115.悲しみのすれ違い
エルフが主に住むという大陸、ユラシア。
俺も来たことがない新天地に心が躍るというところで、ルリアを呼ぶ白髪交じりの男。
怒りの形相がエルフである彼を別の生き物であるかのように印象付ける。
「ラルド! 騒ぐと刑期が増えるぞ!」
「何故黙っていなかった! ネスフィアの家を思えばあの時はっ!」
制止の声にも彼、ラルドと呼ばれたエルフは顔を真っ赤にして何事かをルリアに向けて叫び続けている。
そのうち、周囲のエルフたちに抱えられるようにして運び出されていった。
後にはざわめきと、こちらを見るいくつもの視線。
「大丈夫だ、ルリア」
俺が、みんなが守る。その気持ちを込めてルリアを抱き寄せると服の裾をきゅっとつかんできた。
その手がわずかだが震えてることを感じ、俺も唇をかむように顔をゆがめた。
そばにやってくる気配に振り向けば、バイヤーのところで話をした老エルフがいた。
彼の瞳は優しい光を宿しており、他の連中のようにルリアを強く見るようなことはしない。
「ふうむ……どうしたものかの。話を、聞きたいかね?」
「ルリアが、彼女が望むなら。そうでないなら無理に聞くことは無いと思ってる」
ちらりとミィ達に視線をやれば、彼女たちもうんうんと頷き、ルリアに抱き付いたり撫でたりと励ましている。
良い妹達を持ったなと思える瞬間だった。
と、そこでルリアが顔を上げ、俺と老エルフを見つめ口を開く。
「にーにやミィ達にも聞いてほしい」
小さな体には似つかわしくない、力のこもった声と瞳だった。
俺が胸に湧き上がる感情に従って頭をわしわしと撫でるといつものように無表情気味に微笑むのを見て、ルリアはルリアだなと感じたぐらいだ。
「では場所を変えようかの。ここでは少々人目につく」
老エルフの提案に従い、俺達は桟橋から街の一角へと歩き出す。
その間も、何人かからの視線が気になったが……どれも同情交じりなのが気になった。
エルフの街は木造の家が多く、石はあまり使われていないようだ。
コケやツタ等を上手く使っており、自然と一体化している印象が強い。
そんな中でも店はあり、人々が行き交う姿はどこでも一緒なのだなと感じさせる。
『思ったより普通よね。もっとこう、エルフ―!って感じだと思ってたわ』
「もう、イアちゃん。エルフ―!ってよくわかんない例えだよ?」
本気なのか、明るくしようとしているのはわからないけどイアとミィは道すがらも興味深そうにあちこちを見ては笑いあっている。
落ち込むかと思っていたルリアも、そんな2人の動きを見て小さく微笑んでいた。
ちなみにカーラはミィの腕の中で大人しくしている。
ただでさえ下手に動けば目立つのに、火竜となれば燃やされるんじゃないかと怯えられてしまいそうだからな。
「ここじゃ。ワシの家なんじゃ……帰ったぞぉ」
老エルフが声を張り上げて扉をくぐると、中で気配がいくつも動くのを感じた。
その正体はすぐに判明する。恐らくは老エルフの家族であろう人達だった。
彼らはこちらを見るなり、来客だと判断したようで笑顔で近づいてきた。
「ようこそ。魔族に精神体の魔族、獣人に……竜? よくわからないけど、おじいさまのお誘いだ。それに君は……ルリアかい? 生きていたんだね、よかった」
どうやら彼もルリアの事を知っているようで、心底安心したように語り掛けてくる。
ルリアもそれを拒否しないところを見ると、本心からの発言なのだろう。
案内されるままに別の部屋へと通され、椅子にみんなして座る。
室内は木工品ばかりだが作り手のセンスを感じる良いものばかりがあるように見える。
統一された感じを考えると、自作という可能性も出てきた。
壁掛けの何か動く物は時計というそうだ。
「さて、何から話した物か……まずはそうさな……ルリアのことから行こうか。
彼女の苗字はネスフィアという。エルフでも力のある一族の娘じゃよ」
「ふむ……それで?」
隣に座らせたルリアが俺の腕をそっとつかむ。彼女自身、自分の身に起きたことや何があったかを正確に把握してるとは言い難いのではないだろうか?
だからこそ、老エルフの語ることを否定せず、本当だと認めている。
俺達は話を受け止める義務のような物があるのだ……彼女の家族というのなら。
「苗字持ちの中でもネスフィアの家は少々特殊じゃ。10年に一度、神樹の守り手……守り手と言っても一族じゃが、それを決める儀式を担っておる。儀式自体は単純な物じゃ。特殊な箱に入った苗字の書かれた札を取り出し、掲げるのみ」
老エルフの話は続く。時折思い出すようにしているのは、それだけ昔……いや、ルリアの事を考えるとそう昔ではないはずだ。
ではなぜ? そう考えて気が付く。言い出しにくい内容なのではないかと。
「前まではルリアの両親がその役目を担っておった。だが不幸なことに数年前、両親が海で事故にあったのじゃ。
恐らくは海魔かその類に襲われたのじゃろう。船は破片のみが浮かび、誰も戻ってこんかった。
そうなるとどうなるか。本家筋にはあのラルドとルリアしか残っておらんかったため、ラルドが札を引く役目を引き継いだのじゃ」
ここまでの話にはおかしな部分はない。少なくともルリアが密航してくるきっかけという物は見えてこない。
両親が恐らくは死んでしまっているというのは衝撃的なことだけど、まだ彼女には祖父や親族がいただろうからだ。
「じゃが、最初の札引きの儀式の際、事件は起きた。ラルドはの、役目を得たい家の者から金銭を受け取っていたのじゃ。それが発覚したのは札引きの儀式の最中じゃがな。
ラルドは確実にその家の札を引いたとするために、独自の魔法で札の見た目を誤魔化したのじゃ。
まさかそんな魔法を使うとは思っていない皆は騙された……一人を除いて」
『そういうこと……ルリア、貴女……言ってしまったのね? なんで別の家の名前を呼ぶのかと』
椅子から浮き上がり、ルリアを後ろから抱きしめながらイアがつぶやき、ルリアも頷きを返した。
ミィもまた。俺とは反対側のルリアの手を掴んで心配そうに見つめている。
「なんでおじい様がそんなことをするのか、わからなかった。嘘はいけない、誠実であれ。そういつも言ってくれてたのはおじい様だったのに……」
「最初はラルドも言い訳を口にしておったがの。誰ぞが札を改め……まあ、発覚したわけじゃ。となれば誰がわいろを贈ったかは一目瞭然、すぐさま裁かれることとなった」
それはそうだろう。わざと家名を呼ばせて濡れ衣を着せるとでもしない限りは呼ばせた家が送り主だ。
少なくとも、その疑惑からは逃れられない。
恐らくは裁きの結果として、ルリアの祖父は家名を失い、普通のエルフになってしまったのだろう。
「ラルドは温情から家名のはく奪だけですんだが、持ちかけた側は一族ごと苗字を失った。
神樹のための大事な儀式に穢れを持ちこんだということでな。そうしてラルドらを裁く間にルリアのことはすっかり大人の頭からは抜け落ちておった」
それは、その時はどんな気持ちだったのだろうか?
わけもわからぬまま、祖父はどこかに連れていかれ、周囲のエルフからは色々な視線を浴びたはずだ。
それを、こんな小さな女の子が耐えきれるはずがない。
「気が付いたものが家を訪ねた時には、既に誰もおらんかった。元々ラルドと2人で暮らしていた家にあったのはかじられたパンとそのままだった家具ぐらいだったそうじゃ」
「どうしたらいいのか……どうしてこうなったのか……わからなかった。
だから、お父さんたちに会いたくなったの……海に」
「ルリアちゃん!」
感極まったのか、ミィが力強く抱き付き、涙の流れるのも気にせずに顔を擦り付けた。
ルリアもまた、ミィを抱き返し静かに泣いている。
慌てて飛び上がったカーラが俺の胸元に飛び込んできた。
俺はカーラを抱き寄せつつ、老エルフの方を見る。彼もまた、当時の事を後悔しているように見えた。
(ルリア、大変だったんだな……)
『ふう……可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものよね』
「……そういうことか」
最初はイアの言うことがわからなかったが、1つの事に注目すると事態の背景が見えてきた気がした。
老エルフも頷いていることから、その考えは正しいであろうことがわかる。
ラルドは、彼はルリアのために不正に手を染めたのだ。両親や主だった親族を失い、暮らしに困っていく先の人生が見えてしまったのだろう。
だから、生活のために……。そして裏切られたと感じたのだろう。
『でも、不正で得たお金じゃだめだっていう自覚もあったんだと思うわ。
だからこそ、自分も許せなくて……感情をどこへやればわかっていないのよ……』
悲しいすれ違いともいえる事件だった。
しかし、それでも確かなことはある。
「俺達は今、ルリアを家族だと思っている。彼女が苗字持ちだとか、そういったことは関係なしに。
だったらそれでいいじゃないか……」
「そうだよ。ね、ルリアちゃん」
ミィの泣き笑いの声が部屋に響き、俺達も頷こうとした時だ。
地鳴りが部屋を揺らした。
「!? なんだ、地震か?」
「これは……違う、土竜の眷属じゃ!」
老エルフの声と共に、恐らく街中であろう場所で気配が弾けるのが分かった。
飛び出そうとした俺はルリアが立ち上がるのを見、足を止めた。
彼女は目をごしごしとこすり、周囲を見渡して最後に俺を見た。
「にーに、みんなを助ける」
「よし、行くぞ!」
そうしてユラシアについて早々、俺達は騒動の最中に飛び込んでいく。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます