107.兄妹は変わらない
まどろみの朝。
ミィと一緒にレイフィルドを脱出し、こうして魔族や獣人達の中で暮らすようになって俺は変わったと思う。
前の俺にとって、睡眠とは不意を打たれるかもしれない、という危険な時間でしかなかった。例外はミィの待っている村に帰った時の夜ぐらいな物だろうか。
今思い返せば、勇者には敵が多い。
それは人を害する魔物であり、自分たちの領域に入って来た人への反抗の獣であったり。
あるいは、鍛えた兵士達をものともしない勇者への反感を持った人であったり。
砦にこもった悪の集団と言い聞かされた相手を聖剣の斬撃で直接斬り、戦いを終わらせたこともあった。
まさに人間兵器、歩く切り札だったわけだ。そりゃ、必死に引き留めたり、始末しようとするわけだよな。
ミィの事が無くても、遠からず俺はレイフィルド大陸にいられなくなったに違いない。
獲物を追う狼はいつしか飼い主に殺されるという。そうなる前に、脱出できて何よりだと思う。
ぼんやりと天井を見上げながらそんなことを考えていると、僅かな吐息と共に体に熱が伝わる。
正確には、ずっと温かったのだけど、動いたことでそれが感じられたのだ。
誰であろう、ミィのぬくもりだ。薄着1枚越しに感じる温かみは安心を与えてくれる。
白い糸で編み込まれた、テイシアで売っていた女性用の寝間着。
市場で見るなり、イアやルリアもいくつも買っていた。どれがいい?なんて聞かれたな。
右手が俺の胸元に乗せられ、何の夢を見ているのか、たまに動くのが少しくすぐったい。
さらりと、ミィの髪が俺の体を撫でる。まるで情事の朝のようであるが、今回はするところまでいっていない。
なんとなく、周囲に獣人が多いと聞こえそうで気になったのだ。
その代わりと言ってはなんだけど、昨日はミィと一緒に抱き合って寝た。
何かに高ぶったミィがちょくちょく体を触っては顔を赤くしてもじもじし、そんな姿に俺も感じる物があって抱きしめたまま撫でたりと触れあいは多くとったが……そのぐらいだ。
部屋の扉が開く音と同時にそちらを見て、俺は固まった。
外からの光が逆光となって見えにくいけど、影からしてイア達に間違いない。
というか、あんなサイズで飛んでるのはカーラぐらいだしな。
目を凝らし相手をよく見ると、イアもルリアも何やらニヤニヤとした目でこちらを見ていた。
ルリアのあんな目は珍しいな、と思いながら声をかけようとした俺に向けて、2人は手を突き出し、ぐっと何やら親指を立ててそのまま扉が閉まった。
後に残されたのは、体を起こしかけた状態の俺と、寝返りを打つミィ。
「なんだったんだ? まあ、いいか」
どうせこの光景への反応なのだろう。ミィは肩口から上が毛布から出ているからな。
ちらりとミィを見ると、安心しきった顔でまだ夢の中だ。
その寝顔は可愛らしく、そっとしておきたいところだけどそろそろ起きていく時間だろう。
名残惜しいが、起こすことにする。とりあず体をどかし、1人にしてみるが起きてこない。
「ミィ、朝だぞ」
ゆさゆさと揺らすと小柄なミィの体が寝床の上で震える。
まるで猫が丸まるようになったかと思うと、ぱちっとその小さな瞳が開いて俺を見た。
寝ぼけた状態から段々と意識が戻って来た瞳となり、最後にはへにゃっと顔が緩んだ。
「おはよ、お兄ちゃん。……名前のほうがいい?」
「お兄ちゃんでいいよ。妹は妹だ」
ミィの提案に気恥ずかしさを感じながら、壁にかけてあった着替えに袖を通す。
ミィも起きたのなら、朝食にしないといけないしな。
背中にミィの着替える音を聞きながら、今日からのことを考えていた。
俺とミィの間に関係が1つ増えた。
このことはイア達は知っているので特にこれ以上連絡だとかをする先はない。
「いいよ、お兄ちゃん」
部屋の隅に置いたままのパン、そして干し肉などで簡単に朝食をとる。
そして顔を洗うべく、2人して井戸へと向かうと
そこには何人かの住民と、イア達が備え付けの椅子に座って待っていた。
「なんだ、待ってたのか?」
『こっちはもう終わったのよ。だからのんびり朝の散歩ってわけ。ねえねえ、どうだったの? シタの?』
「うにゃ!? し、してないよう……」
碌でもないことを他の目があるのにしだすイアもイアだが、正直にミィも答えなくていいものである。
現に、話が聞こえたらしいおばちゃんたちの顔が笑顔に変わっている。若いのはいいなと思われてるぐらいならいいのだが……。
「ここじゃ他に迷惑かもしれなかったからな」
『ここじゃ? そうね、戻って落ち着いたらよね』
だから俺は助け船のつもりでそう口にしたのだが、逆に彼女たちをあおる結果になったようだ。
わくわくといった感情を隠しきれないイアが妙な調子でふわふわ浮いて上下している。
普段は大人っぽいのに、こういうところは子供みたいなんだよな、イアは。
「お兄ちゃんね、大事にしたいって言ってくれたの」
「ミィ、そこまで言わなくていいから」
さすがにこれ以上は恥ずかしさに埋もれてしまいそうなので止めることにした。
イアは元より、ルリアもいつもは無表情に近い顔を微笑みに変え、カーラなんかは喜びながら周囲を飛び回っているのだ。
目立ってしょうがないのだよな。
『なんにせよ、これで安心ね。お兄様が生きてる限り、ミィの力は安定するんじゃないかしら』
「ん? どういうことだ?」
井戸から4人+1で歩き始め、誰もいない部分に差し掛かったところでの非常に気になるセリフだ。
ミィの力、つまりは魔王の力が安定する?
「にーにの力も、本人の感情と心の中の動きで結構変わる、違う?」
「確かに、結構影響を受けるな。だとしてもどうして?」
使い方を覚えた、ではなく俺がいるとというのはどういうことだろうか。
その疑問が顔に張り付いていたようで、イアには盛大にため息をつかれてしまった。
『つまり、ミィが暴走する危険性が減ったのよ。お兄様という相手が見つかったことでね。
叶わない願いへの感情に流されない、だから制御が高まったと言えるわけ』
元の私は相当苦労したのよ?とイアに言われては何も言えない。
最初の魔王は、己の力が暴発しないように必死だったというからな。
ミィと2人して頷き、村長宅へ。自警旅団の出発はすぐなのだ。
村長宅には、既に彼らが集まっていた。俺達が最後なのかな?
住民側には、村長以外にあのおばあさんもいるし、若い連中も結構いる。
「遅れたか? すまない」
「いいのさ、あわただしい旅立ちはよくないからね」
村長や村の皆と握手と別れの言葉を交わしていく。
途中、何人かの若者が俺を見る目が鋭い。
なるほど、彼らがミィに告白したに違いない。
だから俺は、大人気ないなと思いながらも彼らの手を取る時に、小さく言ったのだ。
「ミィを好きになってくれてありがとう。だけど、俺の良い人だ」
ってね。
最初はきょとんとしていた彼らだけど、すぐに悔しさを交えつつも破顔した顔になり、景気づけにか開いた手で俺を叩いてきた。
俺は微笑みながらそれを受け止め、挨拶を続ける。
それも終わり、出発の時間がやってくる。
「おばーちゃん、またね!」
「はいよ。生きてるうちにまた来ておくれ」
若干の後ろ髪を引かれる物を覚えながら、俺たちはまた街道を行く。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。