113.探究者たるもの
「言わせておけば……貴様!」
エルフの中でも一番年若そうな、言い換えれば一番勢いのありそうな男が一歩踏み出し、そのまま腰に下げている剣である物へと手を伸ばすのが見えた。
にわかに室内に緊張が走るが、俺は慌てずに彼の前に立ち……気分を戦闘時のそれに変えた。
「ッ!!」
「わかる程度には戦えるんだな? だったらここで抜くことの意味をよく考えるといい」
俺は剣を抜かず、姿勢のみで見せて見せた。それ以上はこじれるぞ、と。
それを見て取った俺は姿勢と視線だけは崩さずに先頭の彼を見る。
彫刻がそのまま動き出したかのような整った顔立ち、長髪を後ろに縛り、背には愛用しているのであろう大弓が背負われている。
眼光は鋭く、並の魔族や人間であればそれだけで射抜かれそうな気配を覚えることだろう。
「エルフは知識を探究する者。そのためには自らの犠牲をいとわない姿勢を持つというが……それは決して、相手に知識や物品の譲渡を強要する物ではないはずだ。違うか?」
先頭の彼からの返事はなく、悔しそうな表情をするのみだ。
勢いのままに叫んだのは良いが、今頃理性が追いついてきたということだろうか。
彼以外のエルフはそれがわかっているのか、あるいは驚いているだけかもしれないがその場から動かず彼に同調するような様子はない。
事態を進めるべく、口を開きかけた時だ。
「妙に遅いと思ったら……これはどういうことだ、ルード」
「はっ……」
扉を開けて入ってきたのは、既に白髪だらけで肌にもシワの多い老エルフだった。
エルフは総じて老化が遅く、彼ほどの姿になるには人間の倍ではきかない年月が必要だろう。
誰もが頭を下げているところからして、今回のエルフたちの代表というところか。
「そっちの若い奴が無理にでも売れとしつこくてね。彼が間に入ってくれなかったらどうなっていたことか」
「知るために求めるのはエルフの常道と聞くが、少々無理やりすぎやしないか?」
バイヤーと俺の言葉、そして指示した場所にある物……竜鱗を見て、その老エルフは大体の事を察したようだった。
シワの寄った額に手をやり、もむようにして目を閉じている。
かと思うと、片膝をついてこちらに頭を下げた。エルフの礼の中でも最大級に位置する謝罪の仕草だ。
「申し訳ない。探究することと、それに伴う対価の支払いを勘違いしていたようだ。出来ることなら謝罪を受けていただき、今後の事を語りたいがどうであろうか」
この場合、決めるのは俺ではなくバイヤーである。
彼をちらりと見ると、しっかりと頷いていた。
決まりを守ってくれるならお断りする理由は無いのだから当然かもしれない。
バイヤーが承諾の旨を口にすると、エルフの誰もがほっとした様子だった。
それは後ろで待機していたミィ達も同じかな。
「竜の素材は影響力が大きすぎる。行方がどうなるかわからない状態であるだけ売るというのはさすがに難しい。媒体になる程度の数枚等だあれば問題ないが……そういう事情ではなさそうだな」
「出来れば鱗ではなく貫く物が欲しい。恥を忍んで申し上げると……国内に竜が出ているのだ」
後ろで妹達が息をのむのが感じられる。
ルリアは故郷が竜の危機にさらされているということに動揺しているのか、その気配が揺れている。
俺はそんな彼女らの気配を感じながらも、バイヤーの横に立って口をはさむことにした。
「それ自体は過去、どの大陸でもあったことだと思う。誰もが天災のような竜に困り、怒り……時に挑んでは逆に被害を受けてきた。今回に限っての事情でもあるのか?」
「それは……」
問いかけに、老エルフではなく若いエルフの1人が口を出そうとしたがそれ以上口に出来なかった。
どうしても竜の脅威を取り除きたい。それだけの理由があるということだ。
普段は知識の探究者として思慮深いはずのエルフが乱暴な態度に出てしまうほどには脅威なのは想像がつく。
激昂していた彼の場合は元々そういう性格という可能性が高いわけだが。
「竜は寄りにもよって、我らが心の拠り所である神樹の根元を枕にし始めたのだ。そうなれば我らも祈りに行くことも出来ず、いつ神樹をへし折られるか気が気ではない」
先を口にしたのはやはり、老エルフであった。
覚悟の決まった瞳には力と、知性を感じる。
彼が語った内容はこうだった。
ある日、竜……土竜が顔を出したかと思うと草原や森を破壊しながらまっすぐに進んできた。
その先にあったのは、神樹……下手な村ならすっぽり入りそうな太さの巨木である。
土竜は神樹の根元をひっかき齧っては場所を作り、なんとそこに寝始めた。
「砕け散る神樹の根を見て寝込んだエルフも多くいる。その後土竜は起きてはどこかに行き、また戻ってきては自分で作った寝床として神樹に寝ているのだ」
「なるほど。いつ最初に振るわれた力が神樹本体に行くかわからず不安であると」
確かに、その通りであれば不安で仕方ないだろうな。
人間でいえば王城の壁を壊してそこに寝ているような物だ。
相手の気分次第というのは過ごす上でかなり厳しいに違いない。
エルフたちがそうしているように、俺もミィ達を振り返れば誰もが俺に任せたという様子で頷いてきた。
ルリアも特に反対していない当たり、本当の事なのだろう。
エルフに対して直接攻撃を加えることはまだないようだが、何か対抗手段を持っておきたいと思うのは当然のことだ。
だからと言って乱暴な手に出ても良いという訳ではないがな。
「ずっとという訳にはいかないが、手はある」
「なんと……それは……はっ、その剣……まさかまさか!」
疑問を顔に浮かべていた老エルフの顔が驚愕に染まり、俺の手にした鞘、その中身を凝視する。
背中から鞘ごと手にし、半分ほど抜いて見せた剣の色は白。
竜牙剣の独特の白さが灯りの元、バイヤーやエルフたちの前に光っている。
ようやく慣れてきたかなと思う俺がいるぐらいだ。
初めて見る人にとってはその気配は異様な、と言えるぐらいに感じるだろう。
「そう。竜の牙を使った長剣さ。しっかりと鍛えられ、文様も刻んである」
「生きてこれを拝めるとは思わなんだ……」
ワナワナと震えつつも手を伸ばしてきた老エルフだが、近づいたところでその手はひっこんだ。
そのまま自分の体を抱えるようにして全身を小刻みに震わす。
竜牙剣を見て、彼は悟ったのだ。
少なくとも竜と対峙し、生き残った上で追い帰すなり出来る相手であると。
「土竜とは一度は交渉すべきという意見が大勢。若者よ、叶うことならともに大陸に来て土竜との対話の場にいてもらうことはできるだろうか?」
「了解した。報酬は……そうだな、妹達も一緒に連れて行ってくれないか? 一度行ってみたいと思っていたんだ」
老エルフの瞳がミィを見、イアを見、そしてルリアを見て止まる。
彼がルリアに何を感じ、ルリアもまた何を見たのかは俺にはわからない。
ただ、老エルフが深くうなずいて俺達のエルフの国への旅が無事に決まったのは確かだった。
「土竜は目撃情報は多くあるが、その行動は謎に包まれている。気を付けろ」
「楽な竜がいるわけないさ。たぶんな」
たぶん、と言ったのにはカーラという実例があるからに他ならない。
そんなカーラの事を説明し忘れていたので、船上でひと騒動あるのだがそれは割愛しよう。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます