010.兄、人間の勇者を辞めて勇者になる
妹を薄着にする機会がなかなか出せない(え?
吹雪の日、俺が勇者であることが村の皆に知られた。
アンナちゃんたち獣人の子たちは無事に帰ってこられたけど、俺達は無事とは言えない……はずだった。
「お兄ちゃん! 向かいのおじいちゃんが腰が痛いから屋根の雪下ろししてだって!」
「よし、任せろ!」
部屋に飛び込んできたミィを抱きかかえるように外に出て、すぐ目の前の家の屋根に目を向ける。
ミィが胸元まで埋まりそうなほどの厚みの雪が屋根からはみ出さんばかりにつもっている。
なるほど、確かにこれは危ない。雪が落ちてきたら骨折ではすまないかもしれないので家から出ないようにおじいちゃんに言っておく。
いつもミィにおやつをくれるいいおじいちゃんだからな!
『お兄様、どうするの?ってえ!?』
何故か驚きの声を上げるイアを置き去りにして俺は飛び上がり、屋根を見下ろせるぐらいの高さになったところで素早く神に祈りをささげる。
祈る相手は風の上位神、ウィンディール。夢で出会った姿はものすごいでかい鳥だ。
空を飛ぶのはいいぞ、自由だ、とおじさんの声で語ってくれた。
性格は結構大雑把なのだが、それでも祈りには真摯に答えてくれる。
今もまた、借りた力は俺の指先から網目状の風という自然にはありえない物となって屋根に吹き付けられた。包丁で賽の目のように切り裂くような物だな。
「危ないから下がってな、ミィ」
「え? おおーー!」
着地し、家に近づこうとするミィの襟をつかんで下げさせると、それを合図にしたかのように屋根の上の雪が次々となだれ落ちてくる。
屋根とかは傷ませず、雪だけを切り裂く風の刃。鎧だけを切る時なんかに便利なんだよなー、これ。
イアが後ろで固まっている気がするけどきっと気のせいだ。
さて、後はこれを片づけるだけだって、そうじゃなくてだな。
この村、ライネル中に俺は勇者だということが知られたはずなのだが……。
「ラディ!」
飛びついてくるミィの頭を撫でながら考えていると、後ろから硬い声。
振り返れば熊獣人のベイルだ。その手にはよく手入れされているのがここからでもわかる手斧。
それを持つベイルの目は戦う男のソレだ。
(そうか、そうだよな)
ベイルは村の門番を仕事にしている一人だ。
となれば、他の人よりひどい状態で逃げてきた獣人を見る機会も多い。
人間に迫害され、命からがらと言う状態の同胞をいくらでも見てきたのだ。そんな彼なら……その資格は十分にある。
「どうした、ベイル」
俺は敢えてこれまでと同じ態度で彼の前に立つ。
魔力で強化しなければあの手斧でも俺を傷つけることは出来るだろう。
「こっちだ。話はそこでしよう」
なるほど……ここじゃ確かにな。俺は場所を変えようというベイルの提案に従い、村の外に出る。
まだ寒さは厳しく、凍り付いた川の上に雪が降り積もっている。一見すると川があるとわからないその河原。そこにベイルは俺を連れ出した。
「いつでもいいぞ」
俺はそういってだらりと両手を下げ、徒手空拳で戦う覚悟を決めていた。
「そうか、じゃあ頼む。今年は氷がなかなか溶けなくてな。上流で水があふれて来てるんだ。適当に砕いてくれ」
「おう、任せとけ!」
俺は追いついてきたミィとイアにも訓練として手伝わせながら凍り付いた川を何とかすることに集中するのだった。
さすがに3人なのであっという間に氷は砕かれ、冷たいながらも水が流れていくのがわかる。
これならここに雪を捨てることも出来……ん?
「ベイル、俺を倒しに来たんじゃないのか?」
思わず、俺はそう口にしてしまっていた。ベイルはきょとんとした様子で俺を見ている。
(しまったな。こうして油断させてと言うつもりだったらどうしようか)
妙な沈黙が場を支配し、俺はだらだらと冷や汗が出ているかのような感覚に陥っていた。
「どうしたの、お兄ちゃん? お腹痛いの?」
『ミィ、お兄様はね、こういうところがあるから私たちがしっかりしないといけないのよ?』
表情にまでその戸惑いが出ていたのだと思う。
お腹を撫でてくるミィに、何やら失礼なことを言うイア。
2人の態度に徐々に俺の中にある疑惑が産まれてくる。もしかして村の皆は俺の事を……。
「おお! そういうことか! ラディは心配性だな!」
沈黙していたベイルは、何かに気が付いたように叫び、俺の肩をばんばんと叩いてきた。
いくら俺でも何もしてないときにベイルに叩かれたらそれなりに痛いのだから勘弁してほしい。
「え? でも……俺は……」
呆然と呟く俺をベイルは何やら納得した顔で抱きかかえ、のしのしと村へと歩いていく。
俺はベイルに抱えられながら、ぐるぐると頭に疑問という鳥が躍っていた。
いつの間にか帰って来た村の広場には、いつも通り何人もの獣人の皆が行き交っており、それぞれの生活に1日にを生きている。
ベイルと、その腕の中にいる俺に視線が注がれるが、そこに恐怖や怒りと言ったものは感じられない。俺は、獣人を迫害している人間族の勇者なのに、だ。
「ほれ、わかったろ? 大丈夫だって」
「みんな追い出されたり逃げてきたんだろ? その……人間にひどい目にあわされてさ」
そばの石垣に腰掛けて、俺はそう思っていたことを口にする。
獣人は迫害されてしまう種族、そして人間は獣人を一番迫害している種族なのだ。
そんな人間族の代表ともいえるような勇者。それが俺なのに、みんなが俺を怖がったり、恨まないはずがない。
そう……思っていたのだが。
「? ラディ自身が誰か村の奴を追い出したのか?」
ベイルの言葉に俺は戸惑いながら首を振る。確かに魔族の村は……小さい頃に襲撃してしまったことはあるし、殺していないだけで勇者を恨んでる人はいるだろうな。
でも、言われてみれば獣人にはまともに出会ったことが無い。
しかし、そう言われても……。
きっと勇者の名前を使って獣人を迫害している人間はいたはずなのだ。
レイフィルドの王国たちは大なり小なり、そう言った面があった。が、それをベイルに伝えると笑い飛ばされてしまった。
「ラディ、お前は良い奴だな。そうじゃなければそんなに悩まない。
確かに誰も気にしないってことは無いかもしれないけどな。今日、握手をしてくるなら獣人は剣ではなくその手を取るよ」
にかっと笑い、俺に手を差し出してくるベイル。その顔には俺への恨みや憎しみは全く存在していない。
(ああ……そうか……)
ふと、ミィが俺の顔を覗き込んでいた。
「よかったね、お兄ちゃん!」
「うん……そうだな。よかった」
笑い、そのまま俺はベイルと握手を交わした。なんてことは無いことだ。
でも、俺が人間の勇者からただの勇者になれる、特別な握手だった。
横で笑うミィとイアのためにも俺は勇者をやめるわけにはいかない。
降りかかる火の粉は振り払い、静かに暮らせるだけの何かを手にしなければいけないのだ。
それは報酬なんてない大変な道。でも、きっと成し遂げることが出来ると思う。
そこに妹達の笑顔があるはずなのだから。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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