101.戦いの後
「お兄ちゃん!」
「ミィ!」
思わず手にしていた溶岩竜の牙をそのまま地面に放り投げ、走ってくるミィを全身で抱き留める。
牙が音を立てて地面に落ちるが気にしたことか。
伝わる温かさと、いつものミィの匂いに獣人でもないのに妙に安心してしまう。
鼻をくすぐる髪の毛も今となってはミィを感じらられて嬉しいぐらいだ。
街に戻る途中、無数の獣や魔物に踏み荒らされた地面や押し倒された木々を見ながらだったので不安が募っていた。
それが無事な姿を見た途端、あふれてきたんだろう。
『お・に・い・さ・ま☆』
「にーに、無事?」
同じく近寄ってくる2人も抱き寄せ、ふわふわ浮いているカーラにも笑みを浮かべる。
どこか疲れた様子なのはそれだけの戦いだったということなんだろう。
現に、今も周囲では倒れた獣や魔物を解体し、素材を集めるべくドワーフたちがあちこちに散っていた。
皮を剥ぎ、肉を集め、牙や爪をまとめている。ただまあ、今はそれらの視線はこちらに向いているわけだけど。
俺達と牙で半々ぐらいかな。やっぱり、大木かと思うほどの牙は驚きなんだろう。
「にーにのせいだよ?」
「やっぱそうか? わかりやすいのがあったほうが良いかなあと思ったんだが」
俺の背丈ほどはあるそれは、そのまま巨人の槍とか言って使えそうなもの。
何でも貫きそうである。
確かに、こんなものが無造作に置かれればびっくりもするか。もっと小さい物を出しておくべきだったのかもしれない。
『お兄様、そうじゃなくて。見た目、見た目』
「おおう?」
そうか、白蛇様を模した姿のままだったな。顔は元の顔だからミィ達にはわかったんだろうけど。
そっと首輪に手をやり、姿を魔族のそれに戻す。気のせいか、動揺が広がった気がした。
「あ、お兄ちゃん。偉い人がお話したいって」
「わかった。行こう」
どうせ牙を取っていくような奴はいないだろうし、であれば影袋に仕舞いこむまでもない。
ここで加工してもらう予定だしな。3人と1匹を連れ立って街へと入っていく。
「外にある死骸の割に被害が無いんだな」
『ええ、白蛇様の障壁が守ってくれたわ』
イアの説明に納得する。道理であちこちで祈ってる姿が見えるわけだ。
生き残れたことに対する感謝ということか。
まるでお祭りがあった翌日のような、騒がしいけれど全部終わった後、という矛盾した気配を感じながら、来た時にも訪れた建物へ。
そこにはドワーフだけではなく、街にとどまっていた魔族や獣人の皆もいた。
「まあ、座ってくれ。まずはお礼を言わせてほしい。
街を、大陸を救ってくれてありがとう。とても……感謝しきれない」
「勝手にやったことだしな、問題ないさ。ただまあ、騒ぎたてることはやめてくれると助かる。
白蛇様の加護がなかったら時間を稼ぐのもどこまでできたか……」
よく考えなくても、火竜はともかく溶岩竜がどうして倒されたか、状況的には丸わかりだ。
そんなことができる存在は?と言われたらそれも。これで集団だったらまだわからなかったかもしれないけどな。
というわけで今回は白蛇様が助けてくれた、ということで押し切ろうと思う。
街に入る時にもちゃんと白蛇様から加護があったよ、とわかるような感じで姿を戻したからきっと大丈夫……大丈夫。
「言われるまでもないが……誰もこの街以外は信じんよ。見てないわけだからな。
我々とて、彼らから比類なき力を持った、魔王候補を支える存在だと聞いて初めて納得したぐらいだ」
さすがに勇者ということは言えておらず、何の幸運か、強い力を持っている存在、として俺達の事は知ってもらっている。
そのことを説明してくれたことに頭を下げると、苦笑で返された。
間違いなく、高位竜をどうにかできるならあっちの大陸もなんとかしろ、と思っているに違いない。
今のところ、ヴィレルの方針は自分たちの手でという物なので力を振るっていないこともわかるからこそ苦笑でとどまっているのだろうけども。
『この土地で白蛇様が見てくれてたからだもの。あっちに戻ったらこうもいかないわ。
ダンドランにも土地神様がいるなら別だけど……ねえ』
ダンドランの土地神か……どこにいるだろうな?
いるとしたらやっぱりそれっぽい場所だろうか。
例えばそう、死の山のど真ん中とか。
少々確認に行くには面倒な場所なので気にしないことにしよう。それよりも話を進めないと。
「竜の素材は半々ぐらいでいいか? 後、牙はそのまま加工してくれると助かる」
「むしろ半分もいいのか?というところだが……」
ドワーフの困惑した顔に首を横に振って答える。
確かに丸ごともらえれば素材としては非常に嬉しいけれど、目立ちすぎるし、何より扱いに困る。
売る先は相談するとして、彼らに加工してもらった方が面白いものが出来そうだ。
「なるほど、加工料としておくのがいいか。この街は人間と付き合いはないからな。
ここで使う分以外の、できた物の販売先はダンドランのみとしよう」
元々ない物なのだからそのぐらいは当然するさ、とドワーフの面々は笑い、俺達もそれにつられる。
その後もこまごまとした話は続き、竜の牙を使った武器を人数分作ってくれるということが決まる。
ちゃんとヴィレルとヴァズ用にもお願いしてみた。もっとも、加工を手伝うようには言われてしまう。普通には加工できないんじゃ仕方ないな。
そして、次の交易船はテイシアに向かう方が早い便があるということで、一度それに乗って戻ることを提案された。
確かにテイシアからなら戻るのにもそんなに時間はかからない。
そこそこの間、滞在していたはずだけど色んな事があったからあっという間に感じるな。
「えー、あんちゃんたち、帰っちゃうのかー」
「うん。そうなの」
日常を取り戻しつつある街の一角で、この前一緒に仕事をした子供たちと出会う。
街から逃げるべく、船に乗り込んでいた彼らは幸いにも怪我もなく、元の場所に戻ってきたのだ。
再会を喜ぶも、俺達が近いうちに去ることを伝えると、わかりやすいほどに落ち込んだ姿を見せた。
俺の子供時代には無かった、子供らしい姿に内心でほっとした気持ちになった。ふと見れば、イアも同じように子供たちを見ている。
見た目は子供なイアだが、中の記憶は魔王の物が混ざっている。となれば、見た目らしく子供のように、とはなかなかいかないよな。
「うう、ルリアちゃんも帰っちゃうの?」
「きっと、また会える。同じ空の下に生きてるから」
いつの間に仲良くなったのか、ルリアもドワーフの女の子と抱き合って泣いている。なんだか帰るという俺が悪者に見えてくるではないか。
『悲しい思い出より、楽しい思い出を残しましょ。具体的には、遊びましょう!』
「「おー!」」
気持ちの切り替えが早いのも子供の特徴だと思う。
俺がどうやって慰めたものかと考えてる間に、いつの間にか子供たちは笑い、ミィも一緒に笑顔で駆け出した。
後に残されたのは小さいカーラと俺1人。イアもふと見たら後ろにふよふよとついて行ってる。
「何か食べるか?」
『ガウ』
頭に届いたのは肉と魚。魚……食べるのか、そうか。
手乗り状態のカーラを抱え、俺は市場の方へと足を向けるのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。