囲に残っていた兵士達に騒動が広がる。俺の言葉に、教主はぴしりと石化でもしたかのように固まった。
それだけの強い言葉を俺が口にしたのだから仕方がないだろうな。
そう、今の教主は光の魔法を扱えない。既に、彼の祈りはラエラに届いていないのだ。生き物がいれば、互いに争う場合があるのは悲しいことに不可避のことだ。それはラエラも知っているし、ずっと見てきた。
だけれども、それを了承しているわけではないのだ。元々の教えは光の神の名のもとに、平和に暮らせる世の中にするべく尽力する人同士の協力の輪、それを作り、導くための物だった。
しかし、いつからか人間はそれをゆがめていた。人間が平和に暮らせる世の中にする、と勘違いし始めたのだ。
ラエラは憂い、何度も信託や夢見として意思を伝えようとしたに違いない。ただそれは不幸にも、受ける人間によって解釈は大きく分かれた。獣人や他の亜人も人間と同じものとして共存を可とするベルネット司祭のような人間は異端となり、教主のような人間至上主義とでもいうべき考えが主流となった。
選ばれた存在、というのは気持ちが良いものだ。俺もまた、気を付けなければいけないと自戒する部分でもある。
いずれにせよ、そうして教えを曲解していった人間の祈りはラエラにとって……不快だ。だから、力は貸せなくなっていく。
それを彼らは、獣人や魔族による穢れが神の力をそいだ、等と考えるようになってしまったのだ。
無理もない……というには自分勝手すぎる解釈だった。
そうしてそれが行きついた結果が、今目の前にある。
「何を……」
「嘘だと思うなら使ってみるといい。攻撃じゃなくていい、同じ灯りでもいい。さあ!」
震える手で錫杖を握りしめ、ぶつぶつと祈りの句を唱える教主。しかし、その体から魔力は正しく出ていかない。祈りの先に、届かなかったからだ。
周囲のざわめきは大きくなっていく。それはそうだろう。光の魔法による灯りは素質があれば子供でも簡単に祈りが届くような初歩も初歩。それが教会の頂点であるはずの教主が使えないとなれば、全ては明らかだ。
その事実が、波のように周囲の兵士、そしてその周囲の人々へと伝わっていく。ルリアが上手くやったのか、いつの間にかアルフィア王国軍と、南方の国軍とのにらみ合いはあってないような状況となっているようだった。
誰もが、目の前で起きたことを口にし、それが伝わっていく。
教主の、教会関係者として終わりの瞬間だった。
王や教主がこの後どうなるかは知らない。王は失脚したとして、子供の中から王が選ばれるのか、宰相等の立場の人間が代行するのかはわからない。
ただ、教主だけはそれこそ石を投げつけられても不思議ではない状況だった。
いつの間にか歩いてきたルリアに頷き、俺はため息1つ、少女の持っていた聖剣を手に、声を張り上げた。
細かい話は置いておいて戦争の終結と、代表者による話し合いを行うこと、それ以外の面々の解散と帰還、それだけを勇者の名のもとに叫んだ。
最初は何がなんだかという様子だったどちらの兵士達も、正気に返った者たちからぞろぞろと武器を手に、仲間に肩を貸しながら自分たちの故郷へと戻っていくようだった。
後に残されたのは俺たちと、王、そして教主。他に軍人らしき人らと教会関係者であろう服を着た神官たち。
この後を考えると頭が痛いが、何もせずに消えるという訳にもいかないだろう。
ざっくりとしながらも今後のことを話し合い、ひとまずアルフィア王は帰還の後、私欲で戦争を引き起こしたことを認め、退位することが決まった。後任にはひとまず他の役職たちが代行となるそうである。
そして教主だが、半ば正気を失ってしまっているということで幽閉のような形で隠居となるようだった。
後味が良くない結末ではあるが、それだけのことをしてきたと思うほかはない。
俺はまだやることがあるからと、人間の勇者に戻ることは辞退した。苦情は出なかった……まあ、それを言える人は誰もいないわけだが。
懸念事項だった勇者な少女だが、ベルネット司祭預かりとしてもらった。
司祭ならば正直、安心できる人選だ。ついでに司祭は教主代理として中央に返り咲くことが決まる。
本人は嫌そうだったが、勇者候補の子供たちを導けるのは彼しかいない、と俺がこっそり根回しした結果だ。
後から司祭には少々嫌味ごとを言われたが、本人は楽しそうだ。
国内には今すぐ仲良くなれとは言わないが、獣人への差別的な行動は禁じる知らせが出ることになった。
魔族に対しては……正直今すぐは無理だった。それでも前よりは目に見える扱いは変わっていくだろうと思われた。
しばらくは混乱が続き、獣人達からの不満も出るだろうけど、頑張って変わっていくしかないと思う。
「厄介事だけは作るのが上手になってからに」
「師匠の教えがいいんですよ」
季節が次に廻りそうになるほどの時間の後、俺達はレイフィルドを立つことになった。
もっと早く戻れたらよかったのだが、色々と無視するには難しい出来事が多すぎた。
こうして師匠たちと別れを告げるのは寂しいところもあるけど、これが最後という訳じゃないと思って我慢する。
こんな掛け合いもひとまず終わりだ。
「じゃあね、ばいばい」
「また落ち着いたら来るよ」
まだドワーフたちとの賠償だとかの話は残っているけど、そこまでは俺がかかわっても意味がないところだ。
そうして俺達は、再びレイフィルドとダンドランの間にある海に身を躍らせた。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます