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135.人生の師匠



「違うって、話を聞いてくれ!」


「久しぶりに弟子が目の前に現れたと思えば、こんな……こんな非道を!」


 襲い掛かってきたのは師事していた時よりも歳を取り白髪も混じっているように見える男、俺が勇者時代に戦いを学んだ東の島国出身の武芸者である人間、バルト師匠だ。

 鍛え抜かれたがゆえに余分な脂肪は無く、引き締まった体。獣の動きも取り入れたと言っていたその実力は初見では見て追うのも困難なほど。伸ばした髪を後ろで縛り、何かの尻尾のように揺れるのが特徴と言えば特徴。しかし、それをまじまじと見る余裕は俺にはない。

 恐らくは数打ちであろう鉄剣だが、刃が明確な殺気を備えて首元に迫っていた。

 慌てて回避するも、それすら予期していたであろう動きで逃げた先にまるで意思を持っているかのように滑らかに剣先が襲ってくる。


「ちょ!? 本気ですよね!?」


「刃は命を奪う物。ならば一度抜けばそのために振るう物よ! 当然であろう!」


 昔からどこか思い込みが激しいところがあり、俺の身の上にひどく同情し、自分のすべてを教えてやる!等と熱く鍛えてくれた師匠である。

 もっとも、俺自身は全てを教わる前に勇者としてあちこちに転戦することになり最後まで教われなかったのだが……。

 というか、よくわかったな。今の俺は当時の倍ぐらいの年齢のはずだ。


「何故分かったという顔だな? 当然よ、貴様の勇者の力知らぬと思うたか!

 隠していても伝わってくるぞ! だというのにこんな獣人をさらうような……んん?」


 ぴたりと止まったバルト師匠。その視線は檻の中に向いている。正確には先ほどからこちらに飛び出す機会をうかがっていたルリアを、だろうか。


「にーに!」


 腰もとに飛び込んでくるルリア。そのまま右手を師匠に突き出して魔力の展開が始まるのがわかる。

 慌ててそれを止めようとするがルリアも素人ではない。簡単な魔法なら杖なし、詠唱なしでも容易に実行可能でそれは手のひらに産まれた力が証明していた。


「うそ……なんで?」


 だがそれは相手に危害を加えることはなかった。迫る魔力弾を、師匠はただの鉄剣で切り裂いて見せたのだ。

 師匠の得意技、魔力刃。消耗は非常に少ないが、剣技の鋭さと相まって大体の魔法を斬れると豪語していた技の1つだ。


「単発の魔法は見極められやすいのだよ、お嬢さん……待て、ラディ。貴様、妹は獣人の子だと言っていたではないか。この子はエルフ……まさか、先の妹に飽きて新しい幼子をかどわかしたか!」


「誤解だーーー!!!」


 再び構えられた師匠の剣から漏れる殺気に俺は全身全霊でそう叫んだ。


(あれ……ここには獣人の売買組織があるかもって来たんじゃなかったか……?)








 結局、誤解を解くことができたのは出会いから半刻は経過した後だった。勇者の力を使う訳にもいかず、竜牙剣で切り付けることも出来ずに体術で避けるだけの戦いは何度も危ないところがあった。

 さすがに当時の俺を魔法抜きならぼこぼこに出来る実力を持った師匠である。多少歳をとったようだけどその力は衰えていない。

 俺はそんな彼と今、鉱山の入り口近くにある小屋の中にいた。同じ部屋には人間が数名。そして獣人も1人。


 状況からして彼らが鉱山の管理者で、獣人を買い取っている人たちということになるのだが……。


「この方法が最善とは思っていませんがね。表立って獣人保護をうたう訳にも行かず……」


「それで獣人を買い取って鉱山で働かせるという話を流してるわけか……」


 嘘を言ってるようには見えないし、ルリアが否定しないところを見ると、間違いないだろう。

 彼らはこの鉱山での作業者としての人手を獣人に求め、能力の高い彼らなら老いも若きも関係なく働けるという名目を使って全員買い取る形を取っていたとのこと。

 実際、ここに残って作業をする獣人も多く、鉱山としては順調な収益を上げているそうだ。


「きつい労働を人間はやろうとはせん。あがりを納めておけば目こぼしされるというものだ。

 ついでにいつのまにか獣人の数は減るために補充も必要、というわけだ」


「お舟でダンドランに旅立ってるんだね」


 そう、彼らは収益の一部を使って船を用意し、それに希望者を乗せてダンドランへと送り出していたのだ。

 海流の都合で、海魔に遭遇しなければダンドランにここから渡るのはそう難しい話ではない。

 季節にさえ注意すれば、十分割に合う選択なのだろう。少なくとも、このレイフィルドで迫害の日々を送るよりは……。


 もちろん、獣人達が皆無事にここへと運ばれるわけではない。抵抗し、家族と生き別れになったり、不幸にも殺された獣人はきっといる。それは師匠や鉱山を管理する形の目の前の男達もよくわかっている。

 それでも彼らの行動が多くの獣人を救い、それを聞いてやってきた魔族ですら一緒に送り出しているのだ。


「でもどうして魔族まで送り出しているんだ? その……人間なのに」


「答えは簡単さ。ほら」


 そういって1人の男が自らの腕を布で拭うと、そこは先ほどまでと違うやや青い肌が……。

 思わず俺は彼の腕をつかみ、まじまじと見つめてしまう。薄めではあるが、明らかに人間の肌ではない。

 状況が示すのはただ1つ、彼らは……。


「そう、人間と魔族のあいの子なのさ。表向きは人間で通してるけどね」


 彼がこの場所にたどり着くまでに味わったであろう苦労を考えると、軽々と返事をすることはできなかった。

 それは横にいたルリアも同じようで、なんとも言えない表情で座ったままだ。


「これこれ、子供にこんな顔をさせる話はそのぐらいにしておけ。それにしてもだ、ラディよ」


「なんでしょう、師匠」


 懐かしいなと感じながら、子供時代を思い出すようにして師匠の方を向くと、瞬きの間に頭に何かがたたきつけられた。

 硬い音、ただの木の棒のようだけど妙に痛い。


「こんのばかもんが! なんでこっちにきた!」


「急に何ですか!」


 怒鳴り声に思わずこちらも大きな声で返すが、向けられた瞳の強さに動きを止める。これは師匠がいつも俺のためにと怒る時の瞳だ。まったく、変わっていない。


「いなくなったと思えばこんな場所に。恐らくは最近の戦争の噂を聞きつけてきたのだろうが……ならばなぜ戦地にまっすぐ行かぬ! 大事の前の小事に捕らわれ、その間に取り返しのつかないことがおきたらばどうする!」


「うっ……そ、それは……」


 まさしく、俺が懸念しつつも目の前のことを見逃せなかったことを指摘され、口ごもる。

 そうなのだ。こうしてる間に教主率いる軍団や別の何かがドワーフの国に再度攻め入ったり、ダンドランへと遠征でも始めていたら100人どころではない被害が出ていただろう。


 ルリアが一緒だったから、なんてのはただの言い訳だ。判断するのは……俺だ。


「気持ちはわからんでもないが、結局今回は何もしなくてもそいつらから買い取るか、渋るようなら闇に消えてもらって獣人達は助かった。その間に2人はより遠くまで進めたであろう。まあ、後だからこそ言えることではあるが……」


「にーにをいじめないで! 私がお願いしたからなの! だから……!」


 渋い顔をする師匠の前にルリアが立ちふさがり、腕を前に組んで必死な声で訴えている。

 その勢いに後ろで聞いている俺は元より、師匠も思わず押されている。


「……まあ、見捨てないという選択を取れるからこそお前さんは勇者だったな。大丈夫だ、お嬢さん……ルリアだったかの? 師匠と弟子の挨拶みたいなものさ。人は両手でつかめる物しか救えない、それだけは覚えておくのだよ」


「そうなの? じゃあにーには大丈夫。私もいるし、ミィちゃんもイアちゃんもいる。カーラもいるの。

 それでも足りないなら……手を増やすよ!」


 そういって、ルリアは何やら詠唱したかと思うとその体から魔力で出来た半透明の腕を6本近く生やして妙な踊りを踊って見せる。

 その不思議な光景に、誰もがぽかーんとし、その後笑いが満ちた。


 ひとしきり笑った後、師匠はこちらを向いて真剣な顔となる。


「止めるのであれば教主だけでは無理だろう。聞いているな? 奴らの元にいる新たな青い光を」


「ええ。でもここに聖剣はある。ではその光は……?」


 俺の問いかけに、師匠は沈黙し、何事かを考え始める。長いような短いような時間の後、ようやくその顔が上がった。


「人造勇者計画。ラディ、お前さんが獣人の子を優先し始めたころから奴らは自分たちに都合のいい勇者を一から作り上げるつもりだったのさ」


 その言葉は、狭い小屋に妙に響いた気がした。自然と、そばにあったルリアの手を握りしめてしまう。

 師匠から語られる内容、それは人間の罪深さを感じる物だった。


ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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