129.開かれた世界
『ガウウウーーー!』
「カーラ、ご機嫌だな」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか。カーラは答えずにさらなる加速を行った。視界の中の雲がまるでこちらに飛んでくるかのように通り過ぎる。カーラの周辺に展開した魔力障壁に当たっては消えていき、時には形を大きく変えていく……少し上がりすぎかもしれないな。
『お兄様、そろそろ』
「わかってるよ。カーラ、少し下がらないと障壁に当たるかもしれない」
この大陸には魔王がかつて張った障壁がある。人間以外の種族には特に影響のない、ダンドラン大陸が不毛の土地に見えるような幻覚の力と、侵入を防ぐ力を持っている。
ずっと魔族の姿なので忘れてる関係者もいるかもしれないが、俺は体は人間なのである。
そのため、不用意にこの障壁に当たるわけにはいかない。この前の嵐の後も、障壁の部分はエルフたちの目を盗んで突破したのだ。
横は大陸のぎりぎりまでというのがわかるからやりやすいけれども、上空は結構波がある形をしてるいるそうなのでどこにあるかさっぱりなのである。
結界を維持する要の石や遺物、そういったものも見つけたことが無いのでどうやって維持されているのかも確認しようがない。
1つ言えるのは、魔王が没してから今までずっとこの大陸を守って来た大切な結界だということだ。
そうこうしている間に、少し斜めになったカーラの背中から見える眼下の景色も様相が変わってくる。
この高さからでも、村等の場所や切り開かれた場所が増えているのが良くわかる。
緑以外の色の部分が、みんなの住み始めた新しい場所なのだ。
「お兄ちゃん、たまにはこうして上から見るのも楽しいね」
「カーラの不満解消にもなる……推奨」
「そうだな……最近飛べてなかったもんな」
今日のカーラが妙にご機嫌で気持ちよさそうに飛んでいる理由が分かった気がした。ドワーフの大陸での戦いの後から、よく考えたら空を飛んだり、好きに遊ばせてといったことをしていなかった。
土竜との戦いや触れ合いも一時的な物だし、カーラにとっては満足いく物ではなかったのではないだろうか?
急激に成長し、頭もいいとはいえ……俺達はカーラに甘えさせたんじゃなく、甘えていたんだな。
『優等生ほど我慢するわけよね。声を出さないと……カーラ、もっと好きに飛んでいいわよ!』
そんなことをカーラの背中でつぶやくと、ミィ達も頷いてカーラの背中を撫でる。そしてイアの叫びと共にカーラが雲の下ぎりぎりを飛ぶようにして好き勝手に飛び始めた。
横になってみたり、逆さまになってみたり、あるいはぐるぐると回転したり。
「あはははは! カーラちゃんすごい!」
ミィは喜び、飛び出しそうになるので慌てて魔力障壁を帯のように使って俺達をカーラの胴体にそのまま巻き付ける。
これで落ちることはないけど、それと影響を受けるかどうかは別だ。
俺は大丈夫だが、イアは気を抜くと一気に飛んでいきそうだし、ルリアは……少し顔が青いかもしれない。
元々色白だけど、目元が引きつっている。
「ルリア、大丈夫か?」
「にーに……ちょっと怖い……うっ」
「カーラちゃん! ごめんね、ルリアちゃんが」
見る間に速度が落ち、姿勢も元の状態に戻ったカーラの首がこちらを向く。その瞳にはルリアを心配する色があり、申し訳なさそうな顔に見えた。
ルリアはそんなカーラの首元に自ら歩いていき、太いそこに抱き付き、撫でている。
「もっと丈夫だったらよかったのにね。また今度一緒に乗せてね」
『ガウ!』
まっかせて!という感情が伝わり、カーラは気にしていないことがわかる。体の大きさや種族はみんな違うけど、良い家族というか、姉妹みたいだなと感じた。
ふと下に目をやると、小さいけれど見覚えのある景色だ。一気にパンサーケイブの方面まで来ることが出来たらしい。
カーラに合図をして、ゆっくりと地上へ向けてと降下が始まった。
降り立ったのはパンサーケイブの街のそば、以前カーラが寝泊りしていた河原だ。
出来るだけみんなが驚かないような場所を、として選んだのだけどどうやら様子がおかしい。
どちらかというとこちらを見に集まってきているような?
『そりゃそうでしょうよ。カーラはこの街の象徴みたいなものだもの。ほら、工房長なドワーフもいるわよ』
「なるほど……」
驚いている俺に投げかけられた声にひどく納得し、そのままカーラには小さくなってもらいながら俺達は飛び降りた。
ミィは元より、ルリアもなんだかんだとしっかり着地しているのでみんな成長したんだなと変なところで実感した。
さて、まずは誰に挨拶を……というところで人垣の向こうから見覚えのある女性魔族、ヴィレルだ。
「突然のお帰りだな」
「我慢しきれなくてね、すっとんできたよ」
久しぶりのやり取りに、自然と笑みが浮かぶ。ヴィレルは息子のヴァズと共に、あちこちを移動しては交渉をまとめたり、都市計画を決めたりと常に忙しいはずだった。
それが直々に迎えに出てくるというのはわかりやすくていい。何か、それだけの事態が動いているのだ。
集まって来た皆に挨拶だけはして、工房長の要件がカーラ向けだというのを聞いて彼女には工房に向かってもらう。
どちらにしても、難しい話はチャネリングの魔法も伝えてくれないからな。……ミィとの会話以外。
ちらちらと、ルリアの背中にある杖や魔導書にも視線が集まっているようだけど、面と向かっては誰も聞いてこない。
後から説明があると思ってくれているのか、あるいはすごさがわかっていない状態で物珍しさからかもしれないな。
何度も話し合いにつかった建物へと入り、大き目のテーブルをはさみ、俺達は椅子に座ってヴィレルと向き合う形となった。
ヴィレルは何から言ったものか、とつぶやいた後、俺の方を見た。
「今のところ、息子は海に行っている」
「東に? というとニューク……?」
正解とばかりに頷かれ、それを見ていた俺は少しヴィレルの顔に疲れが出ているのを感じることができた。
交渉疲れにしては少々厄介そうな気配だ。竜でも襲って来たか?と考えたがそうであれば街の雰囲気が壊れていないのはおかしいからな、違いそうだ。
『わざわざそうやっていうってことは、何かあったのね?』
「ああ……我々が直接どうこう出来ることではないのだが、人間どもがドワーフに……ガリオンに攻め入ったそうだ」
「ガリオンに? 多少は交易があったと聞いているが……」
そう、ガリオンはドワーフの大陸であるパラケルンの中でも北東に位置する大きな港町で、唯一人間と交流のある街だと聞いている。
何かあってもいけないとその街に行くことはなかったが、特に問題は起きていなかったはずだ。
「その付き合いを突かれたのだろうな。幸い、今は小競り合い程度だそうだが……緊張状態が続いているようだ」
「位置関係から言ってどの国が攻めたかは何とも言えないが……合同での攻撃だとしたらまだ続きがあるな」
人間は魔族や獣人と比べ、俺が知る限りでもなぜか同族の間でも争う種族という印象がある。
魔族も今のように意見の違いからぶつかることはあるが、同じ脅威には協力して当たる場合が多いはずだが人間はそうではない。
横からつついてやろうなんていう考えが多いのか、下手に戦争を起こすと参戦国が増えて収拾がつかなくなるのだ。
それでもドワーフへの攻撃に踏み切ったとなると、最初から国家間で集まった軍団という可能性がある。
「それを調べるために向かっているわけだが、なかなかな」
『そりゃ、海の向こうの事だものね』
イアに言われ、ヴィレルは深く頷く。だいぶ苦労しているようだ。息子のことが心配だろうしな……。
かといって俺達に何ができるかというと難しいところだ。戦うのは得意なんだけどな。
「それだけではない。ラディよ、フロルにいる予言のおばばのことは知っているな?」
「あ、ああ。助言をもらったことも何度か……まさか?」
あのおばあさんはかなりの高齢だ。話題に出るということはそういうことだろうか?
そんなことを考えたが、ヴィレルは首を振って否定した。では何が?
「まだまだ元気だよ。先日、わざわざ手紙で予言をよこしたのだが……その内容がな……」
ただならぬ様子に、俺も姿勢を改めて整えて先を促そうとした時だ。
世界が……変わった気がした。何がどうという訳ではないのだが、明確に何かが変わったのだ。
その場にいる全員がその何かを感じて周囲を見渡す。
『これは……まさか!? そんなことが!!』
「イアちゃん?」
そんな中、急に慌てだすイア。ミィの疑問にも答えず、慌てた様子で窓の外を見上げている。ヴィレルはそんなイアの背中に視線をやりながら、なぜか納得した表情だ。
「おばばの手紙にはこうあった。傘は閉じる。しかし、雨は降りそうだと。魔王様が張った結界、それに危機が迫っているのではという中身だったが……当たってしまったようだ」
言われ、俺も窓の外を見る……つまり……。魔王の張ったダンドランを覆う障壁が、消えた?
「まさか……そんな?」
俺のつぶやきも、乾いたものとなっているのがわかる。世界が、開かれてしまったのだ。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます