122.贖罪と許し
「ルリア……ワシは…ワシは!」
「おじい様、ルリアは平気。元気?」
むせび泣き、小柄なルリアの前に泣き崩れる一人のエルフ。
ルリアの祖父であるラルドだ。出会った時には何かの仇のようにルリアを睨んでいた彼だったが、今はまるで子供の様にむせび泣いている。
彼とルリアの身に起きたことを考えると、何とも言えない感情になるがここで彼を一方的に責めるのも少し違うだろうと思った。
どこにだって、そうしたすれ違いや感情のもつれというのはあるのだ。
ただ……もう少しルリアの幼さを周囲が考えてくれていたら、結果は違ったのかもしれない。
(もしそうなったら出会ってないわけだから難しいところだな)
宴に賑わう街の一角、俺達はサルファンに招かれその場所を訪れていた。
普段は集会場なのか、広い空間に今は机や台、椅子などが運び込まれており、そこに次々と料理が運び込まれてくる。
そんな中、入り口にどよめきが……と思えばそこに彼、ラルドがいたのだ。
その瞳には出会った時のような感情は無く、戸惑いと、涙が浮かんでいた。
だからこそ、サルファンも周囲の皆も彼をそのまま通したのだろう。
ゆっくりとルリアの前に歩いてきた彼はそのまま膝をつき、彼女の小さな手を握りしめ、泣き始めたのだ。
ルリアの少しずれた問いかけに俺を含め何人かが思わず苦笑を浮かべるが、当人としては大切な問いかけだったに違いない。
遠い親戚がいるのだろうけど、近い関係の親族はもう彼1人のようだからだ。
「すまなかった……言葉で許してもらえるとは思わないが、ルリアが竜の元に向かったと聞かされた時……ワシは……なんとも自分が情けなくなった。生きて帰って来てくれて本当によかった」
無言で、同じようにしゃがみこんで祖父と抱き合うルリア。俺達は元より、他のエルフも給仕の手を止め、2人に見入っている。この中には当時の事を良く知る人も多いのだろう。
しんみりとした空気が部屋に満ちた。
「おじい様、じーじ……ルリアね……にーにと行くの。ちょっと寂しいけど、必ず帰ってくるからね」
「おお…おお! またそう呼んでくれるのか……ありがとう……最長老、お見苦しいところをお見せいたしました」
体を離し、笑顔でぐっと腕を構えるルリアは、もう守られるだけだった無力な少女ではなかった。
一人の、探究者たる自覚のあるエルフがそこにいた。その背には譲り受けた魔導書が背負われ、竜骨杖もそこが定位置であるかのように突き刺さっている。
「何、無駄な時間とは誰も思うまいよ。さあ、冷めてしまう」
サルファンの声を合図に、再び人々が動き始めて部屋の中でも宴が始まる。
エルフらしい森の恵みが多いが、特別な香辛料でも入っているのか薄味という感じはしない。
中には魚や肉もあるので、相当な宴振りだというのがよくわかる。
「お兄ちゃん、美味しいね!」
「ああ。本当だな。ほら、ルリアにもおすそ分けしてあげな」
そういってルリアを見るも、ラルドと談笑しながらももぐもぐと色々と口元に運んでいるのだから食べていないはずがない。
だけどミィに渡されればルリアも小さな体に光が灯るような笑顔で返し、一生懸命咀嚼し始める。
俺はそんな光景に目を細め、ここに来てよかったなと心から思っていた。
ふわりとそんな俺の横に気配、イアだ。
『これで他の竜が来ても多少はしのげるわね』
「出来れば考えたくはないけどな。風竜とか嵐竜は確かにどこにどう降りてくるか……」
宴に相応しいとは言えない話題であるため、小声になってしまうが仕方のないことだ。
俺達とカーラのように、人と竜が時に共存して困難に挑めればそれは素晴らしい話だ。
例え、竜の側は静かに暮らしたいだけで別に味方をしたわけじゃないという気持ちだったとしてもだ。
視線を向ければ、専用の机の上でカーラは満足そうに果物にかじりついている。
どうやら神樹やその類に実る物のようで、味以上にカーラにはおいしいようだ。
少しでも長く楽しめるようにと思っているのか、小さくなってずっと齧ってるからな。
やっぱり竜というかカーラが賢いんじゃないだろうか?
「備えることは大事だが、今は宴を楽しんでほしいところだな」
「おっと、心配性でな。すまない」
こちらに気が付いたサルファンのつぶやきに、2人して頭を下げることで答える。
懸念事項ではあるが、確かに今する話でも無かったからな。
今の彼は魔導書を持たない、少し強いだけのエルフだ。少しばかり心細いというのもあるのかもしれない。
「出来れば新たな祭具を作るまでいてほしいが、時間はありそうかな?」
「具体的には別として、しばらくはいるつもりだよ」
こちらとしても興味のあることである。やり方を学んで、ダンドランに戻ってから上手く流用したいところだ。
それはサルファンも良くわかっているのだろう。日程が決まったら連絡する、と言い残して宴の中に消えていった。
残された俺達は再びそれぞれの会話に戻り、宴の時間は過ぎていく。
日も傾き、そろそろお開きというところであいさつに出ていたサルファンが戻り、自然とそのまま終わりの語りとなった。
ルリアが元いた家は片づけてないし掃除もしてないからということで、今日のところはサルファンの家に厄介になるのがいいだろうということで俺達はともに外に出る。
まだ外は宴が続いており、多少は静かになったがあちこちでエルフたちが笑いあい、語っている。
俺達がその光景を守れたのだと少なからず自信のような物を感じていた時だ。
「お前たちだけのうのうとっ!」
悪意が、近くの茂みから力となって飛び出してきた。
恐らくは当人の全力が籠ったであろう魔力光。それはそのまま力ある矢として飛び出し、向かう先にはルリアとラルド。
動き出した俺達が何とかするより早く、小柄な彼女が1歩、前に出た。
はじける光、突然の騒動に周囲の視線が集まる中、ルリアはその手を突き出したまま立っている。
その手には竜骨杖が魔力を帯びて光り、背中には魔導書がまるで彼女を包む母親のような輝きで力を溢れさせていた。
「じーじは、前を向いた。貴方はどこを見ているの? あの日から……」
小さな彼女の視線の先、魔力が尽きかけているのか震えて膝をつく壮年のエルフ。
状況からして誰かというのは丸わかり……恐らくは、ラルドへと不正を持ちかけた一族だ。
すぐに周囲のエルフに取り押さえれ、恨み言か何かをわめきながら連れていかれる。
最初に出会ったラルドの時と似ているように見えて、決定的な違いを感じた。
それは周囲のエルフにも同じだったようで、ルリアやラルドへの視線には厳しさが無い。
それどころか、家族の時間を大切にしてねと声をかけて立ち去る人もいたぐらいだ。
「にーに、ありがとう」
「ん? 今回俺達はほとんど何もしてないさ。ルリアが頑張ったからこそさ」
いつの間にか大きく成長した妹を嬉しく思いながら、少しばかり寂しい気持ちも抱えて俺は近寄って来たルリアを撫でて笑う。
浮いているイアも、近くで微笑むミィも、その腕の中のカーラも同じように笑い始める。
確かな平和がそこにはあった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます