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125.不可避の嵐



「お兄ちゃん、陸地が見えたよ!」


「なんとか生き延びたな……」


 一時はどうなるかと思ったが……俺たちだけでなく、船そのものもなんとかこのまま無事にたどり着けそうだ。

 見えてくる陸地は恐らくはダンドラン大陸の物。

 振り返って甲板を見れば、疲れ切った様子の皆。同じく表情にも疲れがあるところ、今は希望を見つけた喜びがある。

 50人ほどはいる乗組員は皆、細長い耳のほっそりした体格……そう、エルフだ。


 1人も欠けることなく助かりそうなことに俺は内心安堵のため息を漏らし、マストの上で今も警戒を続けるイアに視線をやる。

 彼女もこちらに気が付いたようで、やややつれたように見える顔にも笑顔が浮かんでいた。

 歴戦の記憶があるイアにとっても、今回の状況はなかなかに辛かったに違いない。

 俺達が助かるだけならともかく、エルフらや船も無事に……というのはなかなか奇跡的な状況だったのだから。


 いつの間にか固く握っていた拳を開いてほぐしながら、俺は事件の始まりを思い出す。









 土竜を討伐してから大よそ一月。その間にエルフたちは総動員と言えるような規模で土竜を解体し、素材を各地に分配していた。

 サルファンの作る祭具としての魔導書の材料を除いてもその量はエルフにとって例のない出来事であり、持ち込まれた先での騒動具合はまさにお祭り騒ぎといったところ。

 その話を人づてに聞きながら、俺達はエルフの街での生活をのんびりと過ごしていた。

 狩りも行うことはあったが、それも大規模な物というよりは暇つぶしにというところだ。

 時にはこうやって静かに静養するのも良いなと思うほどのゆっくり加減だったが、そろそろ戻る時期になって来た。

 幸い、サルファンの魔導書作りもほぼ終わり、後は馴染むのを待つだけというところまで来た。


「そうか、行くのか」


「ああ。ダンドランもいつ騒動が起きるかわからないからな。ゆっくりできてうれしかったよ」


「いってきます」


 エルフの皆と話す機会が増えたためか、幾分か明るくなった気がするルリアは最長老であるサルファンに以前なら見せなかったであろう少女らしい笑顔を向けられるようになった。

 声も前より元気に感じるが気のせいではないだろう。


「明後日には船が出るだろうからそれに乗ると良い。また会える日を楽しみにしている」


『次は何もお土産がないかもしれないけど、よろしくね』


「もう、イアちゃん。竜さんはカーラちゃんとあの子でもういっぱいだよ……」


 次来る時には平和な時が良い、そう皮肉るイアにミィも笑いながらつっこめるぐらいにはサルファンとも打ち解けたと思う。

 基本的には探究心が強く、知らないことを知ると幸せになれるらしいエルフの気質は勉強する環境としては最良ともいえ、

 ミィやイアも多くのエルフと語らい、知識や魔法といったものの意見を交わしたようだった。

 理詰めに覚えるイアに対して、直感でとらえるミィと対照的ではあったようだが……。


 戦力という点で見れば、一番伸びたのはルリアに他ならない。元々力の無さを気にしているようであったのだけど、ここにきて魔導書と竜骨杖による補助、増幅が一線を越えたようでその制御下からの魔法は俺でも片手でどうこう、なんてのは難しいぐらいだ。

 竜と戦うことがそうそうないといいなとは思いつつも、上手く戦力が整っているので安心感はある。


 そして特に事件も無く、俺達はエルフたちの操る船に乗り込み、ユラシアを出発する日を迎えた。


 空は快晴で、予定通りに西から東への風が吹くちょうどいい時期だった。

 成体になったカーラ2匹分ぐらいの大きさの船は大海原に力強く滑り出し、一路ダンドランへ進む。


 俺達はお客という立場だがやられることは手伝おうと思っていた。

 途中、風が弱くなれば魔法で生み出すこともするつもりだし、水を出すようなことだってしてもいい。

 そのぐらいは安いもんだからな。


 ただ、念のためにと俺は海魔の将であるカヤック将軍と連絡を取ることにした。

 この辺に将軍の知らせを受けていない海魔がいるようだと戦う羽目になるかもしれないからだった。


「あーあー、聞こえるか?」


『珍しいな、少年から話しかけてくるとは……もう少年ではないか』


 耳元の大きな真珠から聞こえる声は少し疲れを感じる物だった。何かあったのだろうか?

 さすがにトライデントが飛び出して復活したとかそういう話ではないと思うけども……。

 相手に余裕があるか微妙になってきたが話しかけた以上、こちらから話題を振らないという訳にもいかない。


「ちょっとな。今エルフの大陸であるユラシアからテイシアに戻ろうとしてるんだ」


『ユラシアから……進路は真東か?』


 急に真剣みを帯びた声。それに驚きつつも問いかけに応えるべく周囲を見渡し、出発前の話を思い出す。

 確かに一度真東に進路を取った後、風に従って段々と北上予定だった。

 そのことを伝えると、向こう側で息をのむ気配がする。


『もし遠くに黒雲が見えたら、どうにかして逃げたまえ。ちょうど部下から報告があった。

 そのあたりで海竜と嵐竜が暴れている。高位竜2頭の争いだ。とんでもないぞ』


「なんだって? あー……港を出る前に聞けばよかったな……わかった、なんとかするよ』


 視界の遠くに見えた物に、体が緊張に襲われるのを感じながら俺は将軍との会話をそこで切った。

 少しでも早く対処しなくてはいけない物が見えてしまったからだ。


 甲板に飛び降りた俺は何事かとこちらを見る皆に向けて叫んだ。


─この先で高位竜が暴れている。進路を変えるぞ、と。


 その叫びは半分役立ち、残り半分はやはり……遅かった。

 どうやら2頭は移動しながら争っているようで、遠くに見えていた黒雲が瞬く間にこちらまで迫り、いつの間にか周囲は雨と風が支配する空間と化していた。

 幸いにも、竜自体はかなり離れているがその影響範囲がとんでもないのだ。


「お兄ちゃん、どうするの?」


「ミィは何かが来た時に備えて待機! ルリア、協力して障壁を張るんだ!

 イアは俺と一緒に風の制御! 逃げるぞ!」


 海竜シルドラはどちらかというと竜よりも亀のような姿に近い。縦に長い体と短い手足、長めの首と

独特の姿ではあるが、海中での戦いでは最強の1匹だ。

 海上でもその力は健在で、恐らくは上空を舞う嵐竜にブレスでも吹き付けたのだろう。

 対する嵐竜も、その力で海をかき混ぜるようにして海竜を海上へと誘ったはずだ。

 そうなると海竜も海中に逃げ込もうとせずに戦ってるに違いない。


 近くにいる生き物や、遭遇した船にとっては最悪以外の何物でもない。

 余波のような嵐でさえこの規模なのだ。直接見える距離になんか入りたくないに違いない。

それにしても、北にいるはずの海竜がなぜここに……。


『ガウガウ!』


「そっちはマズイ? そうか、ありがとう!」


 必死に人間のように柱に抱き付いているカーラの叫びに、今のまま進むと2頭とぶつかりそうだとわかり、慌てて進路をさらに変える。

 予定の東とは全く違う北方面への進路だが致し方ない。


 荒波が船を襲い、暴風が誰かを吹き飛ばすかのように吹き付ける。

 なんとか障壁が船そのものは守っているけど、高位竜の魔力が混ざりでもしているのかルリアたちの張った衝撃を乗り越えてくる雨風がある。

 何もないよりはマシだろうが、なかなか大変だ。


『お兄様、このままだとまずいかも……多少船は痛むけど、一気に抜けましょう!』


「そうか……みんな、しっかり掴まれ! ルリア、障壁にぶつけるぞ!」


 最終手段として、障壁にわざと向きを合わせた風をぶつけることで加速を増すことにし、さっそく詠唱を始める。


「うう、にーに。優しくしてね?」


(ごめんな、それは難しい……)


 そして体が後ろに引っ張られるような感覚を全員が覚え、船がきしむ音を立てると同時に加速し始め、暴風雨の中を船が駆け抜ける。

 イアが咄嗟に船全体を魔力障壁で囲わなければ折れていたかもしれないな……。


そうして何とか速度と船を維持しているといつの間にか空は晴れ、嵐を抜けたことがわかる頃には日が暮れようとしていた。

 その後夜を見張りを交代しながら過ごし、朝。ミィが見事に陸地を発見したというわけだ。


「にーに、なんだかぼろぼろだよ?」


「ん? 船は痛んで当然……あの港のほうか」


 見えてきた陸地にある建物群。恐らくは港町……だが、確かにルリアの言うようにここからでも痛んでいるのがわかる街並だ。


『ねえ、ここって大陸の西側なんでしょ? あそこ、復興途中の西の都市なんじゃないかしら』


 偶然に偶然が重なり、俺達はテイシアを大きく通り過ぎ、西側にたどり着いたようだった。

 海上にいるわけにもいかず、ゆっくりと船は俺達の不安を一緒に積み荷としてその港街へと向かうのだった。

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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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