103.敵は山中にあり!
俺にとって、目覚めは生きていることへの実感を感じるための儀式でもある。
それは例え、魔物退治のために来ていた森の木々の上だろうと、切り立った岩肌の途中にあるくぼみだろうと、こうして質のいいベッドの上であっても、だ。
複数の動く人の気配にふと、目が覚めた。
部屋の窓からの景色はまだ薄暗いどころか暗い。
それでもどこからかの光があるためか、かろうじて室内の様子がわかる。
シーンとした沈黙の中、外に音が聞こえた。
(ああ、そうか。泊ったんだったな)
しばらく、状況にぼんやりとしていたがテイシアに戻り、バイヤーに誘われるままに泊まったことを思い出した。
同室でいいと言って1部屋に押し寄せた形のミィ達。まだ可愛く寝ている彼女らを起こさないように部屋を出るべく立ち上がる。
イアも半分浮いたまま最近はぐっすりだ。よほど火竜で消耗したに違いない。
ふと、足元でカーラが布の山に埋もれるようにして寝ているのを見つける。
他の竜も、こんな風に慣れて育てる事ができるのだろうか?
あるいはカーラが特別なのかもしれない。
ミィ達と過ごすうちに、生活も人型と同じようになっていく竜なんて聞いたことがないからな。
そっと外に出て伸びをすると、朝特有の空気が全身に行き渡るような気がした。
耳に届く音は港の方だけでなく、泊まらせてもらった建物の近く、バイヤーの商会の倉庫のほうからも聞こえた。
この時間だというのにもう働いている人がいるのだろう。
と、そんな俺の視界に家の使用人らしい女性が歩いているのが見えた。
彼女はこちらを見つけると会釈し、籠を持ったままこちらに歩いてくる。
「おはよう」
「おはようございます、ラディ様。よろしければお食事にされますか?
主からは一緒に食べられそうなら誘ってくるように言われております」
なんと、バイヤーは既に起きて仕事のために動いているらしい。
確かに街の頭ともなればそういうものだろうか?
この調子だと準備はされているようだし、後でというのも気が引けるな。
「じゃあせっかくだし。俺だけでいいのか?」
「はい。お嬢様方には別にご用意されていますので大丈夫ですよ」
どうやら俺が早めに起きることまで読んでいたようだ。
さすがというか、なんというか。同じぐらい、寝ていることに緊張を感じるのかもな。
通された先は、何度か来た覚えのある一室。
「おはよう。やはり朝が早いな。常時戦場の気がどこかにあるラディの事だ。
そう長々と眠ってるとは思っていなかったよ。まあ、座ってくれ」
すぐに準備させる、との言葉通りにどこからかパンを中心として朝らしい食事が出てくる。
主であるバイヤーが手を付け始めたので俺も。そのパンの柔らかさ、白さに驚いたのはすぐにわかってしまったようだ。
「これは、良いものだな」
「ああ。とある獣人の集落で最近話を聞いてね。これは良いと即座に囲い込んだ」
味方に引き込んだ、というのがバイヤーらしい部分だ。こういったものでは荒稼ぎというよりは普及させようとするいい男である。
しばらくの間、食事の時間と音だけが通り過ぎる。
食後の、例の黒いお茶を味わいながらため息にならないように1つ息を吐く。
「それで?」
「コイツを見てくれないか」
パサリと音を立て、机の上を滑ってくる何枚かの紙。
それを広げてみると、何やら文字と数字が規則正しく書かれている。その中身を読み進める内、俺の顔が強張るのがわかる。
「これは……冗談だろう?」
「であれば私も気楽に商売に勤しめるのだがなあ。ところが事実、それもつい最近の話さ」
書かれていた内容、それは各地での魔物、獣との遭遇と戦闘の度合いを書いたものだった。
それ自体は為政者が気にするだけのよくある内容。
ただ、その中身は明らかに表情の変わるものだった。
明らかに、戦闘となる回数が増えている。最初は交易が活発になったためかと思ったが、そればかりでもないようだ。
「俺が戦ったのは主に田舎の山奥だが……コイツらなんかは山奥から出てこなかったと聞いている。
それが街道に1匹とはいえ、普通に出てきた?」
「ああ、無事に撃退は出来たそうだがね」
交易や街の移動のためのグイナルの荷車は、すごく貴重品とまでは言わないが数はいくらでもというわけにはいかない。
護衛自体はつけることが多いだろうけども、それだって万難に対して、なんてことは無理だろう。
そんな普通の護衛のところに見たことの無いような奴らが出てきたら?
結果は、想像するのもめんどくさい状況だ。
「何が起きている?」
「それがわかれば苦労は……というところさ。困ったなあ……大体の魔物をあしらえる戦士はいないものかなあ」
これまたわかりやすく、誰にでもわかるような棒読みでこちらを見るバイヤー。
でもそれはどちらかというと、勝手に飛び出す前に話を聞いていけ、そういう物だった。
確かにこんな話をミィたちがきいたら、今にも飛び出しかねないな。
「いつ頃出発が良い?」
「実は、何かあってもいいようにと思って考えていたことがある。
街道を巡回する自警団ならぬ、自警旅団だ。討伐に特化した人員で街だけじゃなく、村といった場所にも回ろうとしているのだ」
「自警旅団……」
いつやってくるのかという不確定な要素はある物の、巡回されることで獣や魔物にも徐々に浸透していくだろう。
手を出すとめんどくさくて危ない、と。
俺がワイバーンの群れにやったようなことと近いな。
それだけのことをしようというのなら、人数も人員もそれなりの内容なのだろう。
「腕に覚えのある連中でまとめてはいるがね。いかんせん実戦経験は多くない。
そこでだ、しばらくついて行ってくれないだろうか?」
「何かあった時に抜けてよければ」
ついていくこと自体は構わないし、そのほうが良いというのはわかる。
ただ、俺としてはいざ何か起きた時には自由に動きたい。
どこかが攻められた、といった状況になったらだが。カーラが元の姿に戻れば大体の場所には駆けつけることが出来るというのは大きい。
「それはもちろん。あくまで補助をお願いするよ。それはそれとして、どう思う?」
「どう……か」
普通に考えれば偶然、それだけだ。魔物だって生き物だ、決まった通りにはいかないだろう。
それが1種類ではなく、いくつもとなると……ワイバーンのように追い出されてきた?
「今のところ、竜やその類の目撃例が無い。だからこそわからない。もしも、魔物達が魔族や獣人の事を恐れなくなった、といった状況だと厄介だろうと思っている」
そうではないことを祈りたいものである。
出発の日を確認し、一度話を持ち帰るべく食後の話し合いは終わった。
バイヤーの方も準備や連絡が必要だろうから大事な時間だ。
部屋に戻り、食事に行く前に話をしたところ、ミィ達は即座に頷き、同行が決まった。
最初に寄るのが獣人ばかりの村というのが効いたのかも、しれないな。
大したことがなければとは思うが、大体にして、こういう場合に嫌な予感が外れないのが人生……というにはまだ若いか。
新たな出会いが良い事を運ぶと信じて行くしかない、そう思った。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。