111.少女の葛藤
ルリアの様子がおかしい。
お兄様がそうこっそりと相談に来たのはアーケイオンの神殿から戻ってきて数日たったぐらいかしら?
皆が寝静まったころ、こっそりとやってくるものだから
ミィより先に私と目くるめく夜を過ごしたいのかと思ったのに、残念。
でも、こうして相談事を離してもらえるぐらいには私の事を気にしてくれてるのよね。
そのことはとても、嬉しいと思っているわ。
女のことは女に任せておきなさい、そういってその晩はお兄様を追い帰すことにした。
まあ、余裕があれば色々してもいいのだけど、ミィが先よね。
私の場合、前の私の分も出てきそうだし、抑える自信が無いもの。
いつも心配してもらえるミィやルリアが羨ましいわ。
私は……まあ、私自身の言動が原因だけれども、お兄様は私の事をなんでも一人で出来ると思い込んでないかしら?
前に一度泣いて見せたことはあったけど、それぐらいだものね。
お兄様にとっては私は、魔王の記憶を持った知恵袋な側面もあるような、ないような。
事実ではあるけれど、少し悔しいわよね。
私だって……甘えたい、でも面と向かって言うのはちょっとね。
私らしくない、なんていうとみんなに怒られるかしらね。
そんなことを考えられるのも私が今、幸せの中にいるからこそ。
前の私が見たら嫉妬間違いないわよね。
かつての魔王は孤独だった。
共に立てるだけの力を持った存在がいなかったせいもあるし、自分の甘さが招いた狙われる環境というのも良くなかった。
だから、同じ高さに立てる勇者という物に恋い焦がれ、そして感情をそのままにぶつかり、残念な結果に終わった。
勇者の刃が魔王を傷つけ、貫くまではまるで恋人同士のように心が沸き立った……ような記憶がある。
どんな重い恋人よって話よね。しかもその後死んじゃうんだから。
どう考えても私はそうはなりたくないわ。
さて、そんな私の事は置いておいて、ルリアよね。あの子も頑固なところがあるからねえ……。
静かに部屋に戻り、眠った様子のミィ、そしてルリアを見つめる。
実際、私自身は寝ようと思わなければ眠らなくても済む。精神的に疲れたら静かになるほうがいいけどね。
ミィよりも小柄なルリアは静かに寝息を立てている。
思えば、この小さな体でよくついてくるものだと思う。
私は魔王の予備だし、ミィは元々魔王の器らしい成長を遂げている。
でも、ルリアは普通と言えば普通だ。勿論、エルフという点を考えれば一般的な水準は超えている。
越えているけど……それだけ。
何かがあって密航までして、その後どうするつもりだったのかしらね?
お兄様が見つけて、保護して……家族にして。
あっさり頷いたところから、親ももういないのかもしれないし、あるいはもう子供だと思われていないだけのことをしでかしたのかもしれない。
本人に聞くか、実際に確かめるまでわからないことだけど、それが理由か、ルリアはいつも必死についてきている。
自分にやれることを目いっぱい、その上にさらに何かをしようとして頑張っている。
それは微笑ましくもあるけど、危うくもある。
『本当に……頑張っちゃって……別にそのままか弱い女の子でもいいのよ?』
誰にでもなく呟いて、浮いたままでルリアの乱れた髪をそっとどかす。
くすぐったさを感じたのか、少し声を上げる姿は本当に少女だ。
こんな子が、戦うことやそれに近い事への力を求めるような環境は、本当はよくはないのだけど……気にしても仕方ないか。
ま、私も少女の姿に他ならないんだけどね。
一人ベッドに戻って思考の海に沈む。ルリアが何を気にしているのか、ということに。
でもこれはすごく単純な話だ。
ルリアは、同じ場所にいたいのだ。家族として、妹として。
一緒に危険の中に飛び込める存在として。
これでお兄様がおじ様な感じで娘としてだったら少し違ったのかもしれない。
でも、現実には娘というような年齢差ではなく、妹としてのミィと、私がいる。
だから、仲間外れは嫌なんでしょうね。
でも、無理をしてもお兄様が喜ばないことも賢い子だもの、知ってしまっている。
だからあがき、悩み……なんとかしようとして四つ脚の鳥に、きっと見なくても良いものを見てしまったに違いない。
今のままじゃどうしようもない未来を。
この場合、特訓はしたところで元の素養の問題があるから限界も見えている。
普通のエルフ、魔族らと比べれば数歩先に行けるかもしれないけど、それまで。
少なくとも、一緒に竜と戦うには力が足りない。自分だけじゃ駄目なら、他から借りるしかないわよね。
勇者と魔王だけじゃなく、彼らを支えた他の力。
エルフの大陸には恐らく、それがある。それを思いついた私はまた思考の海を泳ぎ出した。
『エルフの大陸に行きましょう』
「急にどうしたんだ?」
私が言い出した言葉に、お兄様は首をかしげ、ミィはわかってない顔、そしてルリアはびくっと跳ねて私を伺うような視線で見た。
やっぱり、この子もそれしかないと思っているのだ。
あ、カーラは最初からおいでと言えば来るから除外よ、信頼ってやつね。
ルリアに視線が行かないよう、無駄に胸を張り宣言するように指をびしっと突き出した。
本当はこういう姿勢は恥ずかしいんだからね?……もう。
『私たちの障害になりそうな相手は魔族至上主義者と一部の人間、
そして竜ぐらいよ。ドワーフは協力体制が一部結べたけど、
エルフはまだ交易ぐらいだもの。いざとなればどう転ぶかはわからないわ』
「いざという時にみんなと仲良くしておこーってこと?」
難しい話だーとうんうんうなり始めたミィがぽそっとつぶやいた言葉はまさにその通り。
ルリアのこともあるけれど、そうでなくても一度はいっておくべきなのだ。
魔王時代にはもう少し協力的というか、外に出てきていたような気がするのよね。
それがどうして今のように交易以外閉じこもるようになったのか……。
大した理由じゃなきゃいいんだけど……あ、そうだったらムカツクから
理由があったほうがいいかもしれない、こう……おとぎ話のような。
「なるほどな。確かに気になるところではある。また旅になるが構わないか?」
「お兄ちゃんと一緒ならどこでも楽しいよ!」
「うん。にーにと、ミィちゃんたちと一緒」
俺だけが行ってくる、なんてことにならなくてよかったと思う。
お兄様ってたまにそういうところ一人で走るのよね。
ルリアも少しほっとした表情になっているのがわかる。
ちゃんと言わないと伝わる物も伝わらないわよ?
『海側をゆっくり行きましょうか。せっかくだしね』
私自身、旅が楽しみだという言うような反応を返しながらそんなことを心の中で思っていた。
ルリアもその瞳で私をもっと見たら見抜いたかもしれないわね。
でも……それができないほど、今の彼女は迷いと不安を抱いている。
ここはそう、先輩妹としては助けてあげないとね。
助けるのはお兄様じゃないのか、なんて意見は丸めてポイよ。
少女が小さな体にため込むにはふさわしくない暗い気持ちも一緒にね!
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。