131.つかの間の再会
「あっはっは! 誰かと思ったらラディか! 見違えたねえ!」
「そりゃあな。全く違う格好だろう?」
質素ながらしっかりとした作りの木造の家の中、久しぶりの再会となった獣人、ルフスと抱き合う。
ルリアは人見知りが発動しているようで、俺のすぐ横でもぐもぐと干し肉をかじっている。
そんな小動物のような姿に思わず笑ってしまうが、ルリアもはてな顔で見上げてくるだけだ。
「本当は僕が話しかけていいような立場じゃないんだろうけど、お帰り」
「ああ、ただいま。改めて、この子がルリア。ミィと一緒に家族になった子さ」
ぺこりと頭を下げるルリアをルフスは優しい目で見ている。彼は家族思いの良い奴だ。色々と獣人の事も教えてくれた相手だしな。
彼の姪だったか従妹のために冬の嵐の中を駆け抜けたのもいい思い出だ。彼女は元気にしているだろうか?
「そっか。うんうん。すごいね……2人ともこうしてるだけで強さを感じるよ。これからどうするか知らないけど、ここに来たんだ……あっちに渡るんだろう? だったらもう少し抑えた方が良いと思うよ。僕も正直、ドキドキしてる」
「おっと、そうか。ありがとう。大丈夫だと思って向かってすぐにばれるようじゃいけないな」
ルフスは優男のように見えて、結構強いのだと再会して感じる。あちこちの戦士を見てきたけど、本格的な訓練を積んでいない村人としては破格だ。
でもそうなると、この村にやってくるかもしれない騒動、災厄は少しばかりきついかもしれないな。
「そうだね……で、今すぐにでも逃げた方が良いのかい?」
「しばらくは大丈夫だと思う。人間がこの状況を知るのはまだあとだと思うからな」
「この大陸に来ないと……わからないから……だね」
ルリアの言うように、大陸の結界が無くなったことを知るには、現場まで来るか遠くから観察するしかない。
人間にも俺が使うような遠見の魔法の使い手がいないわけじゃないと思うが、それでもこの海をある程度近づいてくる必要がある。
大陸に逃げてくる魔族や獣人ぐらい覚悟を決めているならともかく、そうでないのならわざわざ危険を冒すことは少ないだろう……そう思いたい。
「僕はあったことが無いけど、大陸にはみんなの脱出を助けている同士がいるはずなんだ。よかったら彼らを助けつつ、情報を得てみたらどうだろうか」
「確かに、そのほうが確実そうだな……それにしてもレイフィルドでそんな活動を続けられるなんて、相当な実力者なんだろうな?」
事実、ミィを狙って来た兵士達は俺の相手にならなかったのだが、それでも訓練を受けた軍人の集団だった。
勇者や魔王と比べると優先度は落ちるかもしれないが、最低限の訓練は受けた兵士が探し回るぐらいには目の上のたんこぶだろう。
逃げ回っているのか、それだけの強さがあるのか……気になるな。
「噂じゃ人間には見えない狼煙を上げる道具を持ってるとかどうとか。ま、会ってみればわかるんじゃないかな」
「それもそうだ……みんなは元気か?」
先ほどから聞いてばかりだけど、久しぶりの再会となればそうして近況を話し合うのが世の常だ……たぶん。
俺はそうして再会を喜ぶような相手はこの村の皆か、レイフィルドの故郷の村か……後は勇者時代に一緒に戦った人や師匠ぐらいなものだ。
教会のじいさんや、師匠な武芸者はそろそろいなくなっていそうだなあ……。
「おかげさまでね。ほとんど顔ぶれは変わっちゃったけど、みんな元気に西に旅立ってるよ。
僕は村の維持のためにいるけどね。ああ、アンナももうすぐ宴から戻ってくるんじゃないかな」
「おお、アンナちゃんもいるのか」
思わぬ再開の予感に温かい気持ちになったところで扉を叩く音。そして感じるのは覚えのある気配。ということは…だ。
開いた扉の向こうにいたのは、大人びた姿だけど見覚えのある女の子、アンナちゃんだ。
声をかけようとして固まる。その手の中には小さな命がいたからだ。
「ラディさん、お久しぶりです」
「あ、ああ……」
「わぁ、赤ちゃんだ……」
そう、赤ん坊である。まだ自分でハイハイも出来ないであろう小さな体。アンナちゃんはその子を腕に抱いたまま、静かにルフスの隣に……ということは……?
視線を向けると、恥ずかしそうに頭の後ろをぽりぽりとかくルフス。やっぱりか!
「おめでとう。式は終わってるのか?」
「うん。子供が出来たことが分かったころにね」
一瞬にして、部屋の中が幸せを感じる明るいものとなる。と同時に俺は決意を新たにした……彼らを泣かせてはいけないなと。
それはルリアも同じようで、背中に背負った魔導書を前に抱え直すと、何やら唱え始めた。
優しい歌のような詠唱が紡ぐのは、守護の力。強力ではないが、その分かけ直しをしなくても長く相手を守るおまじないのようなものだ。
それでも魔王時代からある魔導書であるエルファンリドルの力は確かな光となって赤ん坊を包む。
「ありがとうございます。ええっと……」
「ルリア。にーにの妹。この耳は本物だよ?」
ぴくぴくと自前の耳を動かしながら冗談を口にするルリアは笑顔だ。自分の手で紡いだ術が誰かの役に立ちそうだというのが嬉しいのだろうと思う。
アンナちゃんの腕の中の赤ちゃんが光を感じたのか目を覚まし、周囲を見渡した後にルリアを見つめ、声を上げた。
泣き声ではなく、笑う感じの可愛い声だ。驚きに目を丸くするルリアを見て、3人は微笑みに包まれる。
優しい時間が、静かに過ぎていった。
「色々とありがとうな」
「友のためだ。苦労なんてないよ」
俺達が休んでいる間に、脱出してきた面々から大陸で起きていることを聞き出してくれたルフスに感謝を伝えると、逆に怒ったような顔になってそんなことを言われてしまった。確かに、今のは俺が悪かったかな。
差し出された手を苦笑しながら握り、別れの握手とした。
ルリアもまた、アンナちゃんとその腕の中の赤ちゃんに別れを告げているようだった。別れをわかってないのか、構ってもらえることに喜ぶ赤ちゃんの小さな手を握り、ルリアは何度も頷いている。
その背中にそっと手をやり、出発を促した。
「じゃあね……ばいばい」
「ラディさん、お気をつけて。ルリアちゃんも元気でね」
後ろ髪を引かれるとはこのことか。感傷を捨てるでもなく心の中に押し込み、再びルリアを背負って村の外に駆けだした。
すぐに景色は荒れた物に変わっていく。海が見えてきたころ、振り返るとそこには青い空、緑あふれる森。
やはり、結界は無くなっている。
「ここからはしばらく海の上を跳ぶ。何かきたらルリア、よろしくな」
「うん。にーにの手になるよ。任せて」
ここに来た時とは違い、冬空ではないけど海の向こうには何も見えない。ちなみに陸地を目にするには船だと相当な時間がかかる。
何故かというと、海流がちょうどよくレイフィルドからこちらに向いているからだ。来る時にはそんなに時間がかからないが、魔族がレイフィルドに向かうには大変な苦労が待っているのだ。
人間は、それもわからずに魔族が攻めてくると警戒していたんだよな。
ただまあ……今の俺にはこの距離は大した問題ではない。いつかのように神様に祈りを捧げ、足元に風。
砂を舞い上げるようにして片足を踏み出し……海の上へ跳んだ。
もしもそれを見る人がいたら驚くかもしれないな。海の上を、人影が波しぶきを上げながら猛烈な速度で走っているのだから……。
(レイフィルドまでこの速さなら半日かからない……かな)
レイフィルドに着いた後のことを考えながら、俺はルリアを背負ったまま海の上を駆け抜けるのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます