119.若さってなんだ
土竜は一言で言えば、若い子供だった。
殺戮のためでもなく、自らの領土を誇示するためでもなく、単純にいい寝床を見つけたから寝ていたのであり、遊びたいから遊んでいたのだ。
こちらとしては迷惑極まりないが、当竜としては悪気は全くないようだった。
というのも、ミィとイアにより荒れ地と化した場所での追いかけっこが続いているのを見るとそう思うしかない。
「なあ、竜ってこれでいいのか?」
「わからぬ。殺し合いにならなかったのは良い事というしかないのではないか?」
確かに、な。俺も半ば、一気に攻め落とす覚悟を決めていなかったと言えばウソだ。油断してる間に首元を切り裂く気マンマンだった。
伝わって来た感情、その中身の無邪気ささえなければそうしていただろう。
改めて観察してみれば、その鱗や爪といった各所も……古傷がない。
竜は大なり小なり縄張り争いを時折行うらしく、互いに争う姿は目撃されている。一番近い例で言えばこの前の溶岩竜と火竜だな。
ただ、この土竜にはそんな感じが全くない。そう、まるでカーラのように産まれて……ん?
「サルファン、1つ聞きたいんだが。この大陸に土竜が出たのは今回が初めてか?」
「いや……神樹は前は5本ほどあったのだ。だが……」
「2本倒されちゃったんだって。たぶん土竜に」
サルファンの言葉をルリアが引き継いだ。その中身はとんでもないものだったけれど、謎が1つ解けそうだ。
道理でサルファン自身はあの土竜の排除ではなく、対話を最初に持ってくるわけだ。
あの土竜は、ごく最近この土地に出てきたのだ。
つまり、本来脅威になる土竜なり竜が別にいる。
ふと見れば、ミィ達の遊びも佳境のようだ。世界広しと言えども、竜を相手に命がけの遊びをするのはうちの子ぐらいなものだろう。
というか、他の連中だと遊びにもならないというのは悲しむべきなのか、誇るべきなのだろうか?
『ガウ!』
考え込み始めた俺の横から、我慢できなくなったのかカーラが飛び出した。その大きさはほぼ元と同じ巨体と言える大きさ。
前より色が濃くなったかな? 力が増した証だ。
『ギャウウウ!』
『ガウガウ!』
叫び声をあげて、器用に立ち上がる土竜、そしてそこにつっこむカーラ。まさか竜同士のじゃれ合いという名前の災害が起きるのか?と思いきやがっつり組み合ったかと思うと見つめ合い、止まるという珍現象が発生した。
「種類が違っても竜って喋られるのだろうか……さっぱりだな」
「しかし、現にお互い何かしゃべっているようにしか見えぬな……」
サルファンの言うように、組み合ったまま口から声が漏れている姿は顔を寄せ合ってしゃべっているようにしか見えない。
こんなことなら両方に最初からチャネリングを使うべきだったな。今使うと刺激しかねない。
「にーに、ミィちゃんたちが戻って来たよ」
「ただいまー。ふー、汗かいたー」
『汗どころじゃないでしょうよ。ミィと私じゃなかったら20は死んでるわよ』
楽しかったーといった顔のミィに、やれやれと言った様子のイアが対照的だった。
俺は2人をねぎらいつつも土竜から視線を離さずにいる。
いつ動き出すかわからない相手というのは間違いないからな。
『一応、わかることは多かったわよ。一言で言えば、やっぱり若いわね。あれならサルファン1人で追い出すことが出来るんじゃないかというのは納得ね。おどかしてやれば来なくなるんじゃないかしら?』
「でも、びっくりして暴れ出すかもしれないよ?」
「確かにそれはありえそうだ……どうしたものか」
考え込む一同。そんな時、ルリアが俺の裾を引っ張ってくる。その表情には困惑が多めでどう口にした物かと迷っているようだった。
「どうした、ルリア」
「えっと……もともと神樹があった場所は魔力の道がもう無い? そういう場所はたぶん、竜にとって居心地がいいはず」
首を傾げながらなので本人としても可能性でしかないとわかってるのだろう。しかし、考える価値のある話だ。
なるほど、盲点であった。言われてみればその可能性は十分にある。今回、土竜が神樹を寝床にすべくやってきたのもこのあたりの地面に魔力の道が通っており、それを神樹が吸い上げているからこその状況だ。
溶岩竜や火竜にとっての火山同様、土竜にとってはこの付近が過ごしやすいのだ。
そうなると元々神樹があった場所を探す必要があることと、それをうまく土竜に伝える必要がある。
見た目より子供なあの土竜にそこまでの話が通用するだろうか?っと、まずはそれよりもだ。
「よく知ってるな、ルリア」
「勉強した。じゃないとにーにたちに……ううん、なんでもない」
一転、暗い表情になったルリアを気にしつつも、いつもするように抱き寄せることで気持ちを伝えた。
視線の先では、カーラと土竜の話し合いが終わるところだった。
ミィ達と遊び、カーラとおしゃべりをして今日は満足したのか、神樹のそばでもないのに土竜はだらりと寝そべっている。
必ず神樹の根元じゃなくてもいい……ということは、だ。
「土竜が通って来た道に魔力の道が出来ている……いや、元々別の神樹からここまで道があるんじゃないか?」
「そうなるな。眷属の対処が大変で十分調査で来ていなかったのが仇になっているようだ」
そうなると、結論は1つだ。元々神樹があった場所にいってもらいそこで過ごしてもらおう。
誘導は遊ぶことを目的のようにして動いていけば行けそうな気がする。
あるいはカーラになら説得できるだろうか? 竜種の違いが俺と魔族や獣人ぐらいの違いだといいのだが……。
「カーラちゃん、あの子、あっちの方まで散歩に誘えない?」
『ガウ? ガウ……』
ミィのカーラへの話し合いがすぐに始まった。エルフがこの光景を街から見たら、卒倒する人がいてもおかしくないと思う。
神樹を砕いたりしそうな土竜と、あれこれを燃やし尽くせそうな火竜が一緒にいるのだ。
どちらも森にとっては天敵という言葉すら生ぬるいような存在だ。
それにしても、ミィとカーラのこの仲良し具合はそろそろ特殊能力の域だと思うのだ。
俺も確かに他の人よりはカーラの考えていることがわかるようだけどなあ。
『2人がよく魔力と魔法を食事にあげてるからよ。馴染んでるのよね、色々と』
「私も試しにあの土竜に……いや、吸いつくされそうだな。2人ほど魔力は多くないからな」
確かに前ほどは求められなくなったが、カーラにはまだ魔力と魔法を食べさせている。
最近は俺の普通に手加減した物でも食べられるので、なかなかすごいことになっている。
そのうち魔力塊を餌に芸でもするんじゃないだろうか?
人と対話してるだけで既に芸の域を超えていると言われてしまいそうな光景が広がっている。
「お兄ちゃん! やってみるって。でも……なんだかあっちには良くない気配があるみたい」
「ミィちゃんのいう方に前の神樹があったなら……厄介」
ルリアとしては、物事では厄介なことを考えておく方が対処しやすいという考えに基づくものだ。
しかし……この場合に限って言えば、まるで予言のようですらあった。
カーラと土竜が連れ立って荒野となってしまった道を走っていった先、切り株というよりもぎ取られたといえる神樹だった物の跡、そこに開いた穴から……怒りの気配が大地を染め上げるべく噴き出した。
「参ったな、こりゃ」
「土竜が2匹同じ大陸に……だと」
そう、俺達の出会った土竜より2周り以上大きな、成体としての土竜が穴から顔を出していたのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます