123.やってきた平穏
街に子供たちの明るい声が響く。そちらを見ればルリアよりも少し上かなと思うようなエルフの子供たちが何人かで集まって走っては立ち止まり、地面の何かを見つめてははしゃいでいる。
俺自身はやった覚えがないが、孤児院にいたころに街で同じような動きを見かけたことがある。
確かあの時は、地面を歩く小さな虫の列を追っかけていたんだっけか……。
(平和じゃないとできない遊びだよな……)
目に見える土竜という脅威が取り除かれ、人々の生活に安心が戻ってきたという何よりの証拠だ。
土竜の討伐と、若い土竜との共存が発表されて1週間。ここだけではなく、他の場所にあるエルフの町では活気が戻ってきているらしい。
エルフの戦士は周辺の討伐に意気揚々と出かけ、探究者として素材を集め、そして戻り研究をする。
ユラシア全土でのエルフの数が俺が思っているより多く、神樹の反対側にあるような場所へはようやく情報が伝わったのではないかなと思う。
「でも、みんな同じ方向を向いている気がするな……うん」
独り言が街の喧騒に消えていく。それはどこか心地よい物だと思った。それだけ、賑わいがあるということなのだから。
絶望の代名詞にもなりかねない竜という脅威が消えたとして、人間の世界でここまで気持ちが切り替わるかというと、なかなかそうもいかない。
現状は魔族もそうと言えばそうだけど、人間ほど自分たちで領土を決め、国という物で区切る生き物はなかなかいない。
隣の領土は敵だ、なんて考えはどこの動物だと言いたくなる。
それは、魔王のいなくなった後の人間世界で嫌になるほど証明されている。
とある国が魔物に襲われて疲弊したとなればともすれば取り込みにかかるのなんてまだ温く、そのまま何かを理由に攻め込むなんて話も合った。
そういう俺だって、自覚のないままにそれに加担していたことだってきっとあるだろう。
(兵士以外を殺したことが無いのが……いや、言い訳だな)
知らぬままに吹き飛ばした砦の中には兵士ではない人員もいたはずだ。俺は……殺戮者でもあるのだと思う。
きっと、俺の顔を知らなくても恨んでいる人はいるのではないだろうか。
そんなことを考えながら道を歩いていた時だ。
「はいっ」
「……ん?」
横合いから差し出された物、それはどこにでも生えていそうな白い花だ。
ほのかに香る匂いは甘く、思わず頬が緩みそうになる。
差し出してきたのは、見覚えのないエルフの幼子。新緑のような緑の髪をおさげにした可愛らしい子だ。
「くらいくらいおかおしてたよ? これあげるからげんきだして!
「……うん、ありがとう」
俺はそういって受け取ってから思わず声も無く笑い出してしまった。女の子はその顔に満足したのか、手を振りながら走り、仲間のいるところへと合流していった。
そうして再びあれやこれやと喋って騒ぎ出す子供達。俺はその光景と手の中の花に、暖かさを感じた。
終わってしまったことはもう戻らない。ただ、俺のしたことで救われた人もいると思うことにした。
でも、もし何かの機会があればその時には……やれるだけのことをしよう。
そう思いなおして花を手に街を歩く。向かう先はルリアの実家だ。
「にーに、いらっしゃい」
「ああ。随分と綺麗になったな」
ルリアの出迎えを受け、見渡すのはややこじんまりとした一軒家。
元々、派手にすることのなかった家柄のようで調度品もすごく高いという感じではなさそうだ。
あちこちに何かが置いてあったであろう空間があるのは、ルリアがいなくなってから処分した物があるからなのだろう。
「うん。頑張った……お花?」
「そこでルリアぐらいの子にもらったんだ」
花瓶があるよということで手渡すと、ぱたぱたと走って花を挿す。
窓辺に飾られた花と、ルリアの組み合わせに笑みが浮かんでくる。
同時に、確認しておかないといけないことも思い出した。
「ルリア」
そこから先の言葉は続くことはなかった。力一杯、ルリアが俺に抱き付いてきたからだ。
出会った時はやせぎすで、大丈夫かと心配になるほどの体もいつの間にか年相応だと思えるだけの肉が付き、成長してきている。
抱き付く力にも思わず驚くほどの力がこもっていた。
「にーにはにーに。だから、置いていかないで」
「……ルリア……」
賢い彼女の事だ。俺の考えや周囲の意見はよくわかっているのだろう。
家族がいるなら、無理に命の危険の中にいる必要はないのではないか?なんていう考えを。
だが、それは間違いだったのだ。彼女にとっては危険かどうかではなく、家族とした俺達と一緒にいられるかが問題だったのだ。
(妹になるか、なんて言っておいてこのざまだ。俺は……馬鹿だな)
「わかった。ただし、ちゃんとラルドの許可をもらってからな」
「その心配はありませんぞ、ラディ殿」
様子をうかがっていたのか、たまたまなのか。部屋の入り口から焼けたパンらしきものをカゴにいれたラルドが入って来た。
その顔には前に見たような暗さはなく、微笑みと温かみがあふれている。
口調も俺に対して何やらかしこまった言い方なので少しくすぐったい。
「心配はないって……いいのか?」
俺としては唯一の近い家族だ……安全な場所にいてほしいと思うと考えていた。
だが、ラルドはそんな俺の言葉に首を振り、カゴを机の上に置いて俺を見る。
彼もこの1週間で大きく変わったようだ。瞳にも暗さが全くない。
「勿論、寂しさはあります。それよりも、孫娘がやりたいことをやらせる、そのほうが良いと思ったのですな」
「じーじ、ありがとう」
それは彼の本心からの言葉。込められた思いはルリアだけでなく、俺にも感じられた。
ならば、俺がすることは拒絶ではなく、その気持ちを受け止めることだ。
ラルドに頷きを返し、ルリアの手を握りこんで微笑みを向ける。
『ルリア―! 来たわよー!』
「あ、おじいさんだ。こんにちは」
その後は約束通り、買い物を済ませてきたミィ達と一緒に食事となった。
俺は元より、ラルドも久しぶりに家に戻って来た騒がしさに目を細めている。
日常は無くなってみて初めてよくわかるというが、ラルドもそういう感じなんだろう。
俺がもし、彼女たちと別れて1人だけの人生になるとしたら……考えたくはないな。
「お兄ちゃん、明日は神樹さんを見てみたいな」
「私が案内する……たぶん最長老が付いてくるって言う」
世間話のようにミィは言うが、エルフにとって神樹は大切な物だ。
そう簡単に……と思ったがそうでもないようだ。考えてみればエルフを救った形になるわけだからそのぐらいは余裕なのかもしれない。
神樹自体は普通の植物と同じはずで、たまたま大きく育つだけだと思うが確かに近くで見てみたい。
「おお、ならば髪を切る物も持って行きなさい。神樹に髪を捧げる者は願いが叶うというからの」
『あら、素敵なおまじないがあるのね。お兄様、そうしましょ』
そんな、平和で優しい時間は掛け替えのない物。そう一言ごとに感じる時間だ。
ダンドランに戻ったら何が待っているかわからない。しばらくはこんな時間を過ごしてもらうことにしよう。
その日も、家の灯りが消えるまでに俺達は色々な話をした。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます