106.決意
あこがれが別の物に変わった日。
音もなく、巨大な蜂がミィの手によって両断される。
ドワーフの手によって削り出され、強化を施された竜牙短剣。
緑の多い森の中にあって、その白さは際立っている。
僅かにぶれて見えるのは、込められた魔力により斬撃を補助する力場が産まれるためだ。
竜はこうして、爪や牙に力を込めて力場によって、切り裂くのだ。
その力が存分に……というかもったいないぐらいじゃないのか?
まあ、両手剣を一振りして4匹ぐらい叩き落とした俺が言うのもおかしいのだが。
ぼとりと、嫌な音を立てて落下する巨大蜂たち。
突然の出来事に警戒したのか、残った個体は距離を取ったようだ。
心なしか、戸惑いを感じた気がした。
「けが人はいるか?」
「刺された奴はいないよ。なんだい、魔族のぼっちゃんじゃないか」
そんな相手を睨みつけつつ、背中越しに声をかけると出会った時とは調子の違うおばあさんの声。
こっちのほうが普段の調子なんだろうな。
ちらりと視線を向ければ、元気そうな姿が見える。一緒にいるのは3人、か。
ほのかに香る不思議な匂いがマブルだろう。
俺には特にいい匂いには感じないけど、獣人にはいい匂いなのかな?
「おばあちゃん、大丈夫?」
「ああ、お嬢ちゃん。来てくれたのかい」
打ち合わせなしに、自然とミィは反対側の守りについたのがわかる。
喋る声が後ろに聞こえるからな。
ミィも俺と一緒に戦いをこなすようになって、色々と学んでくれているようで何よりだ。
今も、出来れば戦いはしてほしくないとはどこかで考えているが、ミィの決めたことだ、その覚悟は大事にしなければ。
「気を付けてくれ、こいつらは自身の体液をまき散らして仲間を呼ぶんだ!」
同行者の叫びを肯定するように、俺の耳にいくつもの羽音。
俺ですら聞こえるのだから、ミィや獣人にははっきりと聞こえるに違いない。
「この辺は切り倒されても大丈夫な木たちか? それとも採取に必要な木たちか?」
「この辺のは普通のばかりさ。後で私らが森に謝っておくよ。だから……」
おばあさんの答えを背中に聞いて、俺は竜牙剣を構えなおした。
つまり、貴重な植物はないということだ。
「なあに、だったら全部切り捨てるまで!」
その叫びを合図にしたかのように、枝の隙間から巨体が一気に迫ってくる。
なるほど、ただの獣ならなす術はない攻撃だ。
しかし、俺とミィはそんな相手では……無い。
木々に内心で謝りつつ、俺は数歩前に出て竜牙剣を無造作に振り回した。
正確には、無造作に見えるような気軽さで巨大蜂を切り裂いたのだ。
竜の牙は生者のすべてを貫くという。
事実、高位竜の牙を防御するのは俺でもなかなか大変だ。防御に集中してやっと、ぐらいだろうか。
そんな牙を使った刃物が斬れないはずもなく、巨大蜂事周囲の木々があっさりと切り倒されていく。
「えいっ!」
ミィもまた、気配を感じる通りならいくつもの巨大蜂の間を跳ぶようにして移動し、仕留めているはずだ。
俺の剣の一振りごとに巨大蜂がボトリボトリと地面に落ちる。
ぴくぴくと揺れる針がちょっと嫌な感じだな。
そうしてしばらくこなしていると、妙に大きい重なった羽音が聞こえた。
本隊のご登場ということか?
「ミィ! みんなも、しゃがめ!」
見上げれば、どこからかやってきた無数の巨大蜂が木々ではなく、空から舞い降りてくるところだった。
絶望が降りてくる。なんて思うのは普通の人らの考えだ。
「空に聞こえる雷鳴よ。打ち鳴らし、打ち砕け! ライオットウェッブ!」
威力自体は上位神への祈りによるトールブレイクからは数段落ちるが、範囲は無駄なほどに広い。
雷系は中位神への祈りが範囲が一番広いというよくわからない性質を持っているのだ。
ビシャンと音が響き、続けて嫌な何かが弾ける音。
それは無言で展開した風の障壁に当たり、ちょっと嫌な光景だ。吹き飛ばすように風を外に押し出すとそれもどこかに行ってしまう。
「さあ、今のうちに帰ろう」
「坊ちゃん、やるねえ。わかったよ、さっさと戻ろうか」
「おばあちゃん、ミィが運んであげるよ」
走り出したおばあさんと同行者。そんなおばあさんをミィは答えを待たずにひょいと背負い、そのまま走り出したのだった。
おばあさんの体格的にはそんなに重くはないと思うけど、思ったより力持ちになってるんだな、ミィ。
「おやおや、力持ちだね」
「お兄ちゃんと一緒に特訓したんだよ」
後ろから巨大蜂が追ってこないかを警戒しつつ、森をひた走る。
道は彼らの方がわかっているようで、獣道のような細さながら走るのに問題ない道ばかりだ。
「そうかい。お兄さんの事は好きなのかい?」
「そうだよっ! ミィ、お兄ちゃん大好きなんだもん」
本人を真横にして、何やら語りだすのは出来ればやめてほしいところだけど、止めるわけにもいかずに赤面していく俺がいた。
その恥ずかしい時間はそこそこの時間続き、ようやく広い道に出てきたところで話は終わった。
これでおばあさんたちを村に届けて終わり……だな。
遠くには村の誰かが用意したであろうかがり火が見える。少し日が傾いてきたようだ。
自然と、俺達の足も速くなる。全員無事で帰ってこれらのはいいことだ。
「ばあちゃん!」
「心配かけたね」
門から飛び出し、おばあさんを抱きしめる家族らしき人たち。
その中には今回の結婚の主役の片割れである花嫁の姿もあった。
そんな姿に、村の皆の視線も優しいものになっていく。
「さあさあ、宴は近いぞ。みんなそろったのだ。準備も終わらせねば」
村長の声により、皆がそれぞれの持ち場へと戻っていく。
おばあさんなそんな中、背負い籠からマブルらしきものを取り出し、手のひらに乗せながらミィに見せている。
「お嬢ちゃん、よかったら手伝っていくかい?」
「ミィでよければ手伝うよ!」
ぴょんと跳ねるミィの尻尾と耳が可愛く揺れる。
俺はそんなミィの姿を確認しつつ、イア達の手伝いへと向かうのだ。
その後、結婚の儀式とそれに伴う宴は何事もなく始まった。
夜の闇をかがり火が照らし出していく。
俺達や自警旅団も参加する形で、村人総出の宴はあちこちが騒がしい。
来客の席でイア達と座り、宴を楽しんでいる俺だが隣にミィがいない。
おばあさんのお手伝いが少々長引いているようだ。
と、家の陰からミィが静かな動きで出てきたかと思うと、俺を見つけて駆け寄って来た。
「お帰り」
「ただいま! 手伝ってくれたからって少し貰っちゃった」
その手には小瓶が数本。いずれもマブルを使ったという飲み物らしい。
にわかに宴の一角がにぎやかになる。何事かとそちらを見ると、衣装を変えた結婚する2人が出てきたところだった。
『綺麗よねー』
「本当のきれいさがある、すごい」
どこかしんみりとしたイアの感想に、ルリアの感想が混ざって少々おかしい感じだった。
ルリアの目から見てもあの2人は今、本当に幸せだということだ。
花嫁……か。
(ミィもいつか?)
そんな考えが頭をよぎる。途端に湧き立つ感情。
この感情は……俺にもわかる。つまりは、嫉妬だ。
誰でもない、顔もわからないその相手にだ。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、花嫁さん綺麗だなと」
咄嗟に答えた俺だったが、ミィは何かを悟ったように俺のそばにより、その体を傾けてきた。
接した肌から互いのぬくもりが交換されていく。
「ねえ、お兄ちゃん。ミィ、さっきここに来るまでに何人かの人に告白されたの。この村に残って番にならないかって」
「ミィ……」
側にイア達がいるのも忘れて、俺はまじまじとミィの顔を見てしまう。ミィは可愛く成長している、これは間違いない。
体つきだって、こうしてそばにいるだけで意識するときがあるぐらいには育っている。
何より、獣人としてはミィは成人の歳を過ぎている。
そう……。
「ミィはね、もう子供じゃない、そう思いたいな。だから、断ったの。ちゃんと好きな人がいるからって」
俺は何をどう答えるべきか悩んだ後、情けないことにイアの助言というか、ルリアを抱きしめるという行為に背中を押され、ミィをその場で抱きしめた。
「うにゃ!」
「ずっと、ミィの事は家族だと、小さい頃から見守って来た妹だと思ってた。
怖かったんだと思う。妹じゃなくなって、一人の女の子になった時。
ミィが、俺の事を嫌うんじゃないかって」
告白のようなつぶやきが俺の口から漏れていく。もう少し街に速くついていたら、あるいはミィの両親は死なず、家族で過ごせたのかもしれない。
かもしれない、そんな言葉はこれまでに何度も俺の中を回っていた。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。でも、出来ればそれ以外の部分でも一緒が良いな」
そっとミィの指が俺の指に絡む。視界の向こう側のイア、ルリア、そしてなぜかカーラまでもなんだか楽しそうにこちらを見ていた。
その状況に苦笑を浮かべつつ、ミィに向き直ってその真剣な瞳を見つめ返し……誘われるままに俺はミィと重なった。
誰かが打ち上げたのか、火の魔法が空に花を産む。
その衝撃の音が合図となって宴がさらに盛り上がっていく。
その日、俺とミィは他の妹達公認で、関係を1つ増やした。
今日は触れあっただけ……です!
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。