134.最善の無い世の中
「悪いな、エルフの兄ちゃんよ。売るわけにはいかないんだわ」
「ふむ? ではなぜこちらに来たのだ? 何か売り物でもあるからではないのか?」
じりじりと、男達がこちらに迫ってくる。並の人間であればそれだけでへたり込むであろう状況だ。
まあ、竜の気配と比べればそよ風もいいところだが……それはルリアも同じだった。感じる気配に自信を取り戻したのか、今はわざと震えて弱気な様子を作り出しているように見えた。
森の中でたまたま獣人を檻に入れて運ぶ彼らを見つけ、偶然を装って買取を持ちかけたが何をどう思ったのか彼らはそれを一度断った。その後こうして俺達の前に現れたということは……。
「違うな。兄ちゃんが悪いんだぜ? あんな無造作に大金を出してよ。あんなのは……」
「襲ってくださいと言わんばかりだったか?」
俺はがらりと口調を変え、相手を小ばかにしたようにそう言い放った。きょとんとした相手が動き出すより早く、俺とルリア2人して影に潜む神様に祈りを捧げる。それは非常に簡単な魔法。
陰から手が伸び、生き物をつかみ取る初歩的な魔法だ。だがそれは知らなければただの恐怖に満ちた現象でしかない。
その証拠に、男達は突然足元に沸いた気配と、自らの両足を掴まれるという感触に驚いて下を向いてしまう。
そうなってしまえば、もう彼らには何もできない。
下を向いた隙に、続けての魔法が彼らを襲う。ルリアが一番得意とする森の木々と神様に呼びかける魔法だ。
ツルのような物が周囲から伸び、野盗たちの死角から襲い掛かったかと思うと縛り上げられる男達。
あちこちで悲鳴が上がり、すぐに拘束された男たちの集団が出来上がった。
「手前!」
「質問がある。答えるなら俺が殺すのはやめにしてやる。答えないなら……他の奴に聞こう」
見せしめに誰かを傷つけることも考えたが、ルリアの気分が悪くなっても困るので近くの大木へ向けて無造作に竜牙剣を振り抜いた。
音もなく剣閃が走ると一抱えほどの木が両断され、音を立てて森に倒れる。後で木には謝っておかないといけないな。
「な、なにを聞きたいんだ」
「なあに、簡単なことさ。あの獣人達をどこに売るつもりなのかといったことだ」
拍子抜けしそうになるほどあっさりと男達は獣人を連れていく先を吐いた。ここから数日もしないところにある川沿いの鉱山だということだ。
歳や性別に関わらず、人数に応じてお金を出してくるということだった。にわかには信じられない話だ。
鉱山でこき使うのであれば若い方が良いに決まっている……が、彼らの話によれば老人でも赤ん坊でも1人は1人、という扱いをされたそうだ。しかも、けが人も病人も関係なく……例外は新しい傷がある場合には減額という妙な内容だった。
まるで、状況問わずに獣人達を丁寧に運んでくることを推奨してくるような謎の条件。
一見すると獣人に出稼ぎをあっせんする業者のようですらある。
(どういうことだ……? 普通に買い集めてるわけじゃ……ふむ)
ただの獣人売買というわけではないようだった。そのことが分かっただけでも十分だろう。
「お前たちの仲間はこれで全部か?」
「あ、ああ。人数が重要だからな。一人も逃がさないようにこっちも数を集めないといけない。
なあ、これで話すことは話しただろう?」
自分も先ほどの木のように両断されるかもしれない、という恐怖からか妙に饒舌な男が命乞いを始めた。
正直、生かしておく理由もないのだが、かといって解放というのも問題がある。街道ということもあり、時には兵士の巡回なんてものもあるだろうから……。
「ああ、俺たちが殺すのは無しだ。ただ、解放もしない」
「何!? くそっ、なんだこれ」
男達の足元が沈むように下がっていき下半身が土に埋もれていく。砂浜に埋めたような姿の男が人数分出来上がった。腕も大体が土の中で、出そうとして出せる物でもない。
「じゃあな。運が良ければ生き残れるだろう。まあ、牢屋のほうが死なない分いいんじゃないか?」
俺はわめく男達をルリアと一緒に見下ろしながら言い切った。
そのまま背中を彼らに向け、2人して歩き出す。聞こえる罵声は全て無視だ。あのまま騒いでいれば勝手に獣か魔物を呼び寄せることだろう。
「怪我や病気の奴がいたら先に言ってくれ」
男の言葉は本当だったようで、檻と馬車には護衛が1人もいなかった。どうやらすぐに俺達をどうにかして戻ってくる予定だったようだ。
脱出や反逆をされないようと手錠をかけられ、多くが魔法も唱えにくいように布が口にはめられている。
疲れ切った姿であったが、幸いにも重傷者はいないようだった。ルリアと手分けして応急処置を施し、影袋から携帯食料や水といったものを取り出して食事にしてもらった。
「まさかエルフに助けてもらえるとは……」
「気まぐれだ。それ以上ではないさ。助かったところを悪いが、お前たちにはこのまま檻に入ってやってもらいたいことがある」
獣人たちの視線が一斉に集まる。何をされるのかと恐怖する者、逆に俺がしようとすることをなんとなくか予想して笑みを浮かべる者と様々だ。そんな彼らを見渡し、俺は告げた。
「このままお前たちが売られる予定だった鉱山へ向かい、本当に買い取って酷使しているようなら、彼らごと解放する。
だが、もしも……そうではなかったら、その時に考えようと思う」
獣人達の返事は……肯定。家族や仲間を重視する獣人らしい返事に俺もルリアも微笑む。そうして、謎の鉱山へ向かうことが決まったのだった。
ルリアにはフード付きのローブのような物を被ってもらい、耳を隠して檻の中に入ってもらった。
獣人の皆に囲んでもらえればまさか彼女がエルフだとはすぐにはわかるまい。俺は1人、手綱を操って馬を進める。
寒くないように毛布の類も出しておき、ちょっとお尻の痛い旅路という時間を過ごしてもらうことになったが、獣人達の顔に悲壮感は無かった。話を聞くと、むしろ食事も十分に食べられる今の方がほっとできるというありさまだった。
俺の出したのは影袋に仕舞っておいたただの干し肉であったり、作り置きのパンだったりと質素な物ばかりだ。
それなのに彼らはそれですらごちそうだと喜んでいる。そして夜も俺たちの張った障壁で獣は近づかず、平和な夜を過ごせて感謝している、等と言われる始末だ。
レイフィルドでの獣人の扱いのひどさがここまでになっているとは思ってもいなかった。たった1年か2年、それなのに……だ。一体何があったのか……。
「そいつは簡単さ。なんでも教主様とやらを獣人の1人が襲ったそうだ。家族を殺され、村ごと奴隷のようにこき使われることになったかららしいが……視察に来ていた教主へと飛びかかって傷を負わせたんだとさ。それで怒り狂って……とそんなところだ。俺も聞いた話だがな」
「ここでも教主……か。まったく……」
一番元気そうな若い男の獣人の言葉に、俺は空を見上げてため息を漏らす。同時に、このまま隠すのもどうかなと思い始めていた。
ルリアを見ると、静かに頷きを返してくる。どうせエルフが売りに行くというのも不自然だしな……。
「ん、何を……お、おい……!」
「その子は正真正銘本物だがな。俺はエルフじゃないんだ」
勇者時代と比べ、髪の毛も伸ばし放題だし髭も最近剃っていない。直接俺を知ってる人でなければ見分けがつかないかもしれないな。
この、人間の姿を見て勇者ラディだと思う人は関係者しかいない。今から行く鉱山ならばれることもあるまい。
獣人達は一時ざわめきに包まれるが、すぐにそれも収まる。人間にだっていろいろいる、そんなことを当たり前のように言われた俺は一瞬呆け、そして笑うことになった。
そして順調な旅路は終わりを迎える。
視線の先には鉱山であろう山、そしてその麓にある大きな穴が複数。きっと掘った坑道なのだろう。
その近くにあるいくつかの建物は山を掘る人員の宿舎なりそう言った場所か……。
俺は出来るだけ汚れた格好をし、獣人達にも辛い旅を経験したという感じであちこち汚れてもらっている。
これでここまで運んできたことを偽装できればいいのだが……。こちらに気が付いて出てきた数名の人間を前に、どう話し始めた物かを思案する。
そんな時だ。
「外道に落ちたか! 愚か者めが!」
どこからか、聞き覚えのある声が響き、目の前に壮年の男性が飛び降りてきた。
その手には数打ちであろう武骨な鉄剣、古ぼけた革鎧は相手の経験を感じさせる。眼光は鋭く、それだけで獣なら気絶しそうなほどだ。
「!? 師匠!?」
「問答無用!」
唐突に、久しぶりの死線をくぐるような戦いが始まった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます