133.人の行き着く先
2人、森を静かに歩く。木漏れ日が足元や俺達を照らし、時折その陽光に目を細めながらの歩みだ。急ぐ旅でも無いが、逆にのんびりするための旅でもない。
なのにこうしてゆっくり歩いているのは、後ろから来るであろう相手を誘い出すためだった。
「にーに」
「ああ。数は……ほう、16……全員か。よほどあの金が欲しいらしい。もしくは俺達も丸ごとかな」
振り返らず、後ろから迫ってくる気配を数え上げ、その数が出会った時の人数と一致することに俺は声も無く笑う。
ルリアは心配そうだけど、握ったままの手を握りなおすことで安心するように伝えた。
─彼らにはこのまま俺達を追いかけてきてもらう必要がある。
「ま、このぐらい影があれば十分だろう」
「(コクン)闇は暗闇ではなく、どこにでもあるものだから」
魔法とその仕組みに熟知した者でなければさっぱりわからないであろう会話をしているうちに、気配が二手に分かれたかと思うと俺達を追い抜く組と後ろに出てくるのとに分かれたのを感じた。
恐らくわざとだろう。後ろにそのまま追いついてきた相手が足音を大きく立てた。
「んむ? 先ほどの若者ではないか。どうした、何か用かね? ああ、気が変わって売ってくれる気になったのかな?」
出来るだけ、高慢な知識を求めるエルフらしい口調を意識した俺だが、ルリアには逆に受けが良かったらしい。笑うのを我慢しているように震えている。
追いついてきた人間、雑多な格好をして刃物を構えている男達……は、その姿を恐怖に震えていると勘違いしたのだろう。その瞳と顔に嗜虐的な物が浮かんでくる。
俺はそんな長くは見たくない顔をなんでもないように見ながらこうなった状況を思い出す。
ベルネット司祭と別れ、聞けた情報をもとに俺達は南下を始めていた。明るいうちは目立ってしまうのでエルフの兄妹として村や街、そして街道を行く形で進むことにした。
行く先々で新しいことを学ぶための旅、として村ではなんでもないような彫り物を珍しいとして買い、街では骨とう品を扱う場所で埃をかぶっているような物を敢えて選んで買ったりもした。
そして、夜にはルリアを抱えて夜の闇に紛れて距離を稼いだ。隠ぺいの魔法を2人にかけ、人気のない道を進めば何かに出会うこともまずない。
レイフィルドの魔物たちはダンドランのそれと比べると随分大人しい物だ。実際、一睨みするだけで大体が逃げ出していく。逃げないのはその力もわからないような奴らばかりだ。
司祭と別れて一週間後、俺達は少々怪しげな店の主から、買い物のお礼にと妙な話を聞いた。亜人、特に獣人を狩り集めている集団がいるという話だ。元々獣人は差別交じりの態度を取られる大陸ではあったが、穏やかではない話だ。相手も金払いが良い俺達がその被害にあってはいけないという親切心から言ったらしい。
最近獣人を見ないな、と思っていたら獣人を檻に入れて運ぶ集団を彼自身も見たということだった。ではどこに連れていかれるのか、というと関わって巻き添えを食らっても嫌なので詳しくは知らないそうだ。
まあ、そうだろうな。自分から首を突っ込んでもろくなことはない。……普通なら。
「ねえ、にーに」
「ああ。放っておくのも……な。かといって闇雲に探す時間はないなあ……」
放っておくわけにもいかないが、かといって拠点のありそうな場所を山狩りしていくには時間が足りなすぎる。
ただ潜んでいる、というだけなら山事吹き飛ばして終わりだが、獣人らがいるというのならそうもいかない。どうしたものか、と次の集落を目指して街道を進んでいた時だ。
視線の先にある森の中に、妙な檻を引っ張る馬車を見つけた。
「ん? ははっ、運がいいな」
「助けなきゃ」
駆けだそうとするルリアを抱え、俺はそのまま木陰に引っ込んだ。抗議の視線と、腕をつねる感触にルリアを覗き込んでしーっと沈黙を合図した。不満ありありの顔だったが、俺と一緒にしゃがみこむ。
街道沿いの草木は人ひとり隠すぐらいわけない茂みとなっている。
そんな場所に、森の中から男達が飛び出してくる。手には手入れはしているらしい刃物や鈍器。その姿そのものは他の何物でもない、野盗です、と全身で宣言している姿だ。
先頭の男達に遅れて、森の中から大きな音を立ててやってくるのは……先ほど見た檻だ。
その中には老若男女の獣人達。皆怯えた様子で、子供たちは泣き疲れたようにしてぐったりしている。
不幸中の幸いなのは、大怪我を負っている様子はないということか。
「にーに」
「駄目だ。俺に考えがある。静かにこっちへ」
今にも泣きそうな顔で飛び出そうとするルリアを今度はがっしりと捕まえ、そのまま隠ぺいの魔法をかけながら森の奥へと引っ込む。
相手が見えなくなったころ、ルリアは俺の腕を振りほどくようにして向かい合い、意思のこもった瞳で見つめてくる。
しばらく続いた見つめ合いも、ルリアが顔を降ろすことで勝負がついた。
「どうするの?」
「ああ。あのまま助けても結局拠点とかはわからないからな。それに、すぐに戦って檻を巻き込んでもいけない」
ぼそぼそと、ルリアの耳元で作戦を話すと、彼女は嘘をつくのは……とつぶやきながらもみんなを助けるためだから仕方ないよね、と自分に言い聞かせるようにして頷いた。
彼女の家の家訓である誠実であることと、矛盾した行動をとることに葛藤があったようだ。
俺も兄として妹であるルリアに悪いことはさせたくなかったので主導は当然俺だ。
そのまま2人して野盗たちの進む先に先回りし、少し離れたところから何も知りませんよという状態で2人で街道を歩いていく。
するとすぐに、一度別れた野盗の集団が見えてくる。相手もこちらに気が付いたのか、にわかに檻を引く馬の速度が鈍り、こちらを伺う様子があった。
「おや、こんなに大人数に出会うとは珍しい。ふむふむ、偶然とは面白いものだ」
「何だ手前。ってエルフかよ。見せもんじゃねえ、とっとと行きな。それともあんたが買うかい?」
下品な笑みを浮かべ、先頭の男が指さす先には先ほどと同じ状態で檻の中で震える獣人達。中には子供もおり、ミィやルリアより幼い子だっていた。1人だけ檻の外で縛れているのは獣人達への人質ということだろう。彼らは仲間を大切にする種族だ。それを逆手に取ったのだ。
内心の怒りを押し殺しながら、目の前の物に興味がありますよという感じを目指して演技をする。
「ほほう。獣人ですか、彼らは力が強い。小間使いにはいいですね。随分と痩せていますね……これでは出してこのぐらいでしょう」
さりげなく取り出すのは金貨。このアルフィア王国で一般的に使われている硬貨の中でも一番価値の高いものだ。
それを無造作に手のひらに乗るだけ乗せて男達に見せた。具体的な相場なんてものはわからないが、金貨1枚でそこらの街の酒場なら一晩貸し切りに出来るぐらいだ。痩せた獣人1人を買うのには十分すぎる価格だろう。
……が、男は首を横に振った。
「それじゃ売れねえな。良い売り先があるんでね」
「そうか。それは残念。出会いも運の内。さらばだ」
食い下がるようなことはせず、受け答えをした男以外の視線を手のひらに集めたまま、俺はルリアを連れて集団と檻の横を通り過ぎていく。意識のある獣人達の視線を妙に強く感じた。色々と敏感な彼らの事だ。もしかしたら俺やルリアの力をわずかにでも感じたのかもしれない。
そう思った俺は、通り過ぎざまに一番元気そうな獣人の若者に視線を向け、極々僅かに頷いて見せた。
伝わったかどうかはわからないが、うまく連携が取れれば御の字であろう。
男達に呼び止められることも無く、檻を通り過ぎ……少しずつ檻が遠くなっていく。
「にーに……本当に来るかなあ?」
「来るさ。ああいう奴らは目の前の欲望に逆らえず、自分たちの力を過信するがゆえに大胆な行動に出る」
そうして森の中の街道をしばらく歩いていると……気配が追ってきたというわけだ。さて、良い情報が聞けるかな?
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます