126.西の果てで
高位竜2匹による嵐をなんとか切り抜けた先は、本来行く予定だったテイシアより西にひたすら行った先にあるであろう大陸の西側にある街。
来たことはないが、船のたどって来た海路や方向からして恐らく間違いは無いだろう。
バイヤー曰く、交易はしているがいまいち読めない地方、それがこのあたりの評価だ。
「確か海魔に襲われていくつかの都市は被害を受けてたよな」
『そう聞いてるけど……一応船はありそうね』
視線の先にはまだ復興途中であろう街並みと、いくつかの船が見える。大きいの物もあれば小さい物もあるので使われていないということはなさそうだ。
確か、海魔との戦いの直後には支援もいらないと言っていたが、最近は交易は順調に行えているという話だが……何が方向性を変えさせたのか、そして今はどんな状況なのか。
「お兄ちゃん、バイヤーさんに聞いてみたら?」
「事前の情報収集は大事……」
妹2人の意見に頷き、街が近づく前にと真珠に魔力を込め、声をかける。
わずかな呼び出しの感覚の後、真珠からは久しぶりに感じる声が響いた。
『ラディ、無事か』
「おかげさまでね。なんとか生きてるよ。ということはそっちでも嵐はあったのか」
正常に話が出来そうで安心した俺だったが、事情を話した後のバイヤーの話に驚くことになる。
テイシアとこの方面の交易自体に問題は出ていないが、逆に何もわからないというのだ。
『金払いは問題ない。問題ないのだが……そこが不気味だ。普通、そのぐらい被害を受ければ買わないであろう嗜好品まで買うほどだ。何かあるぞ、気を付けろ』
「了解。船が直ったら向かうと思うから食事の準備をしておいてくれ」
返事は笑い声が返ってきたのを聞きながら真珠から顔を離し、船の向かう先を見る。
近づいてきたところでますますその傷み具合が見えてくる。直しきるには時間も物も足りないはずだが……なるほどな。
視界に小舟が一艘見えてくる。街から出てきたということはこちらの船がどこの誰か確認にという目的だと思われた。
ここによる予定の無い大きな船がやって来たとなれば確かめに来るのが普通だよな。
「ラディ殿。彼女らは隠れていた方が良いのではないかな。この街が獣人や小さい姿とはいえ魔物に優しいとも限らない」
「確かに、そうしよう。ミィ、悪いんだけど……」
妹が一番の俺としては非常に、非常に心苦しい話だけど騒動になってもミィたちが悲しむだけだ。
寂しくないようにルリアとイアも一緒に隠れていてもらおう。
さすがに船内隅々まで、なんてことにはならないだろうからな……。
徐々に近づいてくる小舟には何名かの魔族が乗っているのが見えてきた。
特に険しい表情ということはなさそうだけども……。
一度こちらも船を止め、小舟の到着を待って縄はしごで上がってきてもらう。
いずれも比較的若い魔族の青年たちだ。彼らを迎えるこちらのほうが緊張しているように感じるほど落ち着いている。
「やあ、エルフの皆さんの船でしたか。おや、ご同胞もいらっしゃる。交易の予定時期とは違うようですが……」
「ああ。運悪く嵐に出会ってね。見ての通り船も痛んでるので修復に場所を借りたい。出来れば資材も買いたいのだが」
ここまでこれたとはいえ、甲板には穴があるし、手摺部分だってあちこち痛んでいる。
中古ですというにも難しいぐらいにはぼろぼろだ。
相手の魔族も周囲を見渡し、それに納得したように何度も頷いた。
「なるほど。こちらの受け入れは可能ですよ。では先に行っていますのでごゆっくりどうぞ」
そうして、あっさりと魔族達は小舟に戻って港へと進んでいく。もう少し色々聞かれるかと思っていたこちらが驚くほどの物だった。
「……前はもう少し、しっかりと調べられたような気がする」
「お前もか? 去年来た時には積み荷をしっかり調べられたぞ……何があったんだ」
(エルフを信用するようになった? いや……なんだこの違和感は……)
言いようもないもやっとした感情が沸き立つのを感じながらも、答えは出ない。
ただ、ミィたちは顔を出さずに過ごした方がよさそうだなというのは確かだと思う。
船が着くまでの間に、彼女たちにその事情を説明するほかなさそうだ。
「ううー、我慢するよ。お兄ちゃんのためでもあるもんね」
『つまらないけど、確かに変よね。それに……感じるのよ、何かいるわここ』
外出禁止ということでミィは我慢するのが大変だと訴えてくるのは予想の内だが、イアは何やら思案顔で気になることを口にした。
(何か……竜か?)
最近、出会うことが多いように思うのでそう考えた俺だがそれを察した彼女は首を横に振る。
ちらりとルリアの方を見つつ、口を開いた。
『最初はルリアの持ってるエルファンリドルの気配かと思ったんだけど、どうも違うわね。
かといって竜かというと恐らく、別物。懐かしいような……会いたくないような……うーん』
「イアちゃんの……前の魔王の遺品がある?」
もしそうだとしても、気配を感じるほどの不思議な物だったとは聞いたことが無い。魔導書であるエルファンリドルがその例外だ。
噂の骸骨杖なんかはそもそもその骸骨は誰のなんだという話もあるが、それにしたって意思を持った武器という物はほとんど聞かない。
聖剣を持っている俺が言うのもなんだけど、道具は道具なのだ。
となると、後は可能性は低いがイアの大元、最初の魔王時代の生き残りがいるという可能性だ。
「さすがに魔王の側近とかが生きていたらどんな種族だって話だよな?」
『そうね。もうエルフ3人分は前の話だもの。子孫かしら……それにしては……下手に出ていかないほうがいいわね、これは』
専用の寝床で寝たままのカーラは元より、俺以外は外に出ないほうがよさそうだった。
お土産を買ってくることを約束し、甲板に戻るとだいぶ港は近づいていた。
そして、港へと入って船は停止、桟橋に俺を含めて乗組員は続々と降りていく。
迎えに出てきた魔族達は皆優しそうな微笑みを浮かべており、急な来訪にも関わらずエルフたちと話をさっそく始めている。
聞こえる限りでは、既に補修用の物資等にあたりを付け、運んできているという。
随分と準備のいいことである。
「ご同胞。災難でしたね」
「ああ。まあ命があるだけ……な。そういえばここはなんていうんだ?」
最初に乗り込んできた時に先頭にいた魔族の青年が話しかけてきたので、世間話として色々と聞いてみることにした。
彼は嫌な顔1つせず、微笑んだまま頷いて街に向き直った。
「西端の街、ウェスタリアです。新たな大陸を目指して西進していましたが、先日の海魔の襲撃により一時的に計画は頓挫していますね。ですが大丈夫。街は復興を始めていますし、何よりも……」
「何よりも?」
言葉を区切られてはつっこまずにはいられない。その俺の反応すら予想通りという顔で青年はこちらに向き直ったかと思うと両手を大きく広げて空を見上げた。
「そう、何よりも偉大なるドーザ様とイラお嬢様のおかげです。お二人の導きは我らを光輝く未来へと導いてくれることでしょう」
「そ、そうか……」
自信満々というよりも、全身全霊で信じていますと主張する姿に内心の動揺を隠せないでいた。
これは……この街は……やばい。
(寄らずにテイシアに行った方がよかったかもしれない……もう遅いが)
一筋縄ではいかなそうな気配に、逃げ出しそうになる心を引き留めるのが精一杯な俺であった。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます