012.妹連れ狼、新天地に向かう
『午後はこの辺の川で釣りでもどうかしら』
「そうだな……たくさん釣れば燻製に出来るだろう」
窓からの日の光と暖炉の灯りが部屋を照らす中、俺はイアと共に机に広げた村周辺の地図を見て行動予定を立てていく。
冬も終わりが見えてきた。春になれば保存食がいる獣人の皆のためにも俺達も出来るだけのことをしてあげたいと思っている。
「むー……」
「? どうした、ミィ」
お茶を入れに行っていたミィがいつの間にか背後で思案気な顔で俺達を見ていた。
そのままお茶を俺とイアに出しながら、ミィもまたソファーに座る。
その間、表情はいつもと違う物だ。
「うーん、イアちゃんとお兄ちゃん、最近すごく仲良しだなって」
ぽつりとつぶやかれたミィの言葉に、動揺を表情に出ないように出来たかは自信が少々ない。
一度許可してしまったからか、イアはあれから暇があれば俺に抱き付いて吸うようになった。
そんなに魔力を使う生活はしていないはずだけど、無駄使いはしてないから、とはぐらかされてしまっている。
嫌かと言われれば、そりゃあ……嫌ではないけども。
仮にも兄だ妹だと言っている間柄ですることかというと少し違う気がする。
ミィには売り染めたいとかそういうわけではないのだけど、じゃあミィも!となってしまわないかという心配があるのだった。
『ごめんね、ミィ。ちょっとお兄様を借りてたの』
何でもないような陽気な声で応えるイアに、ミィもまたなぜか頷いた。
(それで、いいんだ?)
俺はてっきり、一人だけ仲間はずれだと言われるかと思ったいたのだけど、ミィも大人になったのか……な?
「うんっ! 二人が仲良しさんならミィも嬉しい!」
先ほどの心配そうな顔はどこへやら。にこっとミィは笑い、お茶を美味しそうに飲み始めた。
ちなみにミィが飲めるようにややぬるめである。
「これを飲んだら3人で一緒に行こうか」
『いいわね。いっそのこと魔法でばばっと獲っちゃう?』
「ミィは大きいのが良いなー」
2人それぞれの反応に微笑みながら、近くの川に釣りに行くべく俺は準備を始める。
防寒具よし、釣り道具よし、持ち帰り用の道具もよし、と。
3人そろって家を出て川へと向かう。イアとミィはその間も何事かをワイワイと語り合い、仲が良いようで何よりだ。
「でも、ミィ、1個だけ不思議なことがあるの」
『何々?』
歩きながら、疑問を顔に浮かべたまま可愛らしく首を傾げるミィにイアもまた、浮いたまま問いかける。俺はそんな2人の声を背中に聞きながら先頭を歩く。
「最近、お兄ちゃんの首とか顔からイアちゃんの匂いがするんだよね。なんでだろう?」
その時、動きが止まらなかった俺とイアを褒めてほしい物だ。
いつも俺の事をけしかける割に、イアはミィに優しいというか、ミィにはまだ早いと思っているフシがある。
だからこそ、ミィの疑問に固まり掛けたということだろう。
「最近よく、イアが寝ぼけて抱き付いてくるんだよ、な?」
なんで洗ってないの?と言いたそうなイアの視線を受け流しながら、ごまかしにかかる俺にイアは不承不承と頷く。
『そうみたい。蹴っ飛ばさないようにしないといけないわね』
「そっかー。それじゃしょうがないよねー。ミィも寝ぼけてお兄ちゃんに噛みついてることがあるし」
やや俺の何かに悪いどきどきの場面を何とか乗り越え、3人は騒がしいまま進む。
「そっか。次の隊で移動するのか」
「ああ。渡ってきた同胞も増えてきたからな」
ある日の昼下がり。家を訪ねてきたベイルはそういって大きな体で椅子に座り直す。
移動する誰かのために獣を狩り、干し肉などを作るのを手伝ってはいたが、こうして移動を宣言されると寂しい物があるな。
移動とはこのライネルを出てもっと暮らしやすい土地へ移住するという話の事だ。
魔族が中心となっている大陸、このダンドランでは獣人や他の種族も共存する形で生活している。
中央に行くほど魔族中心の割合らしいけど、住みやすい平地や海に近い場所などには魔族と獣人らがいくつもの都市を作っているらしい。
人手は常に不足しており、新天地での生活に困ることは無いようだった。
勿論、未開拓の土地も多いようなので魔物の脅威等は多く存在するらしいが……。
ライネルはあくまでも一時避難の場所、いうなれば難民の村だ。
お年寄り等、長旅には厳しい人らはここで過ごすだろうが、若者であるほどちゃんとした街に移動して暮らすことが多いそうだ。
冬が終わり、春となるとそのための移動の季節ということらしい。
準備は早くから実際には行われていたようで、その多くは薪と食料の様だ。
『言っておくけど、普通は魔法で石かまどを作ったり、薪代わりに火の魔法を維持したりはできないのよ、お兄様』
イアの呆れた声に、そんなもんか?と答えながらベイルを見る。
どうもただの報告ではなさそうだからだ。ベイルもまた、俺が言葉を待っていることに気が付いてくれたのだろう。
決心した瞳で俺と、ミィ、そしてイアを見る。
「よかったら3人とも一緒に来ないか?」
「一緒に……」
咄嗟にはそういうのが精一杯であった。考えていなかったわけじゃあない。
ここはレイフィルドに近いと言えば近く、山を越えてくる人間がいないとも言い切れないのだ。
季節を考慮すれば、獣人の皆が超える、あるいは迂回してたどり着けるのだから。
冬に来たのは俺達が初めてだ、とベイルには笑われたっけな。
ともあれ、もっと南に行き、集団に紛れてしまう方がいいのではないか。そう考えたことも何度かある。
『厳しいわよね。私やミィはともかく、お兄様はそのまま人間だもの。力は隠し続けるとしても……ね』
そう、イアが言ってくれたように俺が問題になる。
俺自身はミィ達のためなら山に潜み、ずっと暮らすのも出来ないことは無いはずだ。
ただ、そんな環境が2人にいいかと言われると疑問が残る。
「ミィはお兄ちゃんたちが決めたことでいいよ」
「ありがとな」
ミィの頭を撫でながら、考えをまとめようとする。手段としては、変装ぐらいだろうか?
「やっぱりラディに変装してもらうぐらいしかないよな。でもどこでどうばれるか」
ベイルの口にする疑問が一番の問題である。
さて、というところで家の扉が開いた。そこにいたのは、向かいの家に住む狸な獣人のおじいちゃん。
杖を突きながらではあるが、しっかりとした足取りだ。
「若いのは声が大きいのう。おじじのワシでも聞こえたぞ。ラディ、こいつを持って行け」
そういって自身の首にかかっていた鈍く光る大き目の首輪を外すおじいちゃん。
すると、驚きの光景が飛び込んできた。溶けるように、おじいちゃんの左腕が肩ぐらいから無くなったのだ。
「おじいちゃん! 痛くないの!?」
ミィはそれが今無くなったと感じたのだろう。
悲鳴のように叫ぶと立ち上がり、左手があった場所をさするようにする。
「ほっほ。左手は若いころからもう無いんじゃよ。大けがでな、切ることになった。そこでこれの出番じゃ」
右手につまんだ首輪が机の上に置かれる。よく見るとこの首輪には力を感じた。
すごく精密に見たことの無い魔法が刻まれているのが見て取れた。
『これ、まさか義身の首輪!? こんな場所に……』
驚きを隠せないイアの叫びに、おじいちゃんはしわを深くして笑う。
「うむ。若い頃にな、魔族の将軍さんに運よくもらったのじゃ。ラディ、それを付けて魔族っぽい格好を思い浮かべてみい」
「えっと、こ、こうか? んっ!」
言われるがままに首にはめ、魔族らしい姿、青白い肌、2本の角、そして背中の黒い翼を思い浮かべる。
すると、首輪に向けて魔力が移動する感覚がしたかと思うと何かが変わった気がした。
「お兄ちゃんの色が変わっちゃった!」
「おお……どこからどう見ても人間ではないな」
ミィの驚きの声と、ベイルの何やら納得した声。
『お兄様、鏡見てみて』
イアに言われ、部屋にある鏡の前に立つと……そこには俺が思い浮かべた姿の魔族がいた。
「!? すごい……触っても感覚がある」
「元々は初代魔王様が戦争で四肢を失った者たちのために作った遺物だと聞いておる。
魔力を糧にそれがあったことにしてくれるそうじゃ。誰でも使えるよう、消費する魔力はごくわずか。ラディの目的にはぴったりじゃろ?」
角や翼に触ってもそこに確かに何かがあることを感じ取れ、驚く俺におじいちゃんはおやつを分け与えるかのような口調で言う。
とんでもない。
これはそんな簡単にもらっていいような物じゃないと思う。
「若いもんは年寄りの言うことを聞いとりゃいい。それにな、ワシも勇気をもらったんじゃよ」
辞退しようとする俺の先を封じるようにおじいちゃんはそういって俺を見る。
「勇気? 俺、おじいちゃんに何かしたっけ?」
屋根の雪下ろしだとかはしたけど、そのぐらいのことばかりだ。
特別何かしたという記憶は無い。
「うむうむ。ありのまま、自分をさらけ出して暮らす勇気をもらったよ。
行動で示した勇者であるという告白、あれは立派なもんじゃった。多少ラディが自分のために欲を出したところで誰も気にすまいよ」
真正面から褒められ、照れて頭をかく俺にミィやイア、ベイルまでもが微笑んでくる。
「……ありがとう」
ここまできたら返すというのも失礼と言う物だ。
ありがたく俺は首輪をもらい受け、ベイルに向き直る。
「よろしく頼む」
「おう。なあに、いざとなったら2人を連れてどこまでも行けばいい。世界は、広いんだからな」
そうして俺は、レイフィルド大陸から脱出し、獣人たちの避難先であるライネルを抜け、新たなる街へと生きる場所を変えることになった。
食べられたっぽいのは狼の方らしいという不具合。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。