136.戦場のそばへ
俺は夜の闇をひた走る。背中には小さなエルフの少女、ルリアを背負って。今日は月も目を細めている。ほとんど地面を照らしていないと言っていい。
こんな中、明かりも点けずに出歩いている奴がいるとしたら自殺願望のある人間か、後ろめたいことを考えている奴ぐらいなものだ。
まあ、俺達はそのどちらでもないわけだが……見つかったら良くないという点では後ろめたいと言えるのかな?
「にーに。前の方に何かいる」
「ん……ああ、亡霊の類だ……なぜかダンドランでは見ないんだよな、ああいうの」
ゆらゆらと、月の魔力を受けて街道に動く白い影。人間か、獣か、あるいは魔物や魔族かはわからないが未練ある死に方をした者の魂の叫びが魔力を残して土地に残った物だ。中には意識を持ち喋るやつもいるらしいが大体はろくなことをせず、襲い掛かるばかりだ。
今もまた、こちらを見るなり遠くから音もなく接近して襲い掛かって来たので遠慮なく竜牙剣に魔力を軽く込めて切り裂いた。さすがにあんな怨嗟の顔で襲い掛かられてはしゃべるという訳にもいかない。
「戦争になるとああいうのが増えるの?」
「たぶんな。生きたい、死にたくないっていうのが多いからな」
再び地面を蹴り、目撃した者からは夢に違いないと思われそうな速度で夜の道を駆ける。途中いくつもの村、町と見つけるが迂回する形で進む。さすがに街中を飛んでいくのは少しな。
(南の大国は2つ。それ以外にもいくつか中規模な国はあるはずだ。パラケルンにいったということは全部を通過したはずだが……)
なおも進みながら、師匠の言葉を思い出す。バルト師匠と俺が出会ったのはとある山の中だった。
レイフィルドの東にある島国から流れ着いたという剣士で、ちょうど熊を仕留めて内臓の処理をしているところに俺が出くわしたのだ。その後、なんだかんだあって師匠と弟子のような関係となったわけだが……逆に言うと世間に出てくるような類の人ではなかったはずだった。
「なんで山から出て来てる上に色々知ってるのか? 偶然だ偶然」
俺の指摘に、疲れた様子で椅子にもたれかかりながら師匠は語った。俺と会わなくなってからの生活を。一言で言えば、自由気まま、であったそうだ。
さすがに裸では過ごせないので適当に討伐の依頼をこなしては日銭を稼ぎ、日々強者を求めて山をさすらう。
自然と知る人ぞ知る、という状態になっていたのかある日、来客があったそうである。
護衛に囲まれた明らかに教会関係者だった。今思えばあれは教主かその直属ってとこだろうなということだったが、話の中身は俺にとっても無関係ではない。彼らは師匠に、新しい勇者を生み出す手助けをするように要請して来た。
笑えることに、彼らは俺が師匠と出会っていることは知らなかったらしく、ただ単に見事な武人がいるという話を聞いてきたのだという。
俺のことは隠して、師匠は勇者ならいるはずではないのか?等とすっとぼけ、相手の様子を伺ったのだそうだ。
─勇者が一人ではいけないという決まりはどこにもありますまい。
それが相手の答えだったという。最初から最後まで気に入らない話ばかりだったため、師匠はその誘いを断り、彼らは帰っていったという。
「まあ、自分も人間だったということだ。どうにも気になって街に出て話を集めるとお前さんは前ほどに人間同士の戦争や滅ぼすような作戦には参加していないというではないか。勇者は優しいから、等と街の皆は言っておったが、すぐにわかった。お前さんが何も知らずに戦っていた自分を気にしだしたのだとな」
俺にとっては少々悔しい気持ちのある時期の事だ。物事を疑わず、言われるままに戦っていた時期。ミィや司祭、そして師匠たちと出会って過ごすうち、その考えも変わって殺戮のようなことは出来なくなった。
それがアルフィア王や教会関係者は気に入らなかったのだろう。俺が人間と他の種族を同列に考え始めたわけだからな。
「探った限りではまだ素質のありそうな子供を赤子の内から集め、育てているということぐらいだ。
その時は少し偏っているが、外道と断じるほどの状況ではなかった……今思えば、その時に斬っておくべきだったかのう……。
奴らは勇者を作り出したのだ。疑わず、純粋に人間と、奴らの言う光の神の名のもとに神敵を討つという手段としてな」
自然と、俺の手にも力が入る。一体何人の子供がそれまでに犠牲となり、不要と判断されたのだろうか?
聞いている限りでは、優しい心が少しでもあれば、あるいは疑えばそれは終わりの合図だろう。
最後に残るのは、それは人間の形をした別の何かだ。その子が不憫で仕方がない。
「少し前、風の噂に青い光が空から射したというのがある。恐らく、出来上がってる。それらしい相手に出会ったら、相手を斬るかどうかは別として油断するな」
真剣な表情の師匠に頷き返し、俺はルリアを連れて相手がいるという南へと新たに旅立った。
いくつもの村、町、そして街道をひた走り、俺達はアルフィア国の南の国境沿いに来ていた。そうしてそのまま大陸の南側の国に足を踏み入れる。
南の大国の1つ、コルナ。パラケルンほどではないが火山を抱え、その山が吠える時に備えて国全体が常に警戒をしているという国だ。そのためには手段はあまり選ばないことで有名で、ドワーフとの交易も彼らは進んで行っている。
火山地帯以外を開墾し、国を富めさせればいざという時にも被害が抑えられる、そういう考えだ。
名も知らない街にたどり着いたとき、雨が降っていた。
「にーに、びしょびしょする」
「そうだな……この雨じゃ軍も動かないだろうな……」
幸いにも、事前にかぶっておいたローブは水をはじくようにしてあるので体が濡れることはないが、足元は一気にぬかるんだために少々ひどいことになっている。
ルリアは背丈が低い分、脛や膝まで泥が跳ねてくるのだ。
灯りの灯る酒場兼宿屋のような建物へと入ると、既にそこはお客でにぎわっていた。
「いらっしゃい。ああ、そっちの水桶から好きに使ってくれ。注文はその後で聞くよ」
「助かる」
商売がうまいのか、本人の気がいいのか、用意されていた水を2人して使い、泥を落とすとほっと息をつくことができた。
ゆっくりとローブをどけると、主人と近くにいた男達の表情が少し変わった気がした。ルリアがきゅっと腕を握ってくるが俺は心配していなかった。彼らの視線に怒りや恐れといったものが無かったからだ。
「……悪いことは言わない。早めに街から離れることだ。俺達は良いが、北の兵士は亜人嫌いだからな」
「やはりか。嫌な視線が来るなとは思っていたんだ」
適当に温かい物をと頼み、出されてきたスープに口を付けながら助言を口にしてくる男に頷く。
ルリアは両手で器を抱え、熱いのか冷やしている姿が可愛らしい。ミィ達は元気だろうか?
「この辺はまだいいんだがな、下手に南東の方にいくと軍隊とかち合うかもしれん。もっとも、あんたらが戦えて味方したいというのなら別だが」
「どういうことだ?」
思ったのとは違う向きに話が動き始めていることに気が付き、俺は座り直して男を見た。よく見ると腰には剣を下げ、身に着けている物も戦士のそれだ。傭兵か冒険者の類だろうか。
いつの間にか周囲の他の男達もこちらを向き、話に加わってくることになる。
彼らの話によると、アルフィア王国は他の国と今、かなりもめている。教主を抱くアルフィアだが、それは別に大陸の主、という意味ではないと他の国は考えている。ところがアルフィア王はそうではない。国教であり、同じ考えを信じている国々であれば教主様が最上であり、すなわちその存在を抱くアルフィアが一番、ということなのだそうだ。
一度は、軍を通すだけでいいという話で押し切られ、渋々と通過を認めた南の国たちだったが、進軍先が魔族領ではなく、ドワーフ領だと知って話が違う、と反発を産んだらしい。
それは南側全体を巻き込んだ騒動となっているのだそうだ。
「最初は話し合いで、それもダメになって小競り合いがいつの間にか起きてよ……ありゃあそのうち……」
「お、おい。あれ!」
窓際にいた男が叫びながら外を指さす。誰もが窓に駆け寄り、そして空を見上げ……絶句した。
遥か南東方面の空に、青い光が立ち上っていた。
勇者の……光だ。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます