120.生きる権利のぶつかり合い
強力な生き物の咆哮はそれだけで圧倒的な武器となる。竜はそれを証明する数少ない存在だと思う。
現実問題、成体の土竜の咆哮は地面から色々と巻き上げる衝撃波として正面にいる俺達、正確には若い土竜とカーラに迫ろうとしていた。
咄嗟の事に反応できない若い土竜、対してカーラは既に経験済みの強みか、かばうように前に立ち咆哮を返した。
『ガウ!』
一言、たった一言に込められた咆哮はそれでも相当な威力を発揮したようで、成体の土竜のそれをある程度相殺できたようだ。むしろあの咆哮は詠唱の1種なのだろう。
周囲に相殺しきれなかった分が暴風として吹き荒れる。
この場所にはそれぞれが障壁を張れない存在はいなかった。俺達も、そしてサルファンも。
問題は、成体の土竜に話が通じない状況だった。
「サルファン、どっちの土竜がいい?」
「命を奪わぬ生き方など誰にもできぬ……ならば自らの決断をしよう。若い方と今後は付き合っていきたい」
少々厳しい問いかけのような気がしないでもないが、どうせ命のやり取りというのはこういうことだ。
自分の都合を押し付けて相手をどうにかする、それが戦い。
全部を叩き潰しに行く必要はどこにもないけど、ぶつかる時は必ず来るのだ。
つまりは、選択した物には責任を取るのが大事なことだと思う。
「わかった。口外しないなら見ていても構わない。出なければ一緒に退避しててくれ」
「何が起こるかわからんが、誓おう。最長老の名に賭けて」
サルファンの答えを聞いて、俺はこちらを警戒して次の行動を起こさない土竜を睨む。
恨みはないが、ここで退場してもらわなくてはいけないのだ。
深く息を吐いて意識を自分の内側に問いかける。星の海で見た……青い光に。
瞬間、周囲に俺を中心に青い光が舞った。
「なっ!?」
「ミィ、カーラに若いのと下がるように言ってくれ。イアは無理せず今回は防御に回ってくれ」
『今回はミィに譲るわ! ほらほら、下がるわよ子供達!』
視線の先で、世界でも指折りの強さを誇る生物である土竜がひるんでいた。
出会ったことが無いのだろう……勇者の力の持ち主に。
体格差で言えば家とレンガ1つぐらい違う。そんな差にも関わらず土竜は動けない。
「お兄ちゃん、ミィも大丈夫だよ。ルリアちゃんはサルファンさんと一緒に下がってもらってる」
「ああ、行こうか……ミィ」
揺らめく赤い光を背負い、ミィが俺の横に立つ。まだまだ実力を発揮しているというには足りないようだけど、既に彼女は獣人の見た目をした別の存在だ。俺がそうであるように。
だけど変わらない、俺が兄であり彼女が妹であることは。
『ギャウウウウ!』
そして、土竜の咆哮と共に青と赤が大地を蹴って飛び上がる。
竜牙剣により生み出された斬撃が咆哮による衝撃を切り裂き、その合間を赤い光が突き進む。
自らに風の魔法を繰り出したミィが空中で加速して突撃したのだ。
その大きさや相手はともかく、動きそのものは獣人が良くやる速度を活かした突撃方法だ。
竜相手にそれをやれるのは、世界中を探してもまず出てこないであろうと思わせた。
土竜とミィがすれ違い、一拍置いて爪先が小さく……欠けた。
ミィの手にある竜牙短剣により切り取られたのだ。
「受けるな、避けていけ!」
「わかったよ!」
防御手段を多く持ち、土竜の爪も受けきる自信がある俺と違ってミィはまだまだ防御面では甘い。
体重も軽い上に自己強化も偏っている状況では吹き飛ばされてしまう恐れがある。
そのため、遊撃を任せることにして俺が正面に立った。
相手にしてみれば、小動物が妙な圧迫感を与えてきたうえにひっかいてきた、みたいな苛つく状況に違いない。
しかも、住み着いていたところにやってきたのはこっちなのだから……。
地面を陥没させる勢いで腕が振り下ろされ、少し前まで俺がいた場所は無残にもその犠牲となる。
音と揺れを伴い、土煙が舞い上がるが俺はそこにはいない。
上空へと既に舞い上がっており、土竜の顔に向けて火の上位魔法であるイグニファイアを連射する。
軌道をいくつも変えて、目や口といった防ぎにくい場所へとひたすらに打ち込んだ。
結果、土竜は足を止めて防御に専念することになり……ミィにとっては的となる。
「急所が無理だから、ここだよ!」
俺からは見えないが、気配の位置的には腱や指の付け根などを重点的に切り付けているようだった。
見る間に土竜の動きが緩慢になっていく。……なかなかエグイな、ミィ。
狩りの時には躊躇は相手を苦しめるだけだとしっかり教え込んだのが効いているのだろうか?
その間にも暴れる土竜の爪先や巨体は生半可な障壁では吹き飛ぶぐらいだし、現に地面や森はその被害を受けてとんでもないことになっている。
知らないうちに暴れられるよりはマシだとは思うけど……エルフたちにとっては災難だな。
きっと街では気絶する人や、恐怖におびえている人が多数いるのではないかと思う。
遠くからでもわかる戦いだからな。
『ギャウウウ!』
「ほら、こっちだ!」
直接の攻撃が効いていないことに気が付いたらしい土竜の大きな吸い込み、それはブレスの合図。
俺は魔法で飛び上がりながら海側に体をさらし、土竜の視線を正面から受ける。
もし、土竜にもっと知能があり、俺達の事を観察する余裕があればこんな撃ち方はしないだろう。
神樹やエルフの町に向けて撃てば防がざるを得ないのだから。
しかし……土竜は誘いに乗って空中の俺へとブレスを吐いた。
全てを押し流すような魔力の奔流は、受けた者を滅ぼす勢いを誇っている。
事実、もし地面に撃たれたら相当な距離まで貫かれたに違いない。
今回はその例外にあたる、空へという撃ち方であった。
結果、自らの視界を自分のブレスの流れが塞ぐという状況に土竜が気が付いたときには、急降下した俺がその首元に迫っていた。
「はぁっ!」
この土竜が元々ここに住み着いていて、神樹を折った当人かはわからないし、調べようがない。
あるいはどこからかやってきただけだったのかもしれない。
ただ言えるのは、同じ大きさぐらいの相手の戦いにのみ経験があり、小さい相手に痛手を受けるということが無かったのだと思う。
そのために、俺の振るう竜牙剣がのど元を大きく断ち切って初めて、その脅威を脅威として認めたのだと思う。
目に入った瞳に浮かんでいたのは、恐怖だった。
溶岩竜と比べ、圧倒的に経験の足りない動きだったというのが俺の感想だった。
巨体が倒れ、地面が大きく揺れる。これでまたエルフたちは驚きの中に叩き落されるのだろうけどどうしようもないので我慢してもらおう。
『ギャウウウウウ!!!』
明らかに致命傷。それでも竜は竜であるために強者でなくてはいけない。そんな叫びと共に土竜が上半身を上げて口に力を集めた。
そこに込められた感情は今まで向いていた俺ではなく、離れて待機していたルリアと、その後ろにある神樹を向いていた。
咄嗟に防御に入ろうとして、視線の先に見えた光景に動きを止める。
ルリアが、サルファンの手にある魔導書にも手を添えつつ、竜骨杖を手に既に障壁を展開していたのだ。
気のせいか、障壁が竜種の顔の形をとっているように見える。
そうして最後のあがきとして放たれたブレスは竜のそれとしてはひどく弱弱しく、それでも少なくない威力を誇り周囲の森や地面をえぐりつつ突き進み、ルリアの張った障壁にぶつかって消えた。
それが最後の力だったのだろう。
神樹が元々生えていたあたりに土竜が倒れ、血が地面を染めていく。
その先には切り株ならぬ折れ株、と呼べそうな神樹の根と本体部分。
すでに枯れたと思われていたそれが、わずかな光を帯びた。
「お兄ちゃん、あの木……生きてるの?」
「かもしれないな。後はエルフに任せよう」
地面に降り立ったミィと共に土竜の死体と神樹の跡を見つめるが正解はわからない。
とりあえず、なんとかしてこの土竜の死体を運びたいところだけど……限界があるな。
ひとまずは若い方の土竜に、ここで暮らせるか確認する方が先か。
目の前に同族が死んでる場所に住むか?って聞くのはどうなんだろうか。
俺達の感覚で言うとありえないけど、竜だからなあ……。
離れた場所で待機している土竜とカーラを見ながらそんなことを考えた。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます